9話 五学年の作戦会議、恋愛バトルの幕開け
「これより、作戦会議を行います」
ロイズに本気で恋愛を挑むと決めたユアは、翌日の放課後に早速行動に移していた。ユアの言葉を聞いて、学生寮の談話室に集められたらしき友人たちは、各々の反応を見せていた。
「わー! 楽しそうぅ~♪ あ、ねぇ見て、お菓子のくじ当たりだったぁ。後で、もう一個もらいにいこーっと」
年がら年中楽しそうにしているのが、カリラ・カリストン、出席番号40番だ。ちなみに、40番がビリである。成績凸凹コンビ、ユアの大親友だ。
「何の作戦会議だよ? 嫌な感じしかしねぇんだけど」
続いて、金髪金瞳のフツメン。フレイル・フライス、出席番号3番。ユアやリグトが努力型の魔法使いであるのに対し、天才型魔法使いが彼だ。パンをくれる優しいやつである。
ちなみに、実家はパン屋。店の売れ残りを毎日物質転送して貰っているため、五学年は全員パンには困らない。
フレイルの質問に、ユアは仁王立ちで答えた。
「ロイズ先生をどうやって落とすかよ!」
「え、お前、ロイズ・ロビンのことマジなの!? ネタじゃなく?」
フレイルが勢いよく立ち上がって、ユアの肩を掴んでガクガクと揺さぶった。ユアは「そうよ、本気よ」と揺さぶられながら答えた。首が強い。
「俺は、無料では協力しないからな」
最後に、出席番号2番のリグト・リグオール。ユアの幼なじみだ。
リグトは、何やら忙しそうに部屋の隅で魔法を発動させながら、拒否の意を示した。どうやら内職をしている様子だ。
「静粛に静粛に! まずは計画書を配ります」
ユアは、冊子になっている資料をサッと配布した。いつの間にこんなものを作ったのだろうか。
「ロイズ・ロビン、攻略計画……?」
三人は声をそろえて、計画書の表紙を読み上げた。
「ご静聴プリーズ。私は昨日、ロイズ先生を本気で落とすと心に決めたの。今まで憧れだの何だの、良い子ぶっていたけれど、そんな戯れ言は火で燃やして灰にすることにしたわ」
「わ~♪ ユアかっこいい~」
「カリラ、ありがとう。あと、見返りはちゃんと考えてあるわ」
「見返り有り? よし、協力しよう」
リグトは、手を叩いて急に乗り気になった。『小さい頃からずっと一緒だったから気付かなかった。本当は君のことを愛してたラブユー』なんて、幼なじみフラグを立たせることもなく、リグトはバッキバッキにフラグを折るタイプであった。
「ストップ! 相手はロイズ・ロビンだぞ? あのロイズ・ロビンを落とすっていうのか?」
フレイルの言葉に、またもやユアは頷いた。
「本気よ。計画書の三ページを開いて。全体フローを作っておいたわ」
「優秀すぎるだろ」
どこのキャリアウーマンだろうか。
ユア作成の資料を、各々パラパラとめくる。カリラは超高速で目を通し終えていたが、中身は読んでいなかった。通りすぎただけだ。
「まず目的は、ロイズ先生と恋愛関係に収まり、婚姻を成すこと。そして、そのための手段として(一)研究助手を主軸にした『親密度あげあげ作戦』、(二)皆の協力を主軸とした『彼の心をガッチリ作戦』。この二つの作戦を進めたい。マイルストーンの設定は次ページよ」
何言ってんのか全くわからんが、作戦名が強烈に頂けない。あの魔法バカに対して、こちらは真面目バカであった。
ユアは一通りの説明をした。説明というか、プレゼンであったかもしれない。
ユアの計画のうち、友人に協力してもらうのは『彼の心をガッチリ作戦』のところである。目的だの条件だの事細かに書いてあるのを全てすっ飛ばして、該当部分のみを下記する。
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(前略)
〈彼の心をガッチリ作戦パターンA〉
ユアの偽彼氏が、親友と二股をかける最低野郎であることを利用する作戦。
偽彼氏を作る→偽彼氏がクソオトコであることをロイズに植え付ける(共通の敵を作る)→傷心のユアを慰めてもらう(同情心を煽る、庇護欲を掻き立てる)→ロイズにクソオトコを撃退してもらう(ヒーロー願望を満たす)→ロイズを崇め奉る(自尊心を満たす)
(以下略)
