第80話 クラーゲンジェリーフィッシュ
「何か寒くなってきたわね」
「そうだね」
「いよいよやで。この寒さは間違いない。近くまでクラゲが来とる証拠や」
クラーゲンジェリーフィッシュは青の魔女が作り出した魔獣。つまりは青の魔女の根源である氷の魔力を宿した魔獣なのである。
「だからクラゲが近づいてくるとその冷気で海に霧が出る。そして冷気を感じるようになればいよいよヤツが近くにいる証拠や」
僕はゴクリと唾を飲んだ。
「み、見て下さい! あそこ……」
左手で口を覆い右手で海上を指差したジェナが小刻みに体を震わせながら言った。
「……」
目に写るその巨大な物体に僕たちはしばらくの間言葉を失った。
現れた。ついにクラーゲンジェリーフィッシュがその姿を僕たちの目前に現した。
入道雲と見間違えるほどの巨体は見るもの全てを圧倒する。イカとクラゲを合わせたような頭と体は中身が透けて見えるほど透明度が高くそこから生える無数の触手と8本の足はユラユラと静かに揺れ動く度に細かな氷の粒を撒き散らし辺りの温度を急速に冷やし霧を生み出していた。
「ジェナ! イゼラトスの弓を構えて!」
「は、はい!」
クラーゲンジェリーフィッシュはゆっくりとこちらに近づいて来てはいるもののまだこちらの様子を伺っているのか今のところは何か仕掛けてくるような素振りはなかった。
「やばい。正直ビビってる」
「そうね。私も怖い。でも私たち以上に怖いのはジェナのはずよ。だから私たちはジェナを精一杯サポートしないといけないわ」
「たしかにそうだ。僕たちよりジェナさんの方がずっと緊張してるはずだし怖いはず! 全力でサポートしないとだね!」
見れば船体端ギリギリでイゼラトスの弓を構えるジェナの身体は震えていた。
「ジェナ。あなたなら大丈夫よ。私たちもついてるから心配しないで」
「あ、ありがとうございます。ルヴィス様。でもやっぱり怖い」
「そうよね。私も怖いわ。けどやるしかない。もう後戻りはできないし失敗すればおそらくは全員命を落とすことになる。ごめんね。プレッシャーを与えるようなこといって。だからこそ私たちも全力であなたをサポートする! だから一緒に頑張ろう!」
「はい! 頑張りましょう!」
「僕たちがついています! 大丈夫ですよジェナさん!」
「はい! アオイ様が応援して下されば百人、いや千人力です!」
徐々にその距離を詰めるクラゲは近づけば近づくほどその大きさと存在感が増し例えようのない威圧感がのしかかる。僕たちは今にも押しつぶされそうな気持ちを必死に奮い立たせながらヤツとの決戦の時を待った。
「なんかさっきより寒なってきたな」
ムイが言うようにクラゲとの距離が縮まるにつれ気温は下がってきている。それはクラゲから撒かれる氷の粒の密度が高くなってきているからで実際霧はダイアモンドダストのような微粒な氷の粒へと変わっていた。
そしてついにその距離があと数百メートルとなったところでクラゲは動きを止めた。
「止まった……」
「止まったわね。ジェナ、準備はいい?」
「は、はい。いつでも」
「クラニ、雷の大地の方角は?」
方位磁石を覗いたクラニがルヴィスの問いに答える。
「北東です!」
「北東ね。ありがとうクラニ。いいジェナ、クラゲを北東の方角へ吹き飛ばすわよ」
「はい! でもルヴィス様、どうやって? クラゲを北東に飛ばすにはこの位置からでは無理ですよね?」
そう現在のクラゲと船の位置関係ではクラゲを北東に飛ばす事は不可能。クラゲの右斜め後ろに回り込まなければ北東へ飛ばす事はできないのだ。
「そうね。この位置からは無理ね。だから船を移動させるの」
「移動? それも今は出来ないのではありませんか?」
たしかに今は無風状態。吹くとしてもせいぜいクラゲが撒く氷の粒との温度差で発生する微風くらいでとても船を動かすほどの風はない。
するとルヴィスはニヤリと笑い言う。
「イゼラトスの弓があるじゃない」
「これですか?」
「そう。イゼラトスの弓を帆に向けて放つの。そうしたら風は起こせるでしょ? それに今は無風状態だから自由に風の向き、つまり船の向きを変えられる」
「たしかに! 凄い! 流石です! ルヴィス様」
「だからまずはクラゲの右斜め後ろに回り込むように船を移動させたいの。風はジェナに起こしてもらって船の進む向きはクラニにお願いするわね。それじゃ2人ともいい?」
「はい!」
「任せて下さい」
「では、いきます!」
ジェナは帆に直接矢じりが当たらないスレスレを狙い矢を放った。するとビューっと風が吹きバサっと帆が勢いよく開き船が前進をはじめた。




