12話 スカートを直したくて、スカートをめくる
―― わぁ、不思議な感覚……
ユアの血液を見て、ロイズは何とも言えない感覚を感じていた。かなり高揚しているのか、ふわふわするような心地良さがあった。懐かしいような気もしたし、何故だか悲しいような、やるせないような感じもした。
―― この他にはない感覚。魔力相性の解は、やっぱり血液にある! くぅ、みなぎるー!
「さて、じゃあ次は俺も採血して、二人の血液で実験だな~」
「はぁい……」
いつになく弱々しい返事だった。それに気付いたロイズが彼女をふと見ると、やたらめったらぼんや~りとしていた。
「あ、眠い? そうだよね、採血後って眠くなるよね。調子に乗って結構たくさん採っちゃったし、今日は帰っていいよ~」
「でも、実験見たい、です……」
必死に瞼を開けようとしているユアを見て、ロイズはちょっと笑った。ユアの気持ちがよく分かるからだ。
チラリと時計を見ると、まだ十八時前。五学年の寮の門限は、二十二時だからまだまだ時間はある。
「そしたら仮眠室使っていいよ~。一時間くらい寝てきなよ」
「かみんしつ……はぁい」
ユアは、ぼんやーりと立って、目をこすりこすり、フラフラしながら応接室の方向へ進んだ。ロイズが慌てて「逆だよー!」と言うと、「はぁい」と言いながら方向転換をして仮眠室に入っていった。
ロイズは「ぶふっ!」と、うっかり吹き出してしまった。
―― 普段しっかりしてるのに、眠くなるとあんなぼんやりした感じになるんだぁ
と、笑ってみたものの、人のことは言えないロイズ。『笑っちゃ失礼だ』と思い直し、採血は後回しにして他の実験をやり始めた。
そして、しばらく実験に没頭した後に、ロイズはチラリと外を見て「あ!」と大きな声を出した。
「真っ暗じゃん! ユラリスのこと忘れてた。今、何時……げ、学食閉まる!」
慌ててユアを起こそうと仮眠室のドアノブに手をかけたところで、『そりゃ、まずいだろ』と思い直した。恋愛ぽんこつ野郎であっても、それくらいは判断できる。
そして、コンコンコンとノックをしたが、返事はない。
「約二時間……熟睡だよなぁ、目覚まし仕掛けておくんだった」
ひとまず食事確保のために、ロイズは学食に転移して、二人分のA定食を持って帰ってきた。
今日のA定食は、コッペパンにコロッケやらレタスやらをたくさん詰めて、それをパスタでレースアップにして結んであるサンドイッチ的なものがメインだった。『レースアップパスタのコッペパン』、ロイズの好きなメニューである。何と大人気の『ひもの葉の冷製スープ』も付いているではないか。
ロイズはルンルン気分でA定食を浮遊させ、とりあえずそこらへんに置いておいた。「さて、起こすか」と言いながら、またコンコンコンと仮眠室の扉を強めにノックしたが、やっぱり返事はなかった。
ロイズは少し迷ったが、仕方がないと割り切って、「失礼しまーす」とか誰に向けて言っているのやら、小声で呟きながら少しだけ扉を開けた。
部屋は真っ暗だった。「ユラリース?」と、そんなに大きくはない声で呼んでみたが、小さく寝息が聞こえるだけだった。
直接起こすしかないかと思い、扉を大きく開けて「仮眠室、点灯」と言って魔法灯を付けた。戸惑いつつも、足取りは確かにスタスタと部屋の奥に置いてあるベッドに近付いた。別に悪いことをしているわけではないから、スタスタ歩いた。
しかし、ベッドの方に視線を向けた瞬間に、ピタリと足が止まった。
―― スカートが! 太ももがぁあ!!
魔法学園の制服のスカート丈は、動きやすさ重視で膝が見えるくらいの長さであった。魔法練習の際には各々レギンス的なものを履いたり、絶対にスカートがめくれない魔法をかけたりしている。
幸か不幸か、禍福なのか、そのスカートがかなりめくれ上がっていた。ロイズは、バッと目を逸らして焦った。
―― これは、どうすれば正解なんだ?
