第89話 パムラムリゾートフルコース
優雅な演奏が流れる中、一品目の料理がテーブルに運ばれて来た。
「チズーの生ハーム巻きでございます」
各々の前に置かれた少々大きめの丸い皿には角切りのチズーに生ハームと呼ばれる生ハムのような薄切り肉が巻かれた料理が2本、クロスする形で盛り付けられ、クレソンのような葉物がその脇にアクセントとして添えられている。
「うわー美味しいそう。でもちょっとお皿大きすぎじゃない?」
ルヴィスが不思議そうな顔で言うとクラニがすかさずその理由を説明する。
「ルヴィスさん。これはパムラムの高級リゾート料理の特徴なんです。大きなお皿に盛り付けることで料理の存在を際立たせより豪華に、より美しく魅せる手法なんだそうですよ」
「へぇ〜そうなんだ。言われて見ればたしかにそう見えるわね。でも私はお皿いっぱいにのってる方がいいな。ね、アオイ」
「え? あ、うん。でもこれはこれでフランス料理みたいで良いと思うよ」
「ふらんす料理?」
「あーえっとフランス料理っていうのは僕の国で親しまれている料理の1つでこれと同じように大きなお皿に料理がお洒落に盛り付けられているものだよ」
「そうなんだ。ならそのうち食べられるのかな。そのふらんす料理ってやつ」
「え? あ、うん。そうだね。きっとそのうち食べられると思うよ」
「うん。楽しみにしてる! それじゃもう我慢できないから頂きましょう! いっただきまーす。 ん〜♪」
ルヴィスはチズーの生ハーム巻きをひと口かじると目を閉じ右手を頬に当てた。
「本当にルヴィスは美味しそうに食べるね」
「美味しそうじゃなくて本当に美味しいのよ。ほらアオイも早く食べてみて」
ルヴィスに言われるがままに料理を口に運ぶとまろやかなチズーの風味と生ハームの塩味が口いっぱいに広がった。
(……)
その美味しさを表現するのにもはや言葉はいらなかった。それにしても一品目からこのクオリティとは。残り何品の料理が出てくるのかわからないがもう期待しかなかった。
チズーの生ハーム巻きをペロっとたいらげるとすぐに2品目が運ばれてきた。
「オニオルとポテイトゥの冷製ポタージでございます」
ふむふむ。スープなのでその原型をとどめているわけではないが言葉のニュアンスからしてオニオルは玉ねぎ、ポテイトゥはじゃがいもに似た野菜だと僕は予想した。
つまりこのスープは僕のいた世界の料理に例えるなら玉ねぎとじゃがいもの冷製ポタージュといったところだろう。
そんなポタージュをスプーンですくいひとくち口に含むとその味はまさに玉ねぎとじゃがいもの冷製ポタージュ。しかしそうは言ってもそれは僕の知るポタージュとは比べモノにならない美味しさだった。
2品目もあっという間に食べ終えた僕たちの前に3品目の料理が運ばれてくる。するとその匂いに誘われたのかソファーで爆睡していたムイが目を覚ました。
「……ここどこや? ん? なんやええ香りがするな。お? おぉ‼︎ なんちゅー豪華料理や! めちゃくちゃ美味しそうやんか。ええなぁウチも食べたいなぁ」
指をくわえたムイは今にもよだれを垂らしそうな顔で羨ましそうにテーブルの上の料理を見渡し言った。
「お目覚めですね。お嬢様」
「お、お嬢様⁉︎ ウチがか?」
「ええ。お嬢様でございますよ」
「なんや恥ずかしいけどちょっと嬉しな。ウチがお嬢様やって。ウフフ」
「ではお嬢様、お席へご案内致します」
ムイはテキラにエスコートされ席に着くと僕たちとともにテーブルを囲み食事をはじめた。
「3品目の品はソールフィッシュのムニエルにございます」
