10.
玖琉と名乗った青年は後ろをつかず離れず付いてくる荷馬車に時たま目をやった。
「玖琉殿下、あの荷馬車どうしますか?」
「放っておけ」
今は、ラシャール皇国の姫君を送り届けるのが先決だった。
ここ最近の盗賊騒ぎの多発に悩ましていた。まさかと思い、自らが警備にあたれば、案の定出くわしたのだ。
「強い方々でしたね」
腹心の景次が呟く。
あの時の灰色の青年。かなり腕が立つのがみてとれた。玖琉が率いるこの騎士の中でもあそこまで強いのはどればかりいれだろうか。
そして、あの少女もそれなりに強い。
ーライ
玖琉の幼名。『玖琉』と名前から変わってから使うことの無かった名前。
ーなぜ、あの少女がー
どこかで会ったことがあったのか?見たことがある気もしたが、思い出せないでいた。ただ、
ーまた、出会えたならー
あまり、女性に興味を持たないのに、この時はそう思った。
「殿下?」
「いや、なんでもない。気を引き締めて行くぞ」
景次の声に頭を振ると、前を見据えた。
*****
わたしたちの荷馬車は門前ので止められた。
いつものことですから、と手慣れた様子で遠野が手続きを踏んだ。誰もが氷瑠国の使者一団にビックリする上、わたしの存在にざわめきが聞こえてきた。
『深層の姫君だぞ』
深層の姫君?どんな噂が広まっているのか?
「遠野。いつも使節団はこんな感じなの?」
「はい。交渉役は私と辰巳、倫葉の三人が主に行っているのはご存知ですよね」
頷く。
「護衛騎士との二人一組で、国外を回っています。各自持ち回りもあるので、別行動が基本です。今回は引き継ぎで雅之も連れて来たかったのですが、別用ですから、倫葉に任せました。
大概は初めは門前払いを受けますから、体験させたかったですが、仕方ありませんね。まあ、ここまでの大所帯なのは久しぶりなので腕がなります」
「大所帯?」
たった四人しかいないのに、大所帯と呼ぶのはどうなのか、わたしは悩んだ。
外があまりに騒がしいので外に出ようとして、遠野に止められた。
「六花様。ご自分の安売りはしないでください。深層の姫君なんですから、着くまでは大人しく座っていらしてください」
つまらない。
「はあい」
仕方なく床に座れば、
「六花様、服にシワがよりますぅ」
と奈々から小言がはいる。
少しは楽にしてもいいでしょうと言っても、無視されたのだった。
その後も幾度かとめられたものの、一つずつ手続きも終わり無事に城に着いた。
先に入っただろう、ラシャール皇国の姫は既にいなかった。
「よく来ましたね」
代わりに氷瑠国から、アトラス国に移り住んだマツリが出迎えてくれた。
「マツリ様」
わたしは幌から飛び降りるように外に出ると、マツリに抱きついた。
「これは、大きくなられましたね」
マツリは身体を離し、わたしをじっくり見た。
二十年前とは打って変わって十六歳ほどに成長した姿。『ユキ』て言う幼名を改め『六花』と言う名前になった。夜空のような黒い髪は奈々の手によって一つにまとめてあげられ、ますます大人のように見えるはずだ。
「ユキ、とはもう呼べませんね。六花。よくいらっしゃいました。よく瑞加が許しましたね」
彼だけが瑞加女王やわたしの事を尊称もなく呼んでくれる人。大事な存在だ。
「ええ。あの子も来るんでしょ。何か企みがあるように感じてならないの。マツリ様は何か知ってらっしゃるの?この不安が杞憂であって欲しいの・・・」
不安な顔を見せてしまい、マツリ様はそっと頭に手を置いてくれた。
「・・・はい、知っていますが、答えることはできません。悩んでも仕方ないでしょう。今、部屋に案内させますから、身体を休めなさい。無理をしているでしょう」
マツリ様の声に素直に頷いた。彼の前で嘘はつけない。ついてはならないのだ。自分はマツリ様の・・・マツリ様の一族をお守りする者なのだから。従うことが当然なのだから。
わたしたちは、東側にある客間に通された。
「玉兎はあちらの南本館をと言っていたのですが、海側の涼しいこちらの方が六花の身体にいいかと思いましてね。人もあまり来ませんから静かですよ」
部屋を見て感嘆をついた。
旧式の建物なのか、南側に見える厳つい外装と違い、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。細やかな模様が施された柱に風通しのよい透かし彫りがされた大きな窓。暑い国ならではの細工かま至る所にされていた。
「マツリ様ありがとうございます」
「しばらくおやすみなさい。玉兎への挨拶は夜の舞踏会の時にされればいいでしょう。わたしがそう計います」
素直に頷く。
マツリ様がいなくなると左奥にある寝室に入り服を脱ぎ下着一枚になって寝台に横になった。
しばらくするとそのまま寝入ってしまった。