91話 五学年、戦闘開始!
「リグト! フレイル!」
ユアが二人に追い付くと、最も近くにいた黒い外套の魔法使いが魔法陣を描き始めた。
「邪魔をするなら、殺すぞ」
その言葉を合図に、数人の魔法使いが一斉に攻撃魔法を放つ。
「氷の盾!」
フレイルの盾でそれを防ぎ、ユアが六種同時に攻撃魔法を放つ。
しかし、それは敵の防御壁にぶつかり、花火が散るように消えてしまう。防御壁で守られている敵の魔法使いは、全くの無傷だ。
「何故、人間を攻撃するの!?」
ユアが声を張り上げて問うが、答えは返って来ない。声すらも届かないのかと思わせるほどに、何一つ動じる様子はない。
中央にいるリーダーと思わしき魔法使いはユアたちの存在を無視するように、「盾を破壊し、街を焼け」と仲間に指示を出す。都市全体を覆う盾を破壊するべく、攻撃魔法を放ち続けた。
ユアは敵に視線を固定したまま、フレイルとリグトに小声で呼び掛ける。
「ロイズ先生が来てくれる。それまで、リグトの盾を持たせる必要があるわ」
「三人で敵を引き付ける……いや、一人でも多く倒すしかねぇな。リグト、魔力残量は?」
「25%はある。腹は減った」
「バケモノかよっ!」
街全体に水の盾を三重に張り巡らせ、残り25%。確実にバケモノだ。
「ユア、やつらの防御壁を崩す方法はあるか?」
「防御壁は土魔法の応用よ。非常に強固なガラスみたいなもので出来ているわ」
「さすがガリ勉だな」
「強固すぎて割れないガラスだけどね。試したことはないけど、理論上、崩すなら雷魔法だと思う。直接、特大の雷を落として、更に複合魔法で急激に冷やす。……少しくらいは可能性があるはずよ」
「少しくらいかよ」
フレイルが白眼を向いていると、リグトが「魔法陣を描け」と言った。
「今すぐ防御壁を崩す新しい魔法を作って描け」
「まじ!? 今!? この状況で!?」
「そこに俺が魔力を込めて発動する。フレイルは描き続けろ」
「まじかよ、鬼リグト発動してんじゃん……」
フレイルの魔力量では、特大の雷魔法を放ったとして十数発で魔力が尽きるだろう。残量25%だとしても、リグトにとっての25%だ。フレイルより確実に多い。魔法陣の描き手と発動者を分ける。勝つためにはそれしかない。知恵を絞るしかなかった。
「防御壁を崩したら……ユア、間髪入れずに攻撃魔法を放て」
「分かったわ」
「躊躇するなよ」
三人は一瞬だけ視線を合わせ、すぐに敵に注意を向けなおした。
「今すぐ帰りてぇ。……けど、やるしかねぇな!」
そう言うと、フレイルは頭の中で組み立てた立体魔法陣を素早く描いた。そこにリグトが魔力を込め、発動する。発動している間にも、フレイルは描き続けた。一瞬で試行錯誤をしながら、この場で新しい魔法を作っているのだ。
「無駄なことを……」
「おいおい、ガキがうざったい魔法放ってくるんだけど」
しかし、防御壁は強固であった。魔法は全て弾けて消える。
「フレイル、水の盾が壊れそう! 早く!!」
「分かってるって!!」
こうしている間にも、敵は街全体を覆う盾を破壊しようと攻撃魔法を放ち続けている。穴が開いた部分を落ちこぼれのカリラが補修しているが、残念ながら落ちこぼれだから、ハチャメチャにスピードが遅い!