このまま彼女を起こしたのであれば、十九歳の女子生徒の太ももを鑑賞した男性教師として一発アウトである。起こしたいのは、事件じゃない。色んな意味で、起こすに起こせない。
恋愛ポンコツ野郎はこんなとき何がベストなのか、全く皆目見当も一つも全然付かなかった。そして、導き出した答えが。
―― な、直すか?
間違っていると思われる回答を導き出してしまった。ぽんこつであった。
見てはいけないと思いつつ、現状確認のために、もう一度チラリと見る。うん、素晴らしい曲線のそれが視界に入ってきた。五秒くらい見てから、目を逸らして記憶を闇に葬る。
―― 落ち着こう。俺は魔法使いだ。相手は生徒。よし、直接触らず魔法で直す!
ロイズは、物体浮遊の魔法を脳内設定した。スープの汁を一滴たりとも零さない神業コントロールで、彼女のスカートを直してみせると集中をした。もっと他に適切な魔法はないものだろうか。ノージーニアス。
―― 魔法使いロイズ・ロビンの名に懸けて、このスカートを直してみせる!
名を懸けるのが下手すぎる。
ロイズは、「ユア・ユラリスのスカート、浮遊」と、精神が抉られるような言葉をスーパー小声で呟いた。抉られた。
―― まるっきりスカートめくりしてる男子じゃん……
二十三歳、男性教師は泣きたかった。しかし、やはりロイズは天才だった。ほんのわずか……その距離1mm程度だけ浮いたスカートは、スーッと音も無く、正しい位置に戻っていく。
―― やるぅ、さすが俺! このために練習に励んできたといっても過言じゃない!
過言である。ロイズは、スカートが正しい位置に戻ったことをしっかりと目で確認し、物体浮遊の魔法を解除しようとする。だがしかし、そこで問題が起きた。
「……んー」
ユアが寝返りを打ったのだ。瞬間、悪いことをしているわけでもないのに、ついうっかりロイズの肩が跳ね上がる。その拍子に、ふわっ……と。
「あ」
「ユラリス、起きて」
「……ん…? あれ、ねてた? あれ、ろいずせんせ?」
「こんばんはおはようロイズ先生です。もう二十時すぎだよ。A定食持ってきたから食べよう」
「ぎゃ! 二十時すぎ!? ごめんなさい! 寝過ぎました、ごめんなさい!」
「あ、ううん。全然へいき、本当に全然何も問題ないから気にしないで。そこのテーブルで食べよう。冷めちゃうから。今すぐに!」
「は、はい」
ユアは、慌ててベッドから降りて靴を履いた。立ち上がって、制服を正すように手で軽くササッと直した。
「あ、スカートが」
「え!? なに!? 問題あった!?」
「しわしわになっちゃったなぁと思って……どうかしましたか?」
「いや、全然へいき、何でもない。しわしわね、しわしわは嫌だよね。あとで、しわ取りの魔法陣教えるから、とりあえず今はA定食のことだけを考えよう。さあ、いただきますっ!!」
「は、はい、いただきます」
ロイズは、一心不乱にA定食だけを見つめて食べた。何かをしていないとダメだった。
「あ、今日のA定食、豪華ですね。この白い……」
「白!?」
「白い卵焼き、大好きなんです」
「あ、そうなんだ。美味しいよね、うん」
「それにレース……」
「レース!?」
「レースアップパスタのコッペパン、いつ見ても飾り付けが可愛いなぁって思います」
「飾り付けね、可愛いよね。うん、わかる」
「それに、ひも」
「横が紐!!?」
「ひもの葉の冷製スープ、これ五学年の女子に人気なんです。ダイエットに良いとかで」
「ダイエットね、いいよね。いっそのこと俺も痩せて消えてなくなりたい。あはは、ははは……」
意外にも、ソフトラッキースケベ体質のロイズ。彼は心に決めた。次からは、絶対に目覚ましをかけておこうと。