3、
ライは廊下にでた。
遠くから父親の声が聞こえてきたがお構いなしで走り出した。
「すごいや」
ライはこの真っ白な世界で大人しくすることなど出来なかった。初めて見る世界を探検しなくてどうする。
広い中庭に出て、雪に触れた。フワフワで冷たい白い塊に驚く。
歩けば、足跡がつく。それが楽しくてうろうろ歩き出した。
楽しくて楽しくて、気がつけばそこはどこなのか分からなくなっていた。足跡を辿ろうにも後から後から降る雪で消されている。
しんしんと降る雪は辺りを埋め尽くし、特徴のある物を覆い隠し、探し当てることさえも困難であった。
周りを見渡してもわからない。
「どこ?」
怖くなった。中庭だと言うのに、真っ白な世界がとてつもなく広く感じた。
しかも、寒い。薄着で出てきたことに後悔した。
どうしていいのかわからず、泣きそうになった時、どこからか音がした。
鈴のような微かな音。
それは小さな物だったが、雪のせいなのか、静かな世界にそれはライの耳に飛び込んできたのだ。
恐る恐る音の方に近づいて見ると、茂みだろう雪の塊の中に一人の少女がうずくまっているのがみえた。
年頃は10歳くらいであろうか。自分より少しだけ大きく見えた。白いフードをスッポリ着込んでいるため、雪に溶け込んで分かりづらい。
「どうしたの?」
ライはゆっくり近づいた。
少女はびくりと肩を震わせ、静かにライを見上げた。
今まで泣いていたのか、潤んだ黒い瞳がライに向けられる。
その目を見て、ライの心臓は止まりそうだった。
吸い込まれそうなほどの澄んだ夜空の色をしていたからだ。
「あ、なたは・・・?」
「ぼ、僕はアトラス国、玉兎王の子、ライ、です。きみは?」
「ユキ・・・。アトラス・・・国。お客様ね」
少女は慌てるようにして目元を拭うと立ち上がった。ライより頭一つ半ほど高い。
少し見上げる形になぜか、ライは面白くない感情を抱いた。
「寒くない?」
ユキは首を傾げてみせた。動くたびに鈴の音がする。
一つ一つの動作にドキドキした。
だか、その言葉にくしゃみがでた。
ブルリと身体が震える。部屋着で出てきたことを思い出し再び寒さを実感してくしゃみがでた。
「ふふっ、これをどうぞ」
笑いながら自分のコートを脱いでライにかけた。軽くて暖かい。
「ユキが寒くなるよ」
「大丈夫。わたしは慣れてるもの」
コートから現れたのは長い黒髪は闇のようで、半袖の服から覗く白い肌は雪住まいを感じさせた。
一つ一つの動きが綺麗で、大人びた表情から目が離せない。ハーフアップにした髪に飾りがついていて、動きに合わせて鳴る鈴の音が音のない白い世界に響く。
「迷子になったのでしょう、こっちよ」
白い手がライの手を引っ張った。
ユキの冷たい手がここにいた時間の長さを思わせた。
「ユキは、なんであんなところにいたの?どこか痛かったの?」
純粋な問いにユキは立ち止まり、ライの顔をみた。そして、恥ずかしそうにうつむき、頭を振った。
「ううん、違うの。自分の弱さが嫌だったの」
「弱さ?」
「うん、逃げたくて隠れてたの・・・。内緒だよ」
「わかった」
ユキの小さな懇願に頷く。
そして、二人は歩きだした。
客間の前までくると、ユキは手を離した。
温かいくなって手が寒さを感じる。
「着いたよ」
「また、会える?」
ユキは小さく頷いた。手を振り去っていく。
「ライ?帰ってきたの?」
物音に気づいた凛夏と玉兎王が部屋から出てきた。
凛夏は「どこに行ってたの?」と、ライに拳骨を落とす。
暴力的な姉を睨む。
身体が弱い母親に変わって面倒を見てくれるのだか、手が出るのが早い。あの少女のように優しくされることはなかった。
「なによ?」
「べつに?」
もう一発拳が飛んできたのだった。