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北の果ての女王の恋物語  作者: 彩華
2章
9/12

9 アトラス国と姫君たち

わたし、六花は荷馬車の御者台に乗って揺られていた。質は良い庶民の服に身を包み、長い髪は一つにまとめ上げ、簪を挿している姿は一国の王女には見えないだろう。隣に座る中年に入った、47歳の遠野はため息をつく。


「六花様。中に入っていてください」

「ファルセスと奈々の邪魔したくないわよ」


素知らぬ顔で言って見る。


今回、母ー瑞加女王の命によりアトラス国へと向かっているのだ。生まれて初めて氷瑠国を出るため、引退間近でありながら、外交に慣れている遠野が抜擢された。そして、騎士としてファルセス、わたしの侍女としてこの旅に出る直前にファルセスと結婚した奈々を伴ってきたのだ。二人の新婚旅行も兼ねられている。


新婚ホヤホヤの二人を邪魔したくないので、度々こうやって外に出てくる。旅を始めて約三ヶ月。わたしは外の世界を満喫していた。


「体調はいかがです?」


この三ヶ月近くの間、わたしは幾度か体調を崩していた。力が安定しないため、母から魔力を制限されている。しかもあの極寒育ちのわたしにとって()は暑く、身体がなれないでいた。ゆっくりと休みたい所だが、荷物や人員、そして金銭的なことを含め、今後の予定もあり強行軍を強いられている。


「大丈夫。というか、こればかりは仕方ないわ」


強がりも言えず、困ったように笑った。

環境の違いからくなる体調不慮はどうにもできない。どうしても微熱が続き身体が重い。


「無理はなさらないでくださいよ」

「はいはい」


遠野は苦笑した。子供の頃からなにかとお世話しているためか、あまり強くいうことができないらしい。

しかも、今の地位はわたしが取り立てたものである。

自分でいうのもなんだが、人を見る目は素晴らしくあるので、女王さえも買ってくれている。


遠野はわたしの返事にあまり当てにできないと思ったねか、肩をすくめた。


視線を前にむけると、とあるものを見た。


「六花様、あれは・・・」

「ファル!出番よ」


そう言うなり、座席の隅に置いていた細身の剣を握りしめて馬車を飛びおり、走り出した。

前方を行く豪華な馬車が十人ほどの盗賊に襲われていたのだ。護衛たちが倒されているのが、見えた。


「ファルセス、出遅れてる!」


遠野の声に幌の中からファルセスがよろけながら飛び出してきたのが微かに見えた。

寝ていたのか、長い灰色の髪がボサボサのままだった。  






遠野が後ろを覗く。


「馬に乗るのは大丈夫なのに、乗り物酔いとは、盲点だったな」

「ごめんなさ〜い」


二十歳にもならない幼い奈々がすまなさそうに謝った。







「ごめん、遅くなった」

「それなら、その分働きなさい」


一人で倒している。豪華な馬車のわりに護衛の腕はいまいちである。馬車を守りつつ、護衛の者を手伝うには難しい。しかも、母から暴走防止の魔力制限をされているため満足に力を出すこともできないでいた。


「六花様、大丈夫?」


心配そうにファルセスが声をかけてくる。今まで乗り物酔いをして使い物にならなかったくせに何を言うのか。


「大丈夫よ。それよりしっかり敵をみなさい!」


よそ見をしているファルセスを叱った。今の自分の力量を測りながら身体を動かす。


「何をしている!」


低い声が響く。振り返ると、青みがかった銀色の甲冑を着込んだ五人の一団がいた。


「ここはアトラス国の地。無礼な振る舞いは正騎士団のもと許すことはできん」


そう言って、盗賊に剣を振り上げたのだった。

盗賊は分が悪いのをみとり、逃げ出した。

彼らがいなくなるのを待って、一番後ろにいた男が前に進み出た。同じ青みがかった銀色の甲冑だが、一段と装飾がこらされている。

兜を脱ぐと精悍な整った顔が現れた。

少し長めの金の髪に、人を惹きつけるような群青色の瞳。

昔見た面影が重なる。


「ライ?」


小さくつぶやいてしまった。

その青年はこちらを一瞥するとすぐに馬車に向かった。


「ラシャール皇国のミシェル皇女でしょうか?」


青年が馬車に向かって聞くと、スッと窓が開き中から美しい顔が覗いた。百合の花を思わすような可憐な女性だ。金の柔らかな髪に青天ね瞳。誰もが彼女を天使と讃え、膝を折るだろう。そんな印象を与えた。


「そうです。あなたは?」

「アトラス国、第一王子、玖琉。父、玉兎王の命によりお迎えにあがりました」


彼は一礼した。


「そう、ありがとうございます。あなた方もご苦労でした」


ミシェル皇女はわたしたちにも礼を言った。それだけだった。


「な・・・っ」


ファルセスが何か言おうとする口を開きかけたが、服を引っ張り押しとどめる。

何も答えず一礼だけするとファルセスを引きずるようにして、自分の馬車に帰って行った。


「どうしてだよ!なんで何も言わないんだ!」


氷瑠国は名門中の名門。古い歴史を持っている。皇国とはいえ上から目線で言われる筋合いなどないのだ。しかも皇女自らが、お礼を言ったのだからいいだろうと言わんばかりの対応。ファルセスは腑に落ちなかったのか、地面を蹴った。




「ファル、すぐに熱くなるのはあなたの悪いところよ。もっと冷静になって周りを見なさい。そうすればもっと強くなれるのよ。そういうとこらがわたしに勝てない一因だって気づきなさいよ」


ぽかりと頭を小突いた。


「ほら、遠野と代わりなさい。あの馬車を追い抜かさないようにゆっくり走るのよ。もう少しで城内にないるんだから、酔ってる暇はないわよ」


何かいいたそうなファルセスを横目で見ながら幌に入った。遠野が後ろを付いて入ってくると静かに聞いてきた。


「どうでしたか?」

「ラシャール皇国のミシェル皇女だったわ」


一部始終を語る。

その手には長持ちから衣装を取り出してながら。横で奈々がいそいそ動き回っている。


「で、あなた様は嬉しそうですが?」

「ライ・・・。ライに会ったわ」

「ライ、殿ですか?」


手を止め遠くを見る。


「二十年。長いわね。覚えていなかったわ」

「六花、様」

「大丈夫。想定内のことだもの。覚悟してたわよ」


平静を装いながらもうまく微笑むことは出来なかった。


遠野との間にカーテンを張ると服を着替える。

城内に入るからには庶民の服では示しがつかない。それなりの姫らしい姿をしなければならない。


「髪はどうしますか?」

「適当でいいわよ」


えーっ、と奈々の可愛い顔が歪む。可愛いものはより可愛く、美しいものはより美しくを信条にしている彼女には物足りないらしい。


「またお願いするから。このために奈々に来てもらったのよ」

「あら、旦那様はついでですか?」

「腕前を見込んでよ。だけど、乗り物酔いは誤算だったわ」


奈々もその点では同様らしく、笑った。

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