第86話 決着の時
――時は現在に戻る――
裏カジノで賭けの対象になっていることなど夢にも思わない僕たちは必死にクラーゲンジェリーフィッシュを追っていた。
「ほらほらアオイ、漕ぐ手を休めたらダメよ。ガンバレ!ガンバレ!」
救命ボートの先端に立つルヴィスが僕に発破をかける。
「ごめんなアオイ兄ちゃん。さっきまでのウチやったらガンガン漕げたんやけどな。ちょとばかし力使いすぎてしもた」
ビーストモードが解け元の姿に戻っていたムイが申し訳なさそうに言った。
「何言ってるのさ。ムイちゃんは十分頑張ってくれたんだからゆっくり休んでてよ。逆に僕は何もできてなかったからやれることができて良かったと思ってるよ。だから頑張ってクラゲに追いつくからね!」
「へへ。頼んだで。アオイ兄ちゃん」
そう言うとムイはコロンとボートに横になりスースーと寝息を立て気持ち良さそうに眠ってしまった。
「寝ちゃったね」
「そうね。よほどビーストモードは疲れるみたいね。しばらくはそっとしておいてあげましょう」
「そうだね」
それから僕は両腕がパンパンになるまでオールを漕ぎまくった。すると、
「アオイ! あそこ!」
ルヴィスの指差す先にはユラユラと揺れながら海上に浮かぶクラゲの姿が見えた。2本の巨大な触腕をうねらすその姿はまだイカのままだった。
「アオイさん! 見て下さい! クラゲの後ろ!」
「あれは……陸だ! 陸が見える! ん? あの雷雲はもしかして?」
「はい! 雷の大地です!」
クラニの指差す先には雷の大地が見えていた。僕たちはついに雷の大地手前までクラゲを追い込むことに成功したのだ。
「後少しね。ジェナ、最後の1射、気合入れてお願いね!」
「はい! 頑張ります!」
クラゲに向かってイゼラトスの弓を構えるジェナ。矢の先端に魔法で火をつけるルヴィス。ジェナは力いっぱい弦を引きその時を待った。
当のクラゲはというと先程の猛攻が嘘かのように静かに海上に浮かびゆっくりと吹く海風に流されながらユラユラとその体を揺らしていた。
僕たちは海風に流されていくクラゲと矢の軌道と陸が一直線になるのを固唾を飲んで待った。
「もう少しね。10、9、8……」
ルヴィスは矢を放つタイミングを合わせるためにカウントダウンを始めた。
「……3、2、1、発射!」
ジェナが弦から指を離すと矢はクラゲめがけもの凄い速さで飛んでいき矢が通り過ぎた後の海は真っ二つに割れ突風が吹き荒れた。矢は例の如くクラゲの体を貫通し矢を追うように吹き荒れた突風はクラゲを直撃した。
がしかし、今回クラゲは少々陸側に押された程度でほとんどその場から動かなかった。
「嘘でしょ⁉︎ クラゲのヤツあの腕で突風を受け止めたって言うの⁉︎」
そう今回クラゲは2本の巨大な触腕を合わせまるで盾のように構えると突風を拡散してしまったのだ。
するとそれまで大人しくしていたクラゲの様子が一変。体が白から赤いマダラ模様へと変色したのだ。
「また色が変わった! これかなりヤバいやつじゃない?」
「そうね。あれはかなりヤバそうね」
僕たちの予感は的中。クラゲは体中の触手から冷気を触腕に集めると僕たちに向けてそれを一気に放出してきたのだ。
強烈な冷気は海を凍らせ氷柱を作り出す。冷気が通過した海上には次々と氷柱が立ち上がり僕たちの乗るボートはその氷柱で空高く突き上げられしまった。
僕たちは宙を舞うボートに必死にしがみついた。そして僕はムイがボートから落ちないようその体に覆い被さりボートにしがみついていた。
突き上げられたボートは頂点まで達すると今度は落下を始めた。するとそこへクラゲが追い討ちをかけるかのように2本の触腕をまるでロケットパンチかのようにもの凄い速さで伸ばしてきた。このままあの触腕が直撃すれば間違いなくこのボートは粉々に砕け散ってしまうだろう。
「もうどこにも逃げられないわね。いっその事ことみんなで海に飛び込む?」
「ルヴィスさん、それは無理です。この高さから海に飛び込むのはあまりにも危険です。ルッカの城壁から飛び降りるようなものです」
クラニが泣きそうな顔で言った。
「それはたしかにダメね。死んじゃう」