三重の盾の内、一番外側の盾はもう持たない。二重目の盾にも少しずつ穴が開き始めていた。
「フレイルー!」
「天才型に作れない魔法はねぇよ! これでどうだ!?」
フレイルが魔法陣を描き上げると、リグトがそれに全力で魔力を込めた。すると、超高速の炎の槍がヒュンと風を切るように飛び出す。
「はっ! 学生如きの未熟者が。炎の槍で防御壁は崩せない。そんなことも知らないのかよ」
敵の魔法使いの防御壁に炎の槍が突き刺さった瞬間、防御壁全体に金色の光が走る。バリバリバリと、けたたましい雷の音が鳴り響き、次に炎の槍が一瞬で氷の槍に変化する。
「ばーか! ただの槍じゃねぇよ。炎に雷、最後に氷の複合魔法だ!」
「な、なんだ……!?」
急激な温度変化に耐えきれず、防御壁が弾け飛ぶように割れた。崩したのだ。難易度の高い防御壁を、まだ五学年の生徒たちが押し割った。
「次はこっちの番よ! 六発、お見舞いするわ!」
待っていましたとばかりに、そこには綺麗な魔法陣が六個用意されていた。ユアがそこに魔力を込めて躊躇なく発動すると、防御壁が割れると同時に敵の魔法使いに魔法が直撃した。
「ぐっ……!!」
学生とは言え、もう卒業間近。ロイズ・ロビンの下で研鑽したこの一年で、その実力は魔法省の魔法使いに引けを取らないレベルまで急成長をしていた。特に赤紫色から青紫色に変化をしたユアは、桁違いの強さになっていた。
威力のある魔法を六個同時に食らった敵の魔法使いは、気を失い、黒い外套をはためかせながら落下していく。
「次だ!!」
「一人でも多く戦闘不能に追い込むぞ」
三人は目を合わせて頷き合った。やるしかないのだ。ロイズも魔法省もいない状況、自分たちだけで切り抜けるしかない。
仲間が一人やられたのを見て、敵の魔法使いたちは目の色を変えた。目の前にいるのは、子供でも学生でもない。対峙すべき魔法使いであると認識を改める。
だが、少し遅かった。次々と割られていく防御壁、そこに叩き込まれる六個同時発動の攻撃魔法。戦闘不能になった黒い影が、人間都市に散っていく。
「この……ガキどもが!」
怒号を上げた敵に攻撃魔法を放たれ、ユアたちは盾を発動しながら少し距離を取る。
すると、中央にいたリーダーと思わしき敵の魔法使いが「焦るな」と、静かに諫めた。
「我らの狙いは魔法使いじゃない、人間の全滅だ。魔法使いを倒すのは骨が折れるけど、それならこうすれば良い」
リーダーは魔法陣を発動させる。そこから鎖のようなものが飛び出て、ユアたちの身体に巻き付いた。蛇のような動きに、盾魔法は意味を成さなかった。
「なにこれ!」
「拘束魔法!?」
力を入れても解けない鎖。手が使えず、魔法陣を描くこともできない。手も足も出ない……訳でもなく足なら出せるが、足だけ出せても意味はなかった。
「こんなことなら、足で魔法陣を描く練習をしておけば良かったわ! 不甲斐ないっ!」
「出たよ、ガリ勉」
「腹減った」
「緊張感どこいった」
動かない手の代わりに口を動かす三人であった。すると、足元から「無理ぃ~!」と叫ぶカリラの声が聞こえてくる。
「もう穴だらけだよぉ~! ここなんて、あとちょっとで穴が開いちゃうよ~ぉ」
「バカリラ! それじゃここから攻撃してくださいって言ってるようなもんじゃねぇか!」
「へ?」
カリラが手を振って訴えるものだから、案の定、敵の魔法使いたちがワラワラと集まってしまった。
「教えてくれてありがとよ、お嬢ちゃん」
「ひぃ~! なんてこったぁぁい!」
カリラに向かって描かれる攻撃魔法。カリラは必死に盾の魔法陣を描くが、ただでさえいつも歪んでいる魔法陣だ。焦った結果、過去最高に歪んだ魔法陣が完成してしまった。盾を発動するも、ふにゃんふにゃんの盾が誕生。気持ち悪いグミみたいだった。
「バカリラ! 歪みすぎかよ!」
「カリラ、逃げて!」
「や~~ん。むりぃ! びえーーん!」
泣き叫ぶカリラ目掛けて、攻撃魔法が発動された瞬間、どこからか「火の盾」と声が響いた。
すると、カリラのふにゃんふにゃんのグミみたいな盾が急に背筋を伸ばし、カチカチの強固な盾に変化する。敵の攻撃魔法は、やたらめったら強固な盾の前に弾けて消えていく。
「な……!?」
「ちょっとちょっと~? うちの店の上でドンパチやってると思って見てみたら、あんたら何なのよ!? 私の異常値のペア、イジメるのやめてくんない?」
現れたのは、そう、カリラの異常値のペア。
「マリーさぁぁあん! うわぁぁん!」
「カリラちゃん、おひさ~♪」
