7話 恋の魔法陣を、ゼロ距離で叩き込む!
「ユラリス。俺の助手になってほしい」
「え?」
「ユラリスに研究を手伝ってほしいんだ。どう?」
思ってもみないロイズからの申し出に、ユアは迷いもなく『こくん』と頷いてしまった。ロイズの飴色の瞳に吸い込まれるように、首が縦に動いた。
「良かった、ありがとう~」
「え、え、本当に? 私が? ロイズ先生のお手伝いを?」
「是非とも~」
「でも、ロイズ先生、今まで一度も助手をとったことがないですよね? 私なんかで良いんですか?」
「うん、ユラリスだからお願いしたいんだ。俺の初めての助手」
「私、だから……!?」
ユアの胸は、ドキドキきゅんきゅんと高鳴る。これはもう、憧れとかそういう戯れ言で誤魔化しきれないところまで来ている。
岩壁に穴を空けたり、ランチタイムを共にしたりして、無闇に近付こうとするから、こういうことになるのだ。恋とはそういうものなのに。
「それでさ、その見返りを提供したいなぁって」
ロイズの申し出に、ユアはきょとんとした。
「え、見返り?」
「助手って賃金出ないからさ。個人的にお金を渡すのも禁じられてるし……何もないのに手伝って貰うなんて悪いしね。見返りくらい必要でしょ~」
―― え、全然いらない。むしろ研究のお手伝いが、ご褒美なんですけど
しかし、ユアは考えた。ここで見返りが欲しいと言った方が、きっとロイズは気兼ねなく手伝いを依頼できるのだろう。もし見返りはいらない、なんて聖人君子よろしく高尚なことを言ってしまうと、ギブアンドテイクの関係は築けない。
ユアは現実を見ていた。二人は、教師と生徒なのだ。ギブアンドテイクの関係の構築は、急務かつ十分条件だろう。
「じゃあ、遠慮なく、お願いします」
ユアがニコリと微笑んで了承すると、ロイズの顔がぱぁっと明るくなった。ユアの選択は、正しかった。
「それでね、考えたんだけどさ、ザッカスを紹介するよ!」
「ザッカス?」
ユアは、きょとーんとした。ザッカスとは誰だろう。全く好きでも何でもない男だ。彗星の如く現れた、唐突なザッカスに戸惑うのも無理はない。
「俺、ザッカスと仲良くてさ。卒業してから丸三年経つけど、今でもよく会ってるんだ」
「は、はぁ」
―― ザッカス……卒業した人? あ、ロイズ先生がよく一緒にいた人じゃないかしら。ザッカス……そうそう! ぼんやりと覚えてる!
ぼんやりとしか覚えていなかった。
「ザッカスも魔法省勤めで忙しいから、いつ時間作れるか分かんないけど、打診はしとくから任せて!」
「えっと……?」
事実確認もせずにテキトーなことを言うもんじゃない。先程からロイズが押し続けている『ザッカスボタン』は『自爆ボタン』であることを、自覚して頂きたい。
一方で、ユアは今の状況をよくわかっていなかった。しかし、分かろうと必死に脳内解釈を推し進める。優等生であるユアは、答えを聞く前に、まずは自分で考える。その癖が根付いていたのだ。
―― 話が見えないわ……魔法省のザッカス? あ、わかった! 同じ研究仲間ということね。魔法省と共同研究をしているのね。仲間を紹介するということだわ。なるほどなるほど!
「はい! ご都合は先方に合わせますので、よろしくお願いします」
解釈のハンドルを真面目方向に切ったユアは、元気によろしくお願いしてしまった。ユアの元気いっぱいな返事を聞いて、ロイズはニコリと微笑んで「良かった~」と言った。
「見返りなんて用意できるものないと思ってたけど、ザッカスを紹介できて良かったよ」
「はい!」
「俺、恋愛って苦手でさ。よく分かんなくって。だから、何が出来るってわけじゃないけどさ~」
「……へ?」
「ユラリスが、ザッカスのことを好きなのは驚いたけど、まぁザッカスってカッコイイもんね。わかるわかる~」
「は!?」
「実は俺さ、魔力相性が見ただけで分かるんだよねぇ。ザッカスならユラリスともかなり合うと思う。相性抜群! これは自信ある!」
「ほう?」
「それにさー、こんなこと言うのも恥ずかしいんだけど、一回くらい教え子の結婚式に出てみたかったんだよね~。上手く言ったら呼んでね。親友と教え子の結婚式かぁ、なんかワクワクしちゃうなぁ。あ、スピーチとか魔法の出し物とかするから!」
「へー?」
「いや~、ユラリスも一応女の子だから、助手を頼むのも気が引けてたけど、好きな人がいるなら心配ないね。良かった良かった~!」
「……」
ロイズは『自爆ボタン』をカチッと押した。とんだ魔法バカだ。二十三年間、魔法バカを貫いてきた結果が、コレだ。愚か者を通り越して、いっそ愛しい。
目の前の女は、四年前から『憧れ』というのを建て前に、ロイズを見続けて……いや、もう認めてしまおうか。そう、ロイズに恋をし続けてきた女だ。
それなのに、他の男を、しかもロイズと仲の良い友人を紹介され、相性が良いと言われ、あまつさえ結婚式に呼べと。そして、性別に『一応』という謎の枕詞を付けられた上に、『俺とお前が恋愛関係になる要素がゼロで良かった万歳!』と。ははぁん、そうですか、と。
ユアは、頭から氷水を掛けられた心地がした。ショックを受けたという比喩ではない。頭が冷えて冴え渡ったのだ。
「なるほど、そういうことですね。理解しました」
ユアは、この四年間で初めて、ロイズに対して負の感情を持った。憧れという気持ちから『潔癖』という鎧が剥がされたのだ。それ即ち、これは恋であると覚悟を決めた。
ユアは、目の前の魔法バカに狙いを定めた。
憧れなんて言っていたら、いつか絶対後悔する。どうせダメならやってやる。この恋慕という名の魔法陣を、彼のこめかみに当てて放ってやる。天才だろうが何だろが避けることは絶対にできない、ゼロ距離で。その魔法しか詰まっていないスッカスカの頭に直接恋心を突きつけて、思いっきり、撃ち抜いてやる!
ユアは可愛らしい微笑みの裏側で、恋という魔法陣を描き始めた。四年分の想いを込めて、それはもう、丁寧に。
「頼りにしてます、ロイズ先生。まさにギブアンドテイクですね。よろしくお願いします」
ユアは、否定しなかった。その代わりに、焦げ茶色の柔らかい髪を耳にサラリとかけ直した。
応接室のぷかりと浮かぶ雲の椅子。
座った二人の、その距離、2m。