そんな会話をしている最中にもボートは落下を続けクラゲの触腕もその距離を縮める。そしていよいよ触腕がボートに直撃する! 激しい衝突音とともにボートは粉々に……あれ? なってないぞ。
「ふい〜間に合った。みんな大丈夫?」
もうダメかと思い目をつむっていた僕が目を開けるとそこにはいつの間にか僕の下から抜け出しビーストモードを再び発動したムイの姿が写っていた。そう先程の衝突音はムイがクラゲの触腕を弾き返した音だったのだ。
「ムイちゃん!」
「えへへ。お待たせみんな。こんな時に居眠りこいてもうてごめんな」
「いいんだよ。それよりもビーストモード使って大丈夫なの?」
「うん。寝かしてもろたからまたしばらくは大丈夫やで!」
そう言うムイだったが口や腕からはポタリポタリと血が垂れていた。腕の出血はクラゲの触腕を弾き返した時にできたであろう傷から、口から垂れる血はおそらくビーストモードの反動からくるものだろう。
「ムイちゃん! 血が!」
「これくらいなんともない! 大丈夫や! つーわけやから反撃、いくで!」
そう言うとムイはボートに運び込んでおいた最後の1つの火薬樽を両手で持ち上げるとクラゲに向けておもいっきり投げつけた。
「ジェナ姉ちゃん! これが正真正銘最後のチャンスや! 頼むで! 運命はジェナ姉ちゃんの1射にかかっとるさかいな! ルヴィス姉ちゃんは矢に火を!」
「はい! 心臓が押し潰されそうなくらい緊張しますが頑張りますわ!」
「任せて! フェノム!」
ムイに言われジェナが弓を構えるとルヴィスが矢の先に魔法で火をつけた。
落下を続けるボートの上にまともに立つことは難しくジェナの体がふらつく。と同時に弓にもブレが生じなかなかその照準を合わせることができないでいた。
「ジェナ、大丈夫? 私たちが押さえてるから頑張って!」
ルヴィスはそう言うとジェナの腹の辺りに両手を回しその体を押さえた。
「アオイも! 早く!」
ルヴィスに急かされた僕も両手をジェナの体に回した。
「ちょ、ちょっとアオイ様まで! は、恥ずかしい。でも、嬉しいです! 私頑張りますわ!」
ジェナは渾身の力を込め弦を引くと火薬樽めがけ矢を放つと腹の底から叫ぶ。
「いっけーーーー‼︎」
ズドーーーーン‼︎ 矢は見事に火薬樽に命中し起爆。激しい爆音と爆風に加え矢が生み出した突風をまともに食らったクラゲは触腕で盾を作ったもののそのままの体勢で勢いよく雷の大地に向かって吹き飛ばされた。
「うおーー! 吹っ飛んだーー! 凄い! 凄いですよ! ジェナさん!」
「やったわね! ジェナ!」
「ジェナさん凄いです!」
「やったな! ジェナ姉ちゃん!」
「はい! 皆様のおかげで私、やり遂げることができましたわ!」
「ジェナ姉ちゃん、喜んでるとこ悪いんやけどもういっぺんだけ矢を射ってらってもらいたいんやけどええかな?」
「もういっぺん? それはもう一回ってことですか?」
「せや。もういっぺんや。このボートの真下に軽めに射ってほしいねん」
「真下に? わかりました。軽めに、ですわね」
ジェナはムイの言葉を不思議に思いながらもボートの真下に矢を放った。すると矢から生み出された風がクッションのようになりボートはふわりと海の上に着水した。
「なるほど。こういう訳だったのですね。ムイちゃんは賢いですね!」
「えへへ。褒めてくれてありがとうジェナ姉ちゃん。さてと、クラゲは陸に上がったわけやし雷雲の下にも入った。後は成り行き任せやな」
陸に上がったクラゲはもはや自らの力で海上に戻ることはできずただただその場にユラユラと漂うことしかできないでいた。
そんなクラゲを見守る中ついにその時は来た。
雷の大地上空に浮かぶ無数の丸い雷雲から地面を焦がすほどの凄まじい稲妻が降り注ぎはじめたのだ。その稲妻は無論クラゲの体にも当たりその落雷を受ける度にクラゲの体は硬直しまるで氷山が崩れていくかのようにボロボロと崩れ落ちていった。
そして崩れ落ちた体の破片は地面にぶつかるとなんとも美しい音色を奏で粉々に砕けその姿形を消していった。
やがてクラゲの体が全て失われるとそこにはコアであろう青く輝く巨大な魔石が姿を現した。それはしばらくの間宙に浮いていたが最後はその浮力を失い地面に叩きつけられると音も無く砕け散ちり跡形もなく消えていった。