ソールフィッシュのムニエルと呼ばれたその料理は以前グルメ番組で観た高級魚料理によく似ていた。そう、それは舌ビラメのムニエルだ。
実を言うと僕は舌ビラメのムニエルを食べたことがない。
だから味に関しては想像すら出来ないがこの鼻をくすぐる香りからしてきっと美味しいはずだ。僕はそんな思いを馳せソールフィッシュのムニエルを口運んだ。
「う……うんまい!」
これが舌ビラメのムニエルか! いやソールフィッシュのムニエルでしたね。
結局のところ舌ビラメのムニエルの味はわからずじまいだがこのソールフィッシュのムニエルの味は格別だった。
「オルンジのシャーベットにございます」
ソールフィッシュのムニエルを食べ終えた僕たちの前に置かれた4品目。それはオルンジのシャーベットだった。
「あれ? もうデザート?」
「アオイさん。これはお口直しですよ。魚料理とこの後に出てくる肉料理の間に食べて一旦お口の中をさっぱりさせるものです」
クラニは僕が恥をかかないよう気を使い小声でそう教えてくれた。
「クラニさん教えてくれてありがとう」
「いいえ。どういたしまして。あ、ほらアオイさん、メイン料理が運ばれてきましたよ」
「本日のメインディッシュ。野生種のカウラ肉ステーキ、ヤコウタケソース添えにございます」
5品目はメインディッシュの肉料理だった。
牛のような獣であるカウラは野生でその姿を見ることは滅多になく稀に獲れるその肉はとても希少で高価なものだという。
惜しむことなく厚切りにされた肉にこれまた高級食材であるヤコウタケをふんだんに用いたソースを添えるという贅の極みといっても過言ではない逸品に僕たちは目を輝かせた。
しかしそんな最中ジェナだけは普通の顔、むしろ少々つまらなそうな顔をしていた。
「ジェナさん、どうかしましたか?」
「あ、いえ。カウラにしてもヤコウタケにしても里では見慣れた食材だったものですから」
そう言えば前にイルメンティーノで食事をしたときにもジェナが出てきたヤコウタケを見て同じような事を言っていたことを思い出した。
「あ、でもだかといってカウラ肉やヤコウタケが嫌いというわけではありませんよ。むしろ好物です」
ジェナはそう言うと肉を小さく切り分け誰よりも早くそれを口に入れた。
「ん! んんん‼︎ おいひぃでふ!」
いつも上品な振る舞いを見せているジェナが珍しく口にものを入れたままで言った。それだけこの肉料理が美味しいという事だろう。僕はそんな期待にむね躍らせ肉を口いっぱいに頬張るとそのあまりの美味しさに思わず唸りを上げた。
それから肉料理を完食するまでに時間を要することはなかった。
「はぁ美味しかった〜」
「デザートのティルト・アープルにございます」
肉料理を食べ終えたのも束の間、デザートが僕たちの前に置かれた。
ティルト・アープルとはサックサクのパイ生地にカスタードのようなクリームを絞り、それを蓋するかのように薄切りにしたアプールを敷き詰めたお菓子だ。ちなみにアープルはりんごに良く似た果物。
「うっわ〜めっちゃうまそうなデザートやな。ウチこんなん食べるの初めてやで。……むはぁ。旨いな」
ティルト・アープルを食したムイの顔は幸せに満ち溢れていた。
「それじゃ僕も……ムッハァ」
それは昇天寸前の美味しさだった。ふと周りを見渡せば全員が穏やかな笑顔だった。
「ごちそうさまでした」
僕たちは全ての食事を終えテキラに礼を述べた。
「お口に合いましたでしょうか?」
「どれもこれも美味しくてもうほんと最高でした!」
「それは良かった。お気に召して頂けたようで安心いたしました」
それまでキリッとした表情を崩す事なくもてなしに専念してきたテキラの顔にようやく笑顔が戻った。




