第87話 それぞれの結末
クラーゲンジェリーフィッシュが消えた雷の大地は先程までの激しい落雷が嘘のように収まり雲間から木漏れ日がさす穏やかな情景を取り戻していた。
これまで犠牲になった人々には申し訳ない言い方になるが僕たちはクラゲを倒したという実感よりも滅多に見る事のできない美しい自然現象を目の当たりにしているようなそんな心境でまだ微かにクラゲの発した冷気の名残りが漂う大地を黙って見つめていた。
ドサッ!
僕は何かが足元に当たる感触と音で我に帰り足元に視線を落とすとそこには倒れ込むムイの姿があった。
「ムイちゃん! 大丈夫⁉︎」
「へへ。アオイ兄ちゃん。ごめんな。ヘタれてもうた」
最後の火薬樽を投げ終えた時点で元の姿に戻っていたムイはクラゲが消えていく姿を僕にもたれかかるように立ち見ていたのだがついに体力の限界を迎え倒れてしまったのだ。
僕はムイをゆっくり起き上がらせると背中に乗せた。
「ほんまごめんな。アオイ兄ちゃん」
「気にしないで。ムイちゃんはめちゃくちゃ頑張ったんだからゆっくりと休んで」
「ありが、とう」
そう言うとムイは僕の背中に全身を預けると眠ってしまった。
「それじゃパムラムに戻ろっか」
僕はムイをおんぶしたままパムラムに向けて歩き出した。
「歩きだとパムラムまでどれくらいの時間がかかるのかな?」
「馬車なら半日かからないくらいですが歩きだと日は暮れてしまいますので今からですと夜になって早々というところでしょうか」
僕の問いに答えてくれたのはクラニだった。
「ハハ。夜ですか。よし! 頑張って歩くぞ!」
「アオイさん。そんなに心配することはないと思いますよ?」
「え? どうしてですか?」
「ここはルッカとパムラムを結ぶ街道ですからきっとどこかで馬車に出会うはずです。そうしたらお願いしてその馬車に乗せてもらえばいいと私は思うのですが」
「そうですね! そうしましょう! さすがはクラニさんだ」
僕たちは道中で馬車に出会えることを祈りながらパムラムを目指し一歩一歩その歩みを進めた。
それから30分ほど歩いたところで僕たちは一旦休憩することにした。僕はムイをおぶったまま道端の石に腰掛けた。
「はぁ。ちょっと休もうか。にしてもぜんぜん馬車通らないね」
「そうですね。いつもなら数台はすれ違うというのに珍しく今日は一台も通らないですね」
それもそのはず。クラーゲンジェリーフィッシュが雷の大地に打ち上げられたという話しは瞬く間に広がり街道の安全が確保されるまでは通行が禁止されてしまっていたからだ。
「さてと、それじゃ行こうか」
僕が石から腰をあげようとしたその時、パムラム方面から一台の馬車がこちらに向かってくるのが見えた。
「アオイ様! アレ! 馬車が来ましたわ!」
「でも向こうから来たってことはルッカに向かう馬車なんじゃないの?」
馬車を見つけたジェナが飛び跳ねてその馬車を指差し言ったがルヴィスの言葉に即飛ぶのを止めた。
しかしそんな僕たちの不安を払拭するかのようにその馬車は僕たちの目の前で止まった。
すると御者台から見覚えのある1人の男が降りてきた。
「よかった。皆様無事でいらっしゃいますね」
「あなたはウォッカさんのところの!」
「はい。ボーイのテキラでございます」
「でもなぜあなたがここに?」
「それは他でもありません。英雄の皆様をお迎えにあがった次第にございます」
「え、英雄? 僕たちが?」
「はい。アオイ様方はあのクラーゲンジェリーフィッシュを見事討伐された英雄にございます。さ、どうぞ馬車にお乗り下さい」
僕たちはテキラの言葉に甘え馬車に乗り込んだ。
