第72話 ムイは物足りない
「……僕たちあんなの相手にしようとしてるんだね」
「そうよ。だから初めは止めたでしょ?」
「う、うん」
遠目であったにも関わらずクラーゲンジェリーフィッシュの姿を実際目にした僕は何とも言いようの無い恐怖に取り憑かれ今更ながら自分がとんでもない化け物に挑もうとしていることに気がついた。
「どうしよう。まさかあんなバケモノだとは思わなかった……」
恐怖心はみるみるうちに大きくなり僕は無意識に身体を震わせていた。
「ちょっとアオイ、大丈夫?」
そっと手を握ってくれたルヴィスの手は温かくその温もりに癒された僕は少し落ち着きを取り戻すことができた。
「皆様! 案ずることはありません! アオイ様が立てて下さった立派な作戦とこのイゼラトスの弓があればきっと上手くいきます!」
何の根拠もないが精一杯僕たちを励ますジェナ。
僕はその言葉に救われあらためて奮起した。
「そ、そうですよね! きっとうまくいきますよね!」
「はい! きっとうまくいきます!」
オルンジダイヤモンドが消え太陽が完全に地平線に沈んだ頃には辺りはすっかり暗くなり見上げた夜空には無数の星が瞬いていた。
「アオイ兄ちゃん元気になったことやし晩ご飯にしよか。あそこで♪」
ムイは屋上庭園にあるレストランを指差し言った。
「オープンテラスで海と星空を眺めながら食事だなんて素敵じゃない」
「ご飯もビュッフェやから好きなもん好きなだけ食べられるで」
レストランに入ると海の見えるパラソル付きのテーブルに案内された僕たちはテーブルに置かれた取り皿を手にブュッフェテーブルへ向かった。ブュッフェテーブルには肉料理や魚料理はもちろんスープにサラダにフルーツにデザートとありとあらゆる料理が並んでいた。
「うわーどれも美味しそう」
「こんなに沢山あると目移りしてしまいますね」
「本当ですね。里にはないものばかりでキョロキョロしてしまいます」
「どれもこれもめっちゃうまそうやな」
僕たちはそれぞれ食べたいものを皿に乗せ席に戻ると全員で手を合わせた。
『いただきます!』
「ん〜おいひぃ〜!」
1番に声を上げたのルヴィスだった。ルヴィスの皿には少し大きめに切った肉を甘辛いタレで煮込んだ角煮のような肉料理がのっていた。
「ルヴィスのそれは?」
「ん〜何て料理かわかんないけど甘辛くてすっごく美味しいよ。アオイも食べる?」
「うん。後で自分で取りに行くよ。僕はこれを持ってきたからさ」
昼間がっつりと肉を食べてきたので今度はあっさりとした料理が食べたいと思った僕はエクという白身魚のムニエル風の魚料理をチョイスしていた。レモンのような柑橘系の果実をかるく搾って食べるそれは口に入れた瞬間爽やかな香りが口いっぱいに広がった。
「この魚料理ものすごく爽やかであっさりとしてて美味しい」
「美味しいですよね♪」
「あ、クラニさんも同じの食べてるんですね」
「はい。私は魚料理が好きなもので」
「そういえば昼も魚、食べてましたね」
「はい」
ジェナやムイはどうかというとジェナは温野菜のスープやサラダなど野菜メインの料理を、ムイは肉料理を山のように皿にのせていた。
僕たちはしばらくの間各々ブュッフェを楽しみ好きなものを好きなように盛り付けお腹いっぱいになるまで食べた。
「そうだ明日なんだけど……」
食事も終盤に差し掛かった頃ルヴィスが話しを切り出した。それは明後日の出発に向けて明日はしっかりと事前準備をしておきたいというものだった。
「ルヴィスさんの意見に賛成です。今回は相手が相手ですから万全を期さねばなりません」
「私も賛成です」
「せやな。しっかり準備せな下手したら死ぬかもわからへんからな。ほなここらへんで今日は切り上げて明日は朝から準備に取り掛かろか」
僕たちは食事を終わらせホテルに戻ると一旦ロビーに集まった。
「明日の準備に向けてまずはアオイの作戦をおさらいね。アオイお願いしてもいい?」
「うん。僕の考えた作戦は……」
作戦はとにかくシンプルだ。クラーゲンジェリーフィッシュが現れたらジェナにイゼラトスの弓を射ってもらいその突風でヤツを吹き飛ばす。それだけだ。
「なぁアオイ兄ちゃん。それやとちと物足りないんちゃうか?」
ムイの言葉に全員が驚いた。クラーゲンジェリーフィッシュを吹き飛ばせるだけでも僕たちは十分だと思っていたのにムイはそれだけでは納得がいかない様子だった。
「ムイちゃん。物足りないってどういうことかな?」
「そのまんまの意味や。ただ吹き飛ばすだけやったら物足りない、根本的な解決にならへんちゅうことや」
ムイのいうことはよくわかる。けれどもそれが難しいことは誰もがわかっている事だった。
「あの、ムイちゃん」
「そんな事無理やって言いたいんやろ?」
「あ、うん」
「はたしてそうやろか。ムフフ」
「ムイちゃんその不敵な笑い。もしかして何か良い考えがあるとか?」
「ンフ。あるで」
「え⁉︎ あるの⁉︎」
僕たちはムイの発言に飛び跳ねてしまうほど驚いた。
「それはな……」




