第77話 出港!
「みんなおはよう」
昨晩は思うように寝付けなかったせいか遅刻こそしなかったものの僕がロビーに下りた時には既にムイを除いた全員が集まっていた。
「珍しいわね。アオイが最後だなんて」
「そうですね。いつもならルヴィスさんが最後ですものね」
「ちょっとクラニ言ってくれるじゃない。けど本当の事だから反論はしないけどね」
ルヴィスとクラニは顔を見合わせ笑った。
僕たちと対等に話すことすらためらっていたクラニがルヴィスにあんなことを言えるようになっている姿を見た僕はなんだか胸が熱くなった。
それは決して長いものではないにしてもこの旅が僕たちの距離を確実に縮めてくれているという証拠だった。
「あれ? ムイちゃんは? もしかしてまだ来てないとか?」
「ううん。ムイちゃんは先に船に向かったわ。何か気になる事があるんだって」
気になること? 思い当たる節があるとしたら昨日気にしていたきな臭い匂いのことだろう。
「アオイも来たしこれで全員集まったわね。それじゃ船に向かいましょう」
セントエレナ号に移動すると既に出港の準備は整い桟橋にはウォッカとボーイが僕たちを今か今かと待ち侘びた様子でソワソワとしながら立っていた。
「おお! アオイくん。待ってたよ。いよいよだね。勝機はありそうかい?」
「それは正直なんとも言えませんが上手く事が運べばきっと成功するでしょう。いや成功させます!」
「うんうん。意気込み十分だ。君たちの活躍、楽しみにしているよ。ところでカジは誰がとるのかね?」
カジ? そうだ。船は貸してもらえたけど肝心の舵取りがいないじゃないか! どうする? ウォッカさんに頼めば人も貸してもらえたりする? そんな考えを巡らせた矢先、クラニが手を上げた。
「私が舵取りします! 船の操縦なら私にお任せ下さい」
「え⁉︎ クラニさん馬車だけじゃなくって船も操縦できるんですか?」
「はい♪」
補助魔法が使えて馬車も船も操縦出来きて、おまけに料理や炊事洗濯までそつなくこなせるだなんてクラニはまさにスーパーメイドだ。どこへ嫁に出しても恥ずかしくないとはこういう娘のことを言うのだろう。
「では我々から人を出す必要はなさそうだね。健闘を祈っているよ」
「はい! 頑張ります!」
僕たちが甲板に上がると樽の上に座り僕たちに向かって手を振るムイの姿が目にとまった。
「おーい。みんな〜」
ムイは樽からぴょんと飛び降りると僕のところへ駆け寄ってきた。
「アオイ兄ちゃんちょっと耳かしてんか」
僕はしゃがみ込みムイに耳をかした。
「昨日のことやけどな」
「きな臭いって言ってた話し?」
「せやせや。朝から船内を嗅ぎまくったらわかったんや。あの匂いは火薬やった」
「火薬⁉︎」
ムイは慌てて僕の口を手で押さえた。
「声がデカイ。この話しはウォッカのおっちゃんに聞こえたらまずいヤツやで」
んーもふもふと肉球の感触が気持ちー。じゃなくて火薬とはどういう事なのか。
「話しの続きはひとまず出港してからや」
「わかった」
「何? 何? 内緒話し? 私にも教えて」
「ルヴィス姉ちゃん。船出したら話すさかいちょっとだけ待っててや」
「そうなの? わかった。ならサクッと出港しちゃお♪ クラニお願いね」
「はい。任せて下さい」
クラニは大きく深呼吸をすると舵を手に取り叫ぶ。
「出港ー!」
クラニの合図とともにイカリを上げ帆を下ろしたセントエレナ号は帆に風を受けると滑るように沖に向かって進み始めた。
「凄い! 凄いですよこの船! こんな速さで進む船は初めてです!」
進むほどに速さを増す船の様子にクラニが興奮する。
そんなに速いんだこの船。これまで船に乗った機会など皆無に等しい僕にはその速さがどれくらい凄いことなのかわからなかった。
「そうね。そこまで強い風があるわけじゃないのによくこれだけの速さが出るわね」
ルヴィスも感心した様子で首を縦に振った。
セントエレナ号は元々はとある大国より聖女エレナに贈られた船であったといい当時の最新技術が惜しみなく注ぎ込まれたその船の性能はとても高く、特に風を捉える技術開発に注力し生み出された帆は弱い風であってもそれを強い推進力に変えることができるため通常では考えられない速さが出るのだという。
(なるほどね。だからルヴィスとクラニさんはあんなに驚いたり興奮したりしてたのか)
しかしなぜ聖女様に贈られたはずの船がこんなところにあるのだろうか。そんな僕の疑問に答えてくれたのはムイだった。
「セントエレナ号はな。もともとは贈り主の国の王女様の名前がついとったんや。クィーンマリス号いう名前や。けどな聖女様のある偉業が船の名前を変えた」
それは聖女エレナがこの船を贈られた直後のことだったという。彼女は船が寄贈されるやいなや、あろうことか船を競売にかけたというのだ。一体なぜそんなことを? その疑問にもムイが答える。
「聖女様は船を売ったお金で聖堂を建ててな。そこを貧困や病に苦しむ人々の駆け込み寺にしたんや。そのおかげでこれまでどれだけの命が助かったかわからへんほどや。そんな聖女様の偉業を讃え船はセントエレナ号と呼ばれるようになったっちゃうわけや。話しが飛躍してもうたけどな要するにその競売で破格の値段をつけて船を買い取ったんがウォッカのおっちゃんやったってわけや。だからここにこの船があるんや」
「はぁーなるほどね。聖女様か。凄いな」
――時は船が出港したすぐ後に戻る――
「行ったな。グフッグフフッ。おい! 始めるぞ」
「はい。ウォッカ様」
僕たちの船が出港したことを見届けたウォッカはニヤニヤと少々きみの悪い笑みを浮かべながらカジノへと入っていった。