――時間は僕たちがクラゲに追いついたあたりに戻る――
カジノの壁に映し出され映像と中央のお立ち台で演説するウォッカに客は歓声をあげていた。
「彼らがついにクラーゲンジェリーフィッシュに追いつきました! いよいよ運命の大一番! 歴史的快挙を見逃すな!」
ウォッカはその背後に立つテキラに小声で言う。
「こ、これで良いのだな?」
「ええ。あなたのそういうところは流石だと思っていますので。引き続き頼みますよ」
ウォッカは苦笑いを浮かべると再び映像に視線を戻し演説をはじめた。
「おおっとーー! クラーゲンジェリーフィッシュの体の色が変わったーー! これは何か不吉な予感‼︎ あれは何だーー? 氷? 氷の柱です! 氷の柱が彼らのボートに襲いかかります! あぁぁぁぁーーっとーー‼︎ 氷の柱でボートが空に弾きあげられてしまいましたーー‼︎ そしてクラーゲンジェリーフィッシュの触腕が追い討ちをかけるーー‼︎ これは万事休す‼︎ もはや打つ手無し‼︎」
ウォッカはニヤリと不敵な笑みを浮かべるとテキラに言う。
「形勢逆転だなテキラ。もはやこの状況で奴らに勝ち目はない。裏切り者のお前も覚悟しておいた方がいいぞ」
「それはどうかな」
「何? な⁉︎ なんだと⁉︎」
ウォッカが振り向くとフロアは大歓声に包まれていた。
映像には獣化したムイがクラゲの触腕を弾き飛ばす姿が映し出されていた。続けてムイが火薬樽を投げるム姿、ジェナが矢を放つ姿、そしてその火薬樽を起爆させクラーゲンジェリーフィッシュが雷の大地まで吹き飛ばされる映像が映し出された時には客のボルテージは最高潮に達しその大歓声でまるで地震が起きたかのように激しくフロアが揺れた。
「……あ、ありえん」
「これが現実。彼らの勝利は目前。さ、覚悟を決めて頂きましょう」
そして無数の稲妻に打たれその姿を消していくクラーゲンジェリーフィッシュの姿が映し出されると客の誰もが言葉を失いその光景に見入っていた。
最後のコアが砕けた瞬間、フロアは再び大歓声に包まれた。
「ではウォッカ、さん。最後の仕事をして頂きます」
テキラがウォッカに耳打ちする。
「……わかった。皆々様! 一度お静まり下さい!」
ウォッカの言葉に静まり返る客。
「今まさにここに英雄が誕生いたしました! これまで何千年もの間我々を苦しめてきたあの忌々しい怪物、1000年魔大戦の、青の魔女が残した遺物! クラーゲンジェリーフィッシュの討伐に彼は成功したのです‼︎ そしてこの歴史的快挙に立ち会った皆々様におかれましては約束通り賭け金の50倍が配当させれます! おめでとうございます!」
「ウォッカさん! それ本当なのかい? ここにいる全員の賭け金がそれぞれ50倍ってのは流石に無理な話しだったんじゃないのかい?」
客の1人がそんな声をあげた。
「そ、それは……」
しどろもどろなウォッカの前にテキラが出る。
「皆々様、ご心配なく。上をご覧下さい」
テキラに言われ客たちが天井を見上げるとウォッカの真上には札束が破けんばかりにパンパンに詰まった巨大な網が吊るされていた。
「凄い! なんという金の量だ! やった! やったぞ! 我々は本当に大金持ちになったぞ!」
静まり返っていたフロアがまた歓喜に包まれる。が次瞬間それは悲鳴に変わった。
「ウォッカさん、お疲れ様でした。それではさようなら」
ウォッカの肩を軽く叩きお立ち台を降りたテキラが右手を上げるとウォッカの頭上に吊るされていた網が落下しウォッカはその札束の網の下敷きになった。
「フッ。さてと、英雄をお迎えに上がるとしましょう」
テキラはニヤリと笑いカジノを後にすると僕たちに向けて馬車を走らせた。