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思っていたよりも可愛げがなく、えげつない計画書であった。彼のためにダイエットする的な乙女感のある計画であれば良かったのに。
「さぁ、意見がある方は手を挙げて」
「意見しかない。馬鹿か!」
「痛っ。手を上げるなんて、リグトったら粗野ね」
丸めた計画書でユアは頭を叩かれた。
「粗野な計画を持ち出したお前に言われたくない。もしやに、このクソヤロウの彼氏役を、そっくりそのまま俺かフレイルにやれと言うわけじゃなかろうな?」
「お願いしまーす!」
「やるか馬鹿」
「やるか馬鹿」
リグトとフレイルは、声をそろえた。
「だって仕方ないじゃない。何故だか分からないんだけど、ロイズ先生は、私がザッカスさんを好きだと思い込んでるのよ」
「ザッカス?」
ここでもまたもや唐突のザッカスに、一同はきょとんとした。
「覚えてない? ロイズ先生が五学年のときに仲が良かった人よ。ザッカス……なんだっけ、ファミリーネームは覚えてないけど、ほら紫色の髪の人!」
紫色の髪という珍しい色に、一同は「あぁ」とすぐに思い出した。
「そいつが、ユアの好きな男ってことになっていると?」
「そうなの」
「……突っ込みどころは色々あるが、それは置いておこう。で、それとクソ彼氏役と、どういう関係が?」
ユアは小馬鹿にしたようにリグトを見た。
「ロイズ先生は、私と恋愛関係になりたくはないのよ。ザッカスさんを好いてるなら助手にしても問題ないね、と言い切ってたわ」
「……ご臨終です」
リグトがそう言うと、フレイルが間髪入れずに「チーン」と言いながら拝んだ。
「まだ死んでないわ、ここからよ」
「ガッツがすごい」
「だからね、私に好きな男性がいることは、助手になるための必須条件なの! だけど、ザッカスさんのこと知らないもの、そのうち好きじゃないってバレちゃうでしょ。そしたら助手でいられないわ」
「そこで偽彼氏を作っておくってことか」
「ザッツライト。更にその偽彼氏を利用して、ロイズ先生と親密な関係に持って行こうかと」
「お断りだ馬鹿」
ユアはやれやれという顔をして、聞き分けのない子供を見るかのように、リグトとフレイルに目を向けた。
「仕方ないわねぇ。それなら作戦Aはやめておくわ。作戦Bにしましょう。十ページを開いて」
「いきなり頓挫してんじゃねぇか……えっと十ページ?」
フレイルは、呆れ顔で頬杖をついた。それでもちゃんとページを開くのだから、結構いいやつだ。
「作戦Bを進めていくわ」
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(前略)
〈彼の心をガッチリ作戦パターンB〉
誰かアドバイス下さい。
(以下略)
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「ノーアイディアじゃねぇか!」
「だって仕方ないじゃない。私、今までロイズ先生を見ているだけで、恋愛というものがよく分からないんだもの! 恋愛手練れ派の皆様、教えて下さい、ぺこり」
ユアのお辞儀に、カリラがケタケタ笑いながら手を叩いた。
「私はいいよ~♪ 彼氏もいたことあるしぃ」
「さすがカリラ、頼もしい~! 見返りはテストのヤマ当てね」
「わぁい!」
カリラは即交渉成立しているが、理解をしているのか怪しい……不安である。
「俺は、学食奢り一か月分で、手を貸してやってもいい」
リグトのビジネスライクな提案に、ユアはすぐさま乗っかった。
「さすが五学年のモテ男! 交渉成立ね。えっと、フレイルは」
と、ユアが言ったところで、フレイルが言葉を遮った。
「言っとくけど、俺は協力しねぇかんな」
「え、なんで?」
「なんでって……そりゃ、まあ」
単純明快で素直な人物が現れた。お分かりだろう。フレイルは、ユアに恋をしているのだ。片思い歴二年、フラグキーパーである。
「じゃあ、フレイルは別に協力してくれなくていいわ」
「いいのかよ」
フラグは折られた。
「ユア、一つ忠告しておく」
しかし、フレイルには切り札があった。
彼の思惑は、卒業までの間にユアをかっさらうことである。『ロイズ・ロビン? 年寄りがしゃしゃり出てんじゃねぇよ!』という気持ちが、御自慢の金髪を激しくたなびかせていた。
