第70話 結果オーライ
向こうの世界でいうお好み焼きが出てこなかったことに少々、いやだいぶショックを受けていた僕だったが目の前の皿に乗るステーキに視線を移した瞬間思わず生唾を飲んだ。
両面にしっかりとついた焼き色と香ばしい香りで視覚と嗅覚が同時に刺激され胃に穴が開きそうなほど食欲をそそる。聞けばこの肉は希少種であるアングーラの肉だという。アングーラといえば以前ベレンの居酒屋でも食べた事があったが今回のそれはさらに取れる量の少ない希少部位だと店主の親父は誇らし気に言った。
「味付けは肉の味を最大限に活かす塩と黒胡椒だけや。自論やけどな。百聞は一見にしかずや。とにかくまずはひと口、食うてみ」
肉厚さをまったく感じることなくスルッとナイフの重みだけで切れた肉からはジューシーな肉汁が溢れ出した。ゴクリ。僕は再び生唾を飲んだ。そしてひと口大に切り分けた肉を口に入れると、
(噛まなくても舌だけでお肉がほどけていく。ほっぺたが落ちるってこういうことを言うんだ)
肉は信じられないほど柔らかくジューシーで深みのあるコクが口いっぱいに広がり程よい塩味とピリッと香る黒胡椒が店主の親父が言っていたように肉のうまみを最大限に引き出している気がした。
「どや? うんまいやろ?」
もう言葉にする必要はない。そう思った僕は右手の親指をグッと力強く立てた。
「ワハハ。せやろせやろ。後はゆっくり食べや」
店主の親父は上機嫌で厨房へと戻っていった。
お好み焼き違いではあったがある意味お好み焼きでなくてよかったとそう思えるほどの逸品に出会えた感動は計り知れなかった。
「アオイ、それそんなに美味しいの?」
僕と店主の親父の一部始終を横で見ていたルヴィスが指をくわえながら言った。
「うん。もう言葉にならないくらい美味しいよ。ルヴィスも食べてみる?」
「いいの⁉︎ 」
「うん。ほら、あ〜ん」
「あ〜ん♪ ん〜〜〜〜おいひぃ〜!」
ルヴィスにあ〜んをした直後のこと。僕は何やら視線を感じた。それも2つ。
「アオイ様、ずるいです。私もしてもらいたいです。あ〜ん」
ひとつ目の視線は頬を膨らませたジェナだった。
「えっとそれは……」
ルヴィスをチラ見すると彼女は仕方ないからジェナにもあ〜んしてあげなさいといった表情でうなづいた。
「あ、それじゃはい、あーん」
「あ〜ん♪ お、美味しい! これ凄く美味しいです!」
そしてもうひとつの視線はクラニだった。
「あ、あの、アオイさんがよろしければその、わ、私にも……」
「あ〜んですよね? クラニさん」
クラニは恥ずかしそうにうなづいた。
「それではクラニさん、あ〜ん」
「あ、あ〜ん……ありがとうございます。とっても美味しいです。って私何をしてるんでしょう」
あ〜んを終えたクラニはさらに恥ずかしがり顔を赤らめた。
「何や何やみんなして。楽しそうやな。アオイ兄ちゃん、ウチにもそれしてくれへん?」
「いいよ。はい、あ〜ん」
「あ〜ん。うんまい! なんやこの肉とんでもなく美味いやんか! おっちゃんとこにこんな美味いもんがあったとは驚きや」
ムイの発言に店主の親父が厨房から身を乗り出し言う。
「何いうてんねん。ワイの店にはうまいもんしかあらへんで」
「そりゃおっちゃん言い過ぎやろ。けどおっちゃんとこの飯がうまいのはたしかやな」
「せやろ」
「せやな」
お互いにワハワハと笑い合う姿はまるでお笑いを見ているかのようだった。
そんなこんなで賑やかなランチタイムを過ごした僕たち。食事を終えるとムイが腕を組み考えはじめた。
「さてと次はどこ見に行こ……」
「なんやムイちゃん、この人らに街案内しとんのか?」
「うん。観光案内しとるんよ」
「だったらあそこしかないやろ。パムラム言うたらカジノや」
「そうなんやけどウチはカジノには入られへんよってな」
「そりゃ無理やで。ムイちゃんは子どもやさかいな。けどワイが言っとるんはカジノの中ちゃう。屋上のことや」
「あ! せや! それや! おっちゃんありがとな。ほなごちそうさん」
「おう。また来てや」
定食屋を出た僕たちはカジノに向かった。カジノはウォッカのホテルであるパムラムハーバーホテルに併設されているといい海岸沿いに立つその屋上から見る日没はそれは美しいと評判でパムラムの名物スポットになっているという。
「ウチとしたことが忘れとったわ。アレはたしかにオススメやからな。みんなで見よな。けど時間的にまだ早い」
「それなら食後のデザートといかない?」
「ルヴィス姉ちゃん! それや! ほなメインストリートに出よか。あそこならいろんなもんがあるさかいな」
メインストリートに出るとそこにはケーキやフレッシュフルーツ、ヨーグルトのようなものやプリンのようなものなど様々なスイーツ店が軒を連ねていた。
「パムラムのスイーツの種類はすごいですね。ルッカでもこんなにはありませんよ」
「へへ。せやろ。スイーツもやけどここパムラムは食に関しては大きな街にも引けをとらへん」
「私、アレを食べてみたいです」
「どれやジェナ姉ちゃん」
ジェナの指差した店の看板にはアイスのような絵が描かれていた。
「アイースか。ええかもしれへんな。ほなアレにしよか」
アイース。半球の塊りがワッフルコーンのようなものにのっかった冷たくて甘いスイーツ。それはまさに僕の知るアイスそのものだった。僕は人気ナンバーワンと書かれたミルクアイースを注文した。
「うんうん。まんまだね。冷たくておいしい」
ミルクアイースはそのネーミングからしてもそうだがミルクアイスと何ら変わらずなんだかホッとする味だった。
ルヴィスはイチゴのようなフルーツであるイゴチのアイース、クラニはオルンジのアイース、ジェナはメロンのようなフルーツ、メロが入ったアイース、ムイはバナナにそっくりなナババのアイースを注文した。
「んー冷たくって甘くってとっても美味しい!」
「本当ですね。冷たくて美味しいです」
「こんな冷たいスイーツを食べたのは初めてです。さすが里の外は違いますね」
「アイースはいつ食べてもひゃっこくて甘くてうんまいな」
「あれ、少し日が傾いてきた気がするのは僕だけかな」
「いや。アオイ兄ちゃんの言う通や」
アイースを堪能しているうちに少し日が傾いてきたようで僕たちは日が沈む前にとカジノの屋上目指し歩きはじめた。




