第6話
村は都心部の空港から約1時間半ほど離れたところにあった。その村の中心からさらに、空港から見て遠くにある一軒家。そこが今回の目的のようだった。
「失礼を致します。このたび、閣下のモノをお返ししたいという奇特な方が現れましたので、そのご報告にあがりました」
玄関にいた人物に、伯爵が伝えると、すぐにその人物は家の中へと招き入れた。1800年代にでもタイムスリップをしたかのようなマナーハウスだ。それゆえに、何か出てきそうな予感も、恐ろしくも楽しげな雰囲気がある。だが随所に散りばめられた明らかな高額という2文字では言い表せれないものがある。それだけでも、何百万ポンドという価値があるだろう。この一軒家全体でどれほどになるかはもはやわからないほどだ。
「主人は、すでに応接間にてお会いしたいとのことです。こちらへどうぞ、ご案内いたします、ミッデジアン卿」
先ほどの人物は、どうやら執事のようだ。ぽへーと周りを見回すばかりのペクーニアに対して、ハイデと伯爵は慣れた足取りで歩いていく。中央玄関に据え付けられているおそらく大理石でできた90度ゆっくりと曲がるように作られていた螺旋階段風の階段は、それを登るにつれて、5メートルは上へとあげてくれた。
「こちらでございます。主人はそれを手に入れたときには大変お喜びでございました。しかし、盗まれて以来意気消沈してしまい、お食事も喉を通らなくなってしまっておりました。ヤードへ伝えても一向に返事がなく、その中でこのたびの知らせを聞くに至り、その驚きようは今まで見たことがございませんでした」
執事がそこまで言ってもいいのかということについては、今は何も話すことはない。ただ執事は主人たる人物がどれほどこれを欲しがっていたのかということを教えたいのだろう。
「こちらでございます。すでに主人は中でお待ちになられております」
そう言って、ドア近くにあるドアノッカーを3回、ゴンゴンゴンと叩いて来客を告げた。
「入れ」
中からは老人のような声が響いてくる。聞こえるというモノではない、頭の中に直接響いてきていた。執事がまずドアを開け中へと入る。そして誰がきたかを館の主人へと紹介した。
「旦那様、ミッデジアン伯爵、ハイデ氏、ペクーニア氏が参りました」
「ご苦労、中へ」
主人が言ってから、伯爵、ハイデ、そして最後にペクーニアが部屋の中へと入る。部屋の壁には大小様々な肖像画が描かれていた。大きいものは2メートルかける1.5メートルくらいの大きさがあり、一番小さいモノであれば50センチメートル四方ほどの大きさだった。
「ミッデジアン卿、本日は遠路はるばるとよく来てくれた。貴殿のおかげで探し物は見つかったようだ」
「いえ閣下。貴方様の人徳のお陰でありましょう。それが故に、こうして盗まれたものが自らの手元へと戻ってくるのですから」
閣下、と呼ばれた館の主人は、肖像画を背にして立っている。そのいくつかは確かに彼の血筋なのだろうということを示してくれるほど似ていた。
「さて、それで盗まれたのはどこかな」
「これ、でしょうか」
ツイと懐からハイデが袋を取り出した。その袋の中から恭しく取り出したのは、あのときに入れたのと同じ、あのパーソライトそのものだった。
「パーソライト。それは真実に辿り着くための道標。人の体内にて作られ、人の体内にて育てられ、人の体内にて生まれる。その光り輝く宝石は、ダイヤモンドをはるかに超えるとも、鉄をはるかに超えるとも言われる。魔術粒子の超複合体。ゆえにパーソンと宝石の名をつけられ、パーソライトとなった。これぐらいであれば前提知識であろうが」
ただ知らなかったのは、ペクーニアだけらしい。そんなパーソライトは、ハイデの手の上からふわりと浮き上がると、そのまま閣下の元へと収まる。
「これは先祖代々の形見でな。二度の世界大戦で我が家の当主が生還したのも、幾度となく見舞われた災難から生き延びたのも、数多くの家が衰退する中、我が家が存続しているのも、皆これのおかげであると言われている。それほどのものだ。盗った者らはその歴史を知らぬだろう」
言いながら一番大きな肖像画のすぐ下の壁を3回ノックする。するとガチャガチャと音が鳴り響き、手のひらや指を全部伸ばしたくらいの大きさの穴が空いた。そこに台座があり、紫色のそれの上へと、パーソライトはおさまった。
「これでよし」
言って、閣下はその隙間のドアを内側から閉めたように見えた。実際は外から指で押し出すかのような動作だったのにも関わらず、である。
「さて、これを金銭に変えることもできたのにしなかったこの子供を誉めねばなるまい」
今度は部屋の隅にある金糸でできた紐を引っ張る。すると数分かからずに執事が、ドアから入ってきた。
「いかがいたしましたか」
「この者らに何か褒美をやらねばなるまい。2、3見繕ってきてほしい」
「かしこまりました。すぐに」
ドアが閉まると、さて、と閣下が言った。そして一人でに椅子や机といったものが部屋の中央へと勢揃いして、座るようにと促された。