15話 ウイスキーダブルロックで!
「はーーーぁ」
ロイズ・ロビンは、ウイスキーのグラスをカラン……と傾けながら、大きなため息をついていた。ユアに素気なく断られてしまったからだ。
きっと、ユア以上の存在はいないだろう。元人間の魔法使いというイレギュラーな存在。ロイズと魔力相性が異常に良い。そして頭も良く、知識欲や好奇心も持っている。何よりも人間と魔法使いの関係に対する思想が同じである。
こんな人材と一緒に研究ができると思ったら心が踊ったのに、男だとか女だとかよく分からないことで断られたのだ。ロイズは、かなり悩んでいた。
「悩みか? ロイズが悩むなんて珍しいな」
「それがさぁ……あ、ザッカスなら解決できそうな気がする! 相談のって!」
「いいけど、なんだ?」
ザッカス・ザック。ようやく登場、ロイズの元同級生である。
紫色の髪に紫色の瞳。高貴な魔法使いという色合いに、魔法省勤めのエリート。卒業時は、ロイズに次ぐ出席番号2番。何よりも顔が良い。やたら顔が良い。べらぼうに良い。
ロイズは、表面上の人当たりは良いものの、その実、警戒心がとても強い。魔法使いの中で友人と呼べる存在は、ザッカスくらいだった。
「あのさ、女の子を家に呼んだんだけど、来てくれなくてさ。どうしたら来てくれると思う?」
「ぶはっ! は!?」
ザッカスは、飲んでいたレッドアイを思いっきり噴き出してしまい、口元が血まみれのようになっていた。慌てた様子で、浄化魔法を描き、口元と襟元を綺麗にする。
「ちょ、ちょっと待て。なんだって?」
「だからさぁ、教え子の女の子なんだけど」
「はぁ!?」
「家に来てほしいって言ったんだけど」
「ぉお!?」
「イヤだって断られたんだよ。でも、どうしても来てほしくて、ザッカスの知恵を貸してほしい。俺、説得とかすごーく苦手でさぁ」
「Stay。全く付いていけない」
ロイズは、グイーッとウイスキーを飲み干して、バーテンダーに「ジントニック」と注文をした。
「そんなに複雑な話だった?」
「いや、だってお前、女嫌いだっただろう。鳥肌がどうのとかいって。どうしてこうなった?」
「あー、その子だけは大丈夫なんだ~。他は相変わらずダメだけど」
ロイズは、バーテンダーからジントニックを受け取り、一口飲んだ。
「ははぁん? 大丈夫な女が現れたから、手を出したいってことか。なるほど」
「ぶはっ!? 違うよ、なんの話!?」
「要約すると、教え子の女の子を家に連れ込んで、エロいことをしたい話だろう?」
「ちちちちちがーーう!!」
ロイズは、顔を真っ赤にして大きく否定した。
「研究を手伝ってほしいだけ!」
ザッカスは思いっきり頬杖を付きつつ、残念なものを見るようにロイズをシラーッと眺めてくる。言外に責める、この視線。
「ロイズは、本当にロイズだよな」
「ロイズは、本当にロイズですけど何か!?」
「お前に嫉妬したり、恐怖したりしてる魔法省のお偉いさん方に、本来の姿を見せてやりたいよ」
「あっちが勝手にロイズ・ロビン像を作り上げてるだけだよ、紙粘土でせっせとね。それよりさ~」
「女の連れ込み方な、はいはい」
「言い方、気を付けようね?」
ザッカスは、やれやれという顔をしながら、「状況説明を詳しく」と言って、手で促した。
「五学年の出席番号1番で、俺の助手の子なんだけど」
「へー、助手とったんだ。初だよな?」
「そう、優秀な子でさ。俺と魔力相性が良いんだ。それで、魔力相性の研究をメインに手伝って貰おうと思って。それ以外にも色々と手伝ってほしいから、家の研究部屋に呼んだんだ」
