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第98話 エレ・クトロ・ニクス

 切符売り場から猛ダッシュで逃げてきた僕たちは、再び柱の影に隠れると、あがった息を整えながら顔を見合わせた。


「また、やっちまったな」


 アルスはボヤくように言った。結局、あの3人組のせいで僕たちは、未だに切符を買えないでいた。


 さすがに今、切符売り場に戻るわけにはいかない。きっと、あの3人組が僕らが戻ってくるのを待ち構えているにちがいないからだ。


 さてと、どうしたものか。僕もアルスも腕を組み考えてはみたものの、いい案が浮かぶ事はなく、時間だけが流れていった。


 悩み始めてからそろそろ5分が経とうとした時だった。クイックイッと誰かが僕の背中の辺りの服を引っ張った。


「ヒッ! な、何?」


 恐る恐る振り返ってみると、そこにはライト付きの革製ヘルメットを被ったつなぎ姿のメガネっ娘が立っていた。


 あ、この娘さっきの。気づけば僕は右手でその娘の左手をしっかりと握っており、彼女もまた僕の手を痛いくらい力を込めギュッと握りしめていた。


 慌てて切符売り場から走り去った僕は、どうやら無意識に近い状態で彼女の手を取り、ここまで引っ張って来てしまったようだ。


 ヘルメットからはみ出した髪は綺麗な銀色で、背丈は僕の胸の辺りくらい。腰に巻かれた太めのベルトには、ドライバーらしきものや小型のハンマー、ペンチのようなものまで様々な工具と思われるものがぶら下がっている。


 視線を彼女の顔に戻すと、彼女はクイッとヘルメットを上げ、金属製の丸い銀縁メガネ越しに僕の顔を覗き込んできた。


(……顔、近いな)


 あまりに顔を近づけてくるものだから僕は思わずたじろいでしまった。


 しかし、メガネのレンズを見た僕はこの距離感をすぐに理解する事ができた。そのレンズは分厚く、レンズ越しの彼女の目はぼやけて見えていた。


「あ、あの、た、助けてくれて、ありがとです」


 彼女はペコリと頭を下げた。


「いえいえ。僕らも逃げるのに必死になってしまっていたから、少し乱暴に手を引っ張ってしまったと思います。すみません」

「そ、そんな。謝らないで下さいです。手はぜんぜん痛くないです。むしろちょっと、強引に引かれて…う、嬉しかった……です」


 語尾に近づくにつれ、声が小さくなっていったため、最後の方はよく聞き取れなかったが、何か照れているということは感じ取ることができた。


「僕は葵。海堂 葵といいます」

「俺はアルス・ラーグ・エルトナイン。気軽にアルスっとでも呼んでくれ! ちなみにこいつはアオイでいいからな。な? いいよな? アオイ」


 僕は笑顔でうなづいた。

 相変わらず調子の良いアルスだが、サラッとそう言ってくれたのは助かった。僕だったら『アオイって呼んでくれ!』なんて、小っ恥ずかしくて言えないからね。


「で、では、ア、アルス。ア、アオイ。助けてくれて、本当にありがとです。私はエレ・クトロ・ニクス、です。えっと、その、エレって呼んでくれ!」


 アルスの真似をしたエレの頬と耳が真っ赤に染まる。

 その姿を見た僕は、ちょっと不思議な雰囲気の娘だけど、きっと素直なんだなと思った。


「おう! エレ。よろしくな!」

「よろしくね。エレ」

「はいです! よろしくです!」


 屈託の無い笑顔を見せるエレに、やっぱり素直な娘なんだと、あらためて僕は思った。


 それはそうと、エレはいつまで僕の手を握っているつもりなのだろうか。


「あの、エレ」

「何です?」

「手」

「手? あっ! ごめんなさいです。忘れてたです」


 エレは恥ずかしそうに頭を軽く下げると、僕から手を離した。


「私、夢中になると、周りが見えなくなってしまうです」

「そうか。だからさっきは本に夢中になっていてアイツらにぶつかってしまったんだね」


 エレはコクリとうなづいた。


「さぁてと、どうすっかな。切符」

「だね。他に切符売り場ってないのかな。エレ知ってたりする?」

「切符売り場はあそこだけです」


 アルスと僕はガクリと肩を落としため息をついた。


「2人は切符がほしいですか?」


 僕たちは力なくゆっくりとうなづいた。


「という事は、メルタブルに乗りたい、ですか?」

「うん。僕たちはワムドワルドに行きたいんだ。だからメルタブルに乗りたい」


 エレは、うんうんと2回、首を縦に振るとニッコリと微笑み、ベルトのポケットから何かを取り出したかと思うと、それが僕たちに見えないようすぐに後ろに隠した。


「なら、私が乗せたげるです」

「え? エレ、それはどういうこと?」

「私、プラッチナムパスを持ってるです。これあればメルタブルはもちろん、乗り物乗り放題、買い物し放題、食事も食べ放題、ワムドワルド領内なら何にでも使えるです!」


 そう言うとエレは、後ろに隠していた『何か』を僕たちの目の前にかざした。それは銀色の1枚のクレジットカードの様な物だった。


「これは? 何かのカード?」

「もう。アオイ、今言ったばかりなのに聞いてなかったですか?」

「あ、いや、聞いてはいたんだけど、ごめん。よくわからなかっんだ。その、何とかパスって初めて聞いたからさ」


 ほうほうという表情を見せたエレは、またニッコリと微笑むと、もう一度、プラッチナムパスの説明をしてくれた。


「という物なのです!」

「凄いパスだね! それ! でも、なんでそんな凄いものをエレが持ってるの?」

「そうだな」

「アオイ、アルス、それはちょっと失礼なのです」


 少し頬を膨らませ、むくれるエレ。

 言われてみれば確かに失礼だ。僕もアルスも見た目でエレを判断してしまっていた。


「ごめんなさい。エレ。失礼な事言ってしまって」

「悪かった。俺も謝るよ」

「フヒヒ。2人ともいいです。私、こんな容姿だからよくそう思われるです」


 エレはすぐに機嫌を戻し、なぜ自分がプラッチナムパスを持っているのか、説明を始めた。

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