第90話 道具店のトッド
「テキラさん。こんなに豪華なおもてなし、ありがとうございました。ご馳走様でした」
僕のお礼の言葉に合わせ全員がお辞儀をするとテキラは申し訳なさそうな顔で言う。
「いえいえ。本来ならばもっと盛大に祝すべきところ。時間がなかったとはいえ申し訳ないことにございます」
「そ、そんな事ないですよ! テキラさん、頭を上げて下さい! ね、みんな」
僕が振り向き言うと全員がうなづいた。
「さようでございますか? それならば良かった」
「それではテキラさん。僕たちは行きますね」
「アオイ様、馬車の件ですが是非とも我々が用意した馬車にお乗り下さい」
「え⁉︎ 良いんですか?」
「もちろんにございます」
「テキラさん。何から何まですみません」
「いえいえ。皆様の旅のご無事をお祈り申し上げます」
僕たちはテキラのご好意に甘え用意してくれた馬車に乗るとルッカへ向けて出発した。
雷の大地を抜けた辺りから徐々にすれ違う馬車が増えてきた。それは僕たちがパムラムで食事をしていた間に通行禁止となっていたルッカ・パムラム間の正式な通行許可がおりたからだと御者が教えてくれた。
ルッカに到着すると僕たちはまっすぐにファルマンの店を訪れた。
「おぉぉぉぉぉ! クラニ〜! クラニではないか〜!」
「ただいま戻りました。ファルマン様」
「ケガはないか? 病気はしていないか?」
「はい。大丈夫です」
相変わらずクラニを見ると孫を見るおじいちゃんのようにデレデレに顔が緩むファルマン。僕たちはしばらくの間その感動の再会を温かく見守った。
「コホン。失礼いたしました。ん? おや? アルス様のお姿が見えませんがご一緒ではないのですか?」
「その件なんですが……」
僕はバジリスクとの一件をファルマンに話した。
「なんと! アルス様が石像に!」
「ですからファルマン様」
「うむ。クラニよ。言いたいことはわかっておる。わかっておるのだが……」
ファルマンはクラニが何を言おうとしていたのかを察し腕を組みうなだれるように考え込んでしまった。
「ファルマン様、お言葉ではございますが今回ばかりは悩んでいる場合ではございません」
「うーむ。クラニよ。お前の言う通りなのはよくわかっておる。だが、なぁ……うぅむ……はぁ、致し方がない」
しばらくの間ため息をつきながら上を向いたり下を向いたり落ち着かない様子で部屋中をウロウロと歩きまわっていたファルマンは何かを覚悟した様子でピタリとその足を止めた。
「ではトッド様の所へ行って頂けるのですね」
ファルマンは実に面白くなさそうに口を尖らせながら小さくうなづいた。
フォルマンがこれほどまでに嫌悪感を露わにするトッドという人物、それはフォルマン武器防具店が店を構えるここ西市に同じく店を構える道具屋、トッド道具店のオーナーだという。トッド道具店はフォルマンの店に引けを取らない店だといい互いは常にライバル関係にあるのだとクラニが教えてくれた。
「お2人はいわゆる犬猿の仲というものですね。顔を合わせればすぐに喧嘩になってしまいますから」
「え? それなのに行くの?」
犬猿の仲だというのになぜわざわざ虎の穴に入るようなマネをしようとしているのか。その答えは実にシンプルなものだった。
「アルス様の石化を解く薬はトッド道具店にあるのです」
「あーだからか。でも何でフォルマンさんが行かないといけないの?」
その答えはこうだ。
トッドの店は強気の一見さんお断り。つまりは僕たちではそもそも店に入ることすらできない。ではクラニはというとそこはライバル店の店員ということでやはり店に入ることができないという。だからここはフォルマンが直々に出向き交渉する他ないのだ。
「はぁ気が進まぬ……ええい! 考えても仕方がない! クラニ! アオイ様! 皆様! 敵陣へ乗り込みますぞ!」
敵陣へ乗り込むとはいささか大袈裟だと思ったがフォルマンからすればライバルの店に出向くということはまさにそういうことなのだろう。
かくして僕たちはフォルマンとともにトッド道具店の前までやってきた。
「凄い、たしかにこれはフォルマンさんのお店に引けをとりませんね」
赤いレンガ造りの大きな店にはこれまたひときわ大きなトッド道具店と書かれた看板が掲げられていた。
「ふん。実に悪趣味な店だ」
フォルマンはポツリとそう呟く深呼吸をしトッドの店のドアを開けた。
「いらっしゃ……フォルマン! お前ワシの店に何しに来た! とっとと出て行け! お前の顔を見るだけでどれだけ不快な思いをするか!」
店に入るなり凄い剣幕でフォルマンを捲し立てるぽっこり腹が出た坊主頭の中年男性がひとり。そう彼こそがこの道具店のオーナー、トッドその人だった。
「何だと⁉︎ それはこっちのセリフだ!」
犬猿の仲というのはやはり本当の話しだったようで顔を合わせるなり2人は即喧嘩モードに突入した。
とそこへ仲介に入ったのはクラニ、ではなくムイだった。
「大の大人が何しとんねん! 子供の前で怒鳴り合って恥ずかしゅうないんか!」
ムイに怒られたフォルマンとトッドはふと我にかえり互いにペコリと頭を下げた。
「これは私とした事が。お見苦しい姿をお見せしました」
「ワシの方こそすまんかった。でフォルマンよ、お前がわざわざ直接ここへ来るということはよほど何かわけがあるのだろ?」
フォルマンはトッドにアルスの一件を話した。
「なんと! アルス様が石像にされてしまわれたとは! なんでそれをすぐに言わないんだ!」
いやいや顔を見るなり喧嘩を始めたのだからそんな事をいう間はなかったでしょうに。
「すぐにこれを持って行きなさい! そして早急にアルス様を石の姿から解放してさしあげなさい! お代は100ルクで良いから」
「トッド! 緊急事態だというのにお前というヤツは!」
「何だフォルマン。嫌ならいいんだぞ? ワシは慈善事業をしているんじゃない。いくらアルス様の緊急事態とはいえそれはそれ、商売は商売だ。金が払えんならモノは渡さん。商売の基本だ」
「おっちゃん、がめついな」
「コラコラ子供がそんなこと言うもんじゃないぞ? おじさんだって怒る時は怒るぞ?」
ムイはトッドの脅しに怖がることはなかったがこれ以上関わるのは面倒だと思ったらしくスッと店の外に出ていってしまった。
「ぐぬぬ。仕方がない。アルス様のためだ。受け取れ」
そう言うとフォルマンは100ルクをトッドに手渡した。するとトッドがそのうちの半分、50ルクをフォルマンに突き返し言う。
「釣りだ。今回はアルス様に免じてワシが半分持ってやる。ありがたく思え」
「クッ。何がアルス様に免じてだ。つい先程までそれはそれ、商売は商売だとぬかしておったクセに。恩着せがましヤツだ」
「嫌ならいいんだぞ?」
「またそれか。まぁよい。今回は私もアルス様に免じてこの場は丸く収めてやるとしよう。とにかくこれでアルス様を早急にお救いせねば。では行くぞ。邪魔したなトッド」
「ふん。せいぜい頑張るんだな」
憎らしい言い方をしてはいたがトッドの顔はどことなく嬉しそうだった。