「ふーん?」
そこでロイズは、ジントニックを飲み干して、「ジンバック」と注文した。
「それでさぁ。初めは乗り気だったのに、突然『行きません』って言われちゃって」
「理由は?」
「男性の家にホイホイ行けませんって。だから、そういう心配はいらないから大丈夫だ、って言ったんだけど。最後の方は、珍しくちょっと怒ってたと思う……反抗期かなぁ」
「あー、なるほど」
「どうしたらいいと思う? 今のところ、俺が女になれば解決するかなって思ってるんだけど……」
「それは気持ち悪いから止めてほしい。ロイズの発言、『そういう心配はいらないから大丈夫』のところ、一言一句違わずにプリーズ」
ザッカスの無茶ぶりに、ロイズは「ぇえ?」と言いながら、記憶を呼び戻すように飴色の頭をトントンと叩いた。
「むずっ。えーっと、ユラリスから『男と女ですから』って言われて、『ぇえ、オトコトオンナ? 全く問題ないよ~。ユラリスってそういう感じしないもん、大丈夫大丈夫』みたいな感じだったかと」
「『そういう感じしないもん』ねぇ……」
「そうだよ! 俺の助手は、真面目で清らかで勤勉なんだ~。薄汚い馬鹿丸出しの獣のような女共とは、全く違うからね!」
「普段温厚なのに、このときばかりは辛辣になるよな、ロイズ。いや、それにしても……」
ザッカスは、ため息をつく。
「俺は彼女の気持ちが分かった」
「本当!? さっすがザッカス!」
「よし、解決策は一択だ。今から俺が言うことを丸暗記して、彼女に言ってみろ」
「ぉお? 分かった~」
ロイズは丸暗記した。『持つべきものは交渉力の高い友人だなぁ』なんて、ロイズは思ったり。
「なんか分かんないけど、やってみるよ。ありがとうザッカス」
「おー、普段世話になってるからな」
「これでユラリスが、俺の家に来てくれるといいなぁ」
「そうだな……ん? ユラリス?」
ザッカスは、傾けていたグラスをピタリと止めて、ロイズを見てくる。
「そういや、さっきからユラリスユラリスって連呼してるな?」
「うん、ユア・ユラリス」
「……なんか嫌な予感がするぞ。父親の名前は?」
ロイズは「父親~?」と上を向いて、ついでにジンバックを飲み干す。そして「ギブソン下さい」と注文。
「名前なんだっけ、分かんない。あー、そういえば父親は魔法省の師団長だとか言ってたかも」
「やっぱり!! ユラリス師団長の娘さんじゃねぇか!!」
「なになに~? 有名な人なの?」
「有名ってレベルじゃない。魔法省で三本の指に入るほどの魔法使いだ」
「へー! すごい父親なんだなぁ。親子そろってすごいな~」
「なんだその子供みたいな感想は。って言っても、お前はロイズ・ロビンだもんな……何でもねぇわ」
「どうも、ロイズ・ロビンでーす。かんぱーい」
お酒を飲んで、陽気に勝手に乾杯をするロイズ。楽しそうで何よりだ。しかし、ザッカスは眉をひそめる。
「なぁ、ロイズ。娘さんを家に呼んだこと、親父さんには内緒にして貰うように頼んでおけよ? 面倒なことになったら……おぉ……身震いする。俺はイヤだからな、ユラリス師団長とロイズ・ロビンの魔法大戦争なんて見たくない。多くの民の血が流れる」
「あはは! なにそれ面白いなぁ、ザッカスは~」
ザッカスは、不安でいっぱいだった。ユラリス師団長は、娘を溺愛しているのだ。
ユラリス師団長の誕生日や父の日になると、『これ、娘がプレゼントしてくれたんだよ』と、品物を抱えて歩き回る姿が、多々目撃されているのだ。実際、ザッカスもその場面に出くわしたことがある。