「なによ?」
「ロイズ・ロビンは、研究室に女を連れ込んでる」
これはユアの口紅が、ロイズの白衣についていた件を言っているのだろう。連れ込まれた女とは、ユアのことだ。その忠告、ブーメランでフレイルの精神が崩壊すること必至だ。
しかし、ユアは「え」と、真正面から忠告を受け取ってしまった。
「なにそれ、どういうこと?」
「(白衣に口紅が付いてたのを)見たんだよ」
「ぇえ!?(研究室に女を連れ込んだところを)見たの!?」
「そうだ」
「がーーん!」
「ユアの口大きい~、おもしろーい!」
大きな誤解が発生してしまった。双方とも言葉が足りなさすぎる。
「同じ男としてオススメしない、やめとけって」
「いきなり詰んだな。だがしかし、女とは誰だ? 学園内ってことだろう?」
リグトが不思議そうに言うと、フレイルは「相手は分かんねぇ」と言った。口紅しか見てないのだから当たり前だ。
そこで、内職の手を止めて、リグトがハッとする。
「俺、わかった」
「誰!? どこの女!?」
わかっちゃったリグトは、神妙な面持ちでその名前をあげた。
「犯人は、マナマ先生だな」
マナマ・マナルド。ロイズの元同級生かつ現同僚、一学年担任の女教師だ。
「あり得る……」
「あり得るわね……」
リグトの一言に、フレイルとユアの意見は一致した。カリラは話を聞いていないのか、お菓子をもぐもぐ食べているだけだったが。
しかし、真実は『あり得ない』である。マナマこそが、ザッカスに長年の片思いをしているからだ。
わかっちゃったリグトは、全く何も分かっていなかった。彼は異常にモテるが、意外と勘が鈍いのだ。黙っていても、女が寄ってくる人生だからだろう。
すると、フレイルが「あ……」と言って、少し気まずそうにする。
「そういや昔さぁ、ロイズ・ロビンとマナマ・マナルドが付き合ってるって噂、あったよな」
ぽつりと落とされたフレイルの言葉は、談話室をシーンとさせた。
シーン。シーーン。シーーーーン。
しかし、ユアは静けさに負けなかった。ダンッとやたら大きな音を立てて、センターテーブルを拳で叩く。この静けさを叩き割る勢いがあった。
「違うわ、その噂は嘘だったはずだもの! ロイズ先生が五学年のときの噂でしょ?」
「そうそう。あれって嘘だったのかよ?」
「た、たぶん……」
自信なさげなユアの背中を、カリラが優しく撫でた。
「うーん、大丈夫だと思うけどなぁ~。じゃあ~、まずはロイズ先生にお相手がいないか聞いてみたらぁ?」
「お相手って……」
「女だ、女。恋人、婚約者、エロいコトをするだけの女の存在とかな」
「エロいこと!?」
「ロイズ・ロビンだって男だもなぁ? 毎日のように、あの研究室でやらしーことしてんだよ、現実見ろって」
腹いせなのだろう。フレイルがやたらと意地悪に言うものだから、ユアの顔は真っ青になる。こういう意地悪をする男が好かれるわけなかろうに、若さ故だ。
「やめなよぉ~、フレイルはすぐそう言うこという~」
「ユア。ますは現状把握だ」
さすがの優等生。リグトの的確な意見に、ユアは頷くしかなかった。
「分かった。そうね、何事も現状把握よね。本人に直接聞いてみる」
優しく撫でていたカリラの手が、ユアの背中をそっと押した。
「あとは、やっぱり好みだよねぇ~♪」
ついでとばかりに、カリラがお菓子を食べながらそういうと、ユアは不思議そうに首を傾げる。
「どういうこと?」
「ロイズ・ロビンの女好みを把握するってことだ」
「オンナノコノミ!? な、なるほど。着眼点が鋭いわね……」
「ユア、ぽんこつ可愛い~」
ユアは計画書にメモを書き加えた。
「えーっと、相手がいないかと好みの把握ね。急務だわ。みんなありがとう、愛してる!」
そして、ペンを握りしめてファイティングポーズをとった。
「絶対にロイズ先生を落としてみせるわ!」
フレイルは馬鹿にしたようにため息をついていたし、カリラは拍手をしていた。リグトは無視して内職を続けていた。
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初々しくも馬鹿らしい恋愛バトルが、幕を開けたのだった。