第75話 セントエレナ号
「次はそうね……食料かな? 出港したらいつ戻って来れるかわからないからね」
どれくらいの期間クラーゲンジェリーフィッシュに挑むことになるのかわからない現状で食料を確保しておくことは極めて重要なことだ。
「それならうってつけの店があるで。魚の干物とか肉の燻製とか保存食がいーっぱい並んどる」
ムイに案内され到着したその店は店先から店内に至るまで彼女が言うように魚の干物やら肉の燻製やら様々な保存食が所狭しと並んでいた。
僕たちはそれぞれ好みに合わせ燻製肉や魚の干物、硬いパンにチズーにドライフルーツなど両手に抱えた袋いっぱいに持てるだけ買い込んだ。
これだけあれば1袋1日分だとして単純計算しても2袋×4人で8日は食料に困ることはない。むしろ十分すぎるといってもいいくらいだ。
なぜそう思うのかというと僕は正直そこまで長期戦になるとは思っていないからだ。むしろ短期決戦になると思っている。それはクラーゲンジェリーフィッシュと対敵してそれが何日も続く、続けられるとは到底思えないからだ。
「ルヴィス、後は何か必要な物はある?」
「矢も食料も調達出来たしあとは特にないかな。それにもうみんなこれ以上持てないしね」
「だね。ならホテルに戻ろうか」
「うん」
僕たちはホテルに戻ると一旦ロビーに荷物を置き僕は1人ウォッカの部屋に向かった。それは買い込んだ矢や食料を可能であれば船に乗せておきたかったからだ。
トントントン。
「鍵なら開いているよ。入って入って」
「どうもウォッカさん」
「おお、これはアオイくんじゃないか。準備は進んでいるかね?」
「はい。準備はほぼ整いました」
「そうかそうか。それは良かった」
「ウォッカさん。お願いがあります」
「うんうん。アオイくんがここに来るということはそういうことだよね。それで何かな?」
僕は街で調達した矢や食料を船に運ばせてほしいとお願いをした。するとウォッカは一瞬眉を細めたように見えたがすぐに笑顔で了承してくた。
「それならうちの者に運ばせるとしよう。すぐに手配するからアオイくんはロビーに下りて待っていてくれるかな。おーい。誰か」
ウォッカの呼び声に1人のボーイが部屋に入ってきた。
「失礼いたします」
「アオイくんたちの積荷を船に運べ。いいな?」
「かしこまりました」
「それじゃアオイくん。またね」
僕はウォッカに一礼するとボーイと共にロビーに下りた。
「手伝わせてしまってすみません」
「いえ。お気になさらず。これも仕事ですから」
「ハハ。仕事、ですか」
「ええ」
「……」
仕事と言われてしまえばそれまでだ。僕はそれ以上ボーイにかける言葉が見つからずロビーまでの残りの時間を無言で過ごすこととなった。
「みんなお待たせ。船に荷物を積む許可をウォッカさんにもらってきたよ。こちらのボーイさんが運ぶの手伝ってくれるって。よろしくお願いします」
「かしこまりました。船はホテル専用の桟橋に停泊しておりますのでご案内いたします。ではお荷物を」
ボーイは荷物運び用の台車に手際よく荷物を乗せると足速に船へと向かった。
「こちらの船が今回アオイ様方にお貸し致しますセントエレナ号にございます」
「……」
2〜3枚の横帆がついた3本のマストに白い船体。女神のような女性が祈りを捧げる船首像が一際美しいセントエレナ号の姿に僕たちはしばらくの間言葉を失い魅入ってしまった。
「あの、こんな素晴らしい船、本当に借りていいんですか?」
「もちろんにございます。それがウォッカ様のご意向にございますから遠慮なくお使い下さい」
「そ、そうですか」
遠慮なくと言われてもこんな豪華で美しい船を戦場に持ち出すだなんて流石に気が引ける。それでもボーイは今すぐに用意できる船はこのセントエレナ号しかないこととウォッカの意向であることを強調した。そこまで言われてはこちらも折れないわけにはいかず船を借りることに了承するほかなかった。
「それでは私はお荷物を船内にお運びいたしますのでアオイ様方はしばらくお待ち下さい」
「いえ。僕も運びます」
「アオイ様、それはなりません。これは私の仕事ですので。もしアオイ様方にお荷物を運ばせたとなればウォッカ様よりどれだけおとがめをうけるか」
なるほど。そういうことであれば彼に任せないわけにはいかない。下手に僕が手を出して彼が怒られるようなことはあってはならないからだ。
「わかりました。僕たちはここで待ってますね」
「それでしたらアオイ様、甲板で待たれてはいかがでしょう。船上からの眺めもまた格別なものにございますよ」
「あ、そうなんですね。であればそこは遠慮なく上がらせてもらいます」
甲板に上がるとそこからはキラキラと輝く美しい海が一望できた。
「うっわーきれい!」
「本当ですね。陸から見る風景とは別物ですね」
「海ってどれだけ広いんでしょうか」
「ほんま絶景やな。パムラムの海は全部見てきたつもりやったけどこない船の上から見るんは初めてや……ん?」
「どうしたの? ムイちゃん」
「いや。何やきな臭い匂いがした気がしたもんでな」
そう言うとムイは犬のようにクンクンと鼻をひくつかせながら甲板のあちこちを嗅ぎ回り船内へと続く階段の前で足を止めた。
「アオイ兄ちゃん。ここや。この下から匂う気がする」
ムイが階段に足を下ろそうとしたその時、
「それ以上はなりません!」
ボーイが大声でムイを止めた。その声に驚いたムイは慌てて僕の後ろに隠れるとボーイを睨みつけた。
「大きな声を出してしまい申し訳ございません。船内はまだ出港に向けた作業が続いておりまして作業員以外の立ち入りを禁じております。何卒ご理解ください」
「いえ。こちらこそ甲板までと言われていたのにすみません」
「ほら、ムイちゃんも」
「勝手に下りようとしてごめんなさい」
「いえいえ。わかっていただけたのならそれで十分でございます。それでは残りの荷物をお運びいたしますのでもうしばらくお待ち下さい」
ボーイは数人の作業員を引き連れ荷物を運び込んだ。
「アオイ様、お待たせいたしました。お荷物の搬入が完了いたしました。矢の束はあちらのマスト横の物置きへ、食料は船内調理場に運んでございます。なお出港の準備はこのまま順調にいけば今夜早々にも整いますのでご安心ください。それではホテルへ戻るといたしましょう」