そんな愛娘が、一人暮らしの男の家に連れ込まれ、それがまさかのロイズ・ロビン。魔法大戦争の予感しかしなかった。ザッカスは、人知れず星に願いをかけた。何事もありませんように、と。
「あ! そうだ。大切なことを忘れてた」
ザッカスの願う気持ちなど知る由もなく、ロイズはギブソンを飲み干して「ギムレットを」と頼みつつ、大切なことを思い出す。
「あのさ、そのユア・ユラリスなんだけど」
「うん?」
「ザッカスのこと好きなんだって!」
「ぶはっ! は!?」
「だからさ、紹介するからデートしてやってくんない? おねがいっ!」
ザッカスは、理解しかねた。先程の話から、ユアがロイズに恋心を抱いていることは明白。ザッカスの読みは正しいし、彼も自分の読みに自信を持っていた。
「いや~? ちょっとわかんねぇな」
ザッカスは、こう思っていた。『何やら拗れている匂いがする』と。正解だ。
しかし、恋愛ぽんこつ馬鹿は、ユアを全力でオススメする。無意味なプレゼンタイムだ。
「素直な可愛らしい子だよ。焦げ茶色の柔らかい髪に、青紫色の瞳」
「いや、待て待て。根本的におかしいぞ」
「あとザッカスとの魔力相性は、かなり良い~」
「そういうことではなくて」
「それに師団長?の娘さんなら、将来の息子ってことで出世間違いナシじゃん! よくわかんないけど、そういうもんじゃないの?」
ザッカスは、ハッとした。
「……たしかに」
揺らいだ。常識人だと思っていた男が揺らいだことで、一気に情勢が傾く。
「顔は?」
身を乗り出して、質問をし始めるザッカス。
「目を引く美人ってわけじゃないけど、俺は可愛らしいと思うよ~」
ザッカスは、ユラリス師団長の顔を思い出した。もし父親似であれば、柔らかい感じの顔付きであろう。イケる気がした。本気で品定めしすぎである。
「イケる気がする。話からすると身持ちも固そうだ。出席番号1番だっけか?」
「うん。入試の筆記は、ぶっちぎり歴代トップらしいよ」
「歴代トップ!? スペック高過ぎるだろ」
「俺が助手をお願いするくらいだからね」
「ロイズ、肝心の情報が抜けている」
「なんだっけ?」
ザッカスは、目をカッと見開いて言った。ものすっごいキメ顔だった。
「胸の大きさだ」
クズい。だが、それが良い。ザッカスは残念な男であった。それを思い出したロイズは、げんなりとした顔をして頭を抱える。
ザッカスに長年片思いをしているマナマの恋が一切成就しない理由は、これだったりする。マナマに幸あれ。いや、幸はなくても胸さえあれば……。
「そうだったー! ザッカスは、それが重要なんだったー、忘れてたぁ。えーー、ユラリスの胸なんて覚えてない」
「服の上から見てわかるだろ」
「分かんないし、そもそも見てない。どれくらい大きかったらストライクゾーンなの?」
「90オーバー」
「わかった。今度、聞いてみ……バカ、聞けるわけないじゃん。定量的に言われてもわかんないよ。もっと定性的に教えて」
「胸の大きさに対して、定性的という言葉を使う男がいるとは……。うーん、ピッタリとくっついたときに、柔らかさを堪能できるくらいかな」
ロイズは想像した。ピッタリと、ピッタリと。
―― やわらかさ……
瞬間、ロイズは沸騰した。顔は真っ赤だと、鏡を見なくても分かるくらいに熱を持った。
思い出したのだ。ロイズのお膝の上に向かい合わせに座る形で、ピッタリとくっ付いて、ユアが転移してきたときのことを。
「すすすすみません! ウイスキーダブルロックで!!」
やたら大きな声で注文をする、酒豪のロイズであった。
ロイズが飲んでいるお酒は、全部辛口です。