第2話
バシンと地面にたたきつけられる。ただ衝撃はない。ゆっくりと降りていくかのように、地面に羽毛が落ちるかのように、自然な感覚で少年は立っていた。
「ほう、彷徨い人が来るとはな」
野太い声。安楽椅子に座り、傍らにあるサイドテーブルには何かの飲み物が入っている。今の今まで読んでいたであろう年季の入った本は、何度と読まれたようですでにしわが寄っていた。
「しかしながら少年、ここに入るにしてはノックが聞こえなかったがね」
「長居はしないよ、逃げるために逃げてきただけだからね」
そういって部屋のドアへと駆けようとしたが、ガチャリとカギがかけられる。
「さてさて、興味深い。君は今、『逃げるため』といったね」
「ああ、おっさん。今は忙しいんだ。これを隠さないといけないんだ」
胸元にはどうやらポケットがついているようだ。そのおかげで荷物を落とすことはなかったらしい。それは小指の先くらいのガラス球に見えた。だがそれを見た瞬間、椅子に座っていた人物は本に紐のしおりを挟み、少年のそばへと歩み寄る。
「なるほど、パーソライトか。究極にして至高、この世に二つとして同じものはないと呼ばれるもの。天然か」
「当たり前だろ、こんな宝石、ヒトの手じゃできないだろうさ」
「なるほど、君にはいろいろと興味をそそられる。どうだい、すこし座っていかないか」
ポンと少しの誇りが舞ったのと同時に、さきほどの安楽椅子の向かいに、大きな背もたれ付きの、クッションでふかふかな座面もついて、椅子が現れた。
「やだよ、忙しいんだって言ってるだろ」
「魔術粒子をたどっていけば、いずれ君のところへとたどり着くことができる。今から私のところから逃げてもらっても構わないが、おそらく5分と逃げることはできんぞ。誰が追ってきているかは知らないが、護符を使ってどうせここに来たのだろう。ランダム性をもたせるのは、相手がどこへ飛んだかを知りにくくする効果はあるものの、それは万能じゃない、いまも彼らは君のことを探しているだろう」
少年は、どうせここから出られないということと、逃げても無駄だということを言われ、しぶしぶ椅子へと座る。
「さて、きみの名前から聞こうか」
「……なあ言わないといけないか」
「いわなくてもわかるのだがね、君の口から聞きたいものだ」
「……ペクーニア。ペクーニア・グナートル。それが俺の名前だ」
言いながらも、ちらちらとペクーニアはドアの方を見ている。
「ふむ、君が言ったのだからこちらも名乗ろう。ハイデ・グラウ。それが私の名前だ。覚えておいて損はないぞ」
「それで俺はいったいいつになったら開放してもらえるんだ。これをもって早く売り抜けないと」
「おや、それを心配しているのであれば無駄だぞ。そもそもここがどこかわかっているのかね」
「え、いや?」
それでも今までは生きていけたのだから気にしていないという雰囲気だ。だが今からはそうはいかないことを、ハイデは示す。
「君がいたのは英国はアマーダンだったな。だが、ここはそれからはるか離れたドイツフランス国境に位置しているラングマン大公国。それに彼らももう見つけるころだろうな」
と言い終わるが早いか。ダンダンダンと乱暴に部屋のドアが叩かれた。