ここは昔、魔力補充タンクがあった広場の真上。広場の近くには、マリーのピザ屋があるのだ。
「異常値のペアだと?」
「元人間ってことかよ」
「さっきの盾の変化。あれはなんだ!?」
盾の変化を見た魔法使いたちは、騒然となった。それもそのはずだ。落ちこぼれ魔法使いに、元人間の初心者魔法使いが盾魔法を重ね掛けしたところで、強固な盾に変化するなど考えられない。
「よぉし、カリラちゃん、穴を塞ぐわよ!」
「わ、わかったぁ~」
二人がせっせと盾魔法で穴を塞ぎ出すと、敵は慌てたように攻撃魔法をぶつける。しかし、二人が作った盾魔法は割れなかった。
「なんだ、この盾魔法は!?」
「強固すぎる」
マリーが「ふふん!」と勝ち気に笑って、敵を見下す。この煽り体質、彼女はきっと天才型に違いない。
「あんたたち、生まれたときから魔法使いの癖に、そんなことも知らないのぉ?」
「なんだと!?」
「魔力相性の高い者が共闘すると、その効果はトッピング増し増し! それが、もしも異常値のペアなら~?」
マリーがノリノリでクイズを渡すと、カリラはことさらノリノリに受け取る。
「倍々どんどん、ドンドンどーーん~♪」
そう。魔力相性が高い者同士が共闘した場合、攻撃魔法は攻撃力が高くなり、治癒魔法は治癒効果が高くなる。それは盾魔法も例外ではない。さらに、それが異常値のペアならば異常に強固な盾が完成する。
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿はあんたらよ、ばーか! かかってきなさいよ、ピザ釜で焼いてやるわ!」
「マリーさん、かっこいぃー! ひゅ~♪」
そんな共闘の様子を遠目で見ていたリーダー格の魔法使いは、冷たく呟く。
「……ふーん、異常値のペアねぇ。やっぱり邪魔ね」
その声は、拘束されて動けないユアの耳に不思議なほどスルリと入ってきた。
「え、その声……」
「あら、大変。分かっちゃった?」
リーダーの魔法使いは、楽しそうに笑った。その笑い声はユアの知っているものだった。
「ヘイトリーさん……?」
「残念。せっかく仲良しになれたのにね」
外套のフードを取りながら、ヘイトリーは長い髪をサラッとかきあげる。
「な、何やってるんですか……?」
ロイズを尊敬していると熱弁していた、あのヘイトリーが黒い外套を羽織っている。事態が飲み込めず心臓が早鐘を打つ。それでも思考は巡り、脳は瞬時に答えを出してしまう。彼女が首謀者で、だからここにいるのだと。気色悪くて、吐き気がした。
「ごめんなさいね、諸事情で人間を全滅させることにしたの」
淡々と告げる平坦な声は、異質で奇妙なものだった。まるで虫でも殺すみたいに、要らないものを捨てるみたいに、感情のない言葉が降ってくる。
「大掛かりなことしちゃうと後々面倒だから、誘拐とかしながら細々とやってたんだけどねぇ。もう時間もないし、全滅させようって決めたの。そもそも人間嫌いだし」
「はぁ? 頭いってんな」
フレイルが心底理解出来ない様子で非難すると、ヘイトリーは首を傾げながら答えた。
「人間なんて、いらないじゃない」
「おいおい、知らねえのかよ。人間を全滅させたら、魔法使いはいつか魔力を失って、どのみち人類は滅亡。あんたも困るんじゃね?」
「ふふっ、そんなの知ってるわよ」
ヘイトリーは、真っ直ぐな瞳でユアを見た。
「私たちは、気高い魔法使いよ。人間なんて下等生物に命を救われるくらいなら、誇りを持って死を選ぶべきよ」
「誇り……? そんなものの為に、人間を全滅させようっていうの?」
その言葉のどこをどう切り取っても、理解ができなかった。
「そんなこと、許されるわけないわ! ロイズ先生も魔法省も許さないわよ」
「そうね。でも、別に誰かに許されなくても良いんだけどね。信念って、そういうものじゃない?」
「……腐ってる。もうすぐロイズ先生が来るわ。あなたは魔法省に捕縛される。勝ち目はない、もう止めて」
当然ながら、ヘイトリーには響かない。
二人は同じような立場にいたはずなのに、全く違う価値観で生きてきたからだ。これまで見てきたものも、今見えているものも、きっと真逆だろう。
でも一つだけ、見てきたものの中で同じものがあった。見る角度は全く別であったが、その熱量は同等と言えるだろう。
「ずっと思ってたけど、『ロイズ先生、ロイズ先生』って……ユアさんうるさいのよね」
「え?」
「あの飴色頭の何がそんなに良いのか分からないけど、ユアさんにはすごく興味を惹かれたわ」
「な、なに……?」
「ねぇ、ユアさんって、ロビンのなに?」




