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第65話 ムイの言い分

「魔ダマリって近くで見ると水とは全然違うものなんだね」


 遠くからは水溜りのように見えていた魔ダマリは間近で見ると水のような液体ではなく細かい粒子状の魔力が床石の窪みに集まりひとまとまりの流動体となったものだった。


「ジェナさん、イゼラトスの弓をお願いします」

「はい」


 ジェナがイゼラトスの弓を魔ダマリに置くと弓はふわりと魔ダマリの上に浮きその魔力をぐんぐん吸い上げみるみるとその形を変えていった。上下のリムはねじれその太さを増し小さなウロからは風の魔力特有の緑色の光りが漏れ幻想的な雰囲気を創り出した。そして細い枝が無数に伸びリムに絡みつくとそれはまるで彫刻のように美しい模様を浮き上がらせた。


「凄い……これが本来のイゼラトスの弓。初代テシア様が手にしていた時の姿なのですね」


 魔力が回復したイゼラトスの弓を両手に抱えたジェナは考え深そうに言った。


「ではジェナさん。あらためてお願いします。イゼラトスの弓の力、もう一度試させてもらっても良いですか?」

「もちろんです」


 僕たちは先日イゼラトスの弓を試し射ちしたあの海岸へ場所を移した。


「……ふぅ」


 小さく息を吐き弓を手に海岸に立ったジェナの顔は明らかに前回よりも緊張していた。


「ジェナさん。大丈夫です。今度は上手いきますよ。だからもっと楽にして下さい」

「はい。ありがとうございます」


 ジェナは深呼吸すると弓を海に向かって構えた。


(お願い。今度こそ、今度こそ上手くいって)


 ジェナは心の内で強くそう願い力の限り弦を引いた。その緊迫した空気は僕たちにもひしひしと伝わりそこにいる誰もが言葉を失い息することさえ忘れていた。


「アオイ様、皆様、いきます!」


 シュンッ! ジェナの指が弦から外れたその瞬間、目にも止まらぬ速さで矢は海に向かって放たれ地平線の彼方へと消えていった。魔力が回復したとはいえ本当に同じ弓なのかと疑うほどの違いに僕は驚いた。が数秒遅れで僕はもっと驚くことになる。


 矢が通り過ぎた後、数秒遅れでゴォォォォっと矢を追うように強風が吹き波という波が沖に向かって押し返された。そして矢が通り過ぎた真下の海はまっ二つに割れ一時的ではあったが海に谷ができたのである。それはまるであの有名な映画のワンシーンを彷彿とさせるかのような光景だった。


「凄い! 凄いですよ! ジェナさん!」

「はい! 私自身凄く驚いております!」

「これならクラーゲンジェリーフィッシュを何とかできるかもしれない!」

「アオイ、本当の本当にやるつもりなのね」

「うん。大丈夫だという保証はないけど何とかなる気がするんだ」

「はぁ。どっかの誰かと一緒にいるせいで楽観的になりすぎてる気がするのは私だけかしら」


 ルヴィスはそう言うと苦笑いを浮かべた。


「でもいいわ。昨日ムイちゃんにも言ったけどアオイは私の全て。何があっても私はアオイの決めたことに寄り添う。だからクラーゲンジェリーフィッシュをアオイが何とかするというなら私も何とかする」

「ありがとうルヴィス。それじゃウォッカさんのところに戻ろう」

「なんやアオイ兄ちゃん、おっちゃん(ウォッカ)と知り合いなんか?」

「うん。一応ね」


 僕はウォッカとのこれまでの経緯をムイに話した。


「ほうほう。そんならおっちゃんは寝泊まりする部屋と食事を提供する代わりにクラーゲンジェリーフィッシュを何とかしてくれってことなんやな」

「直接聞いたわけじゃないけどきっとウォッカさんはクラーゲンジェリーフィッシュのせいでお客さんが減って困ってると思うんだ。お客さんが来なければ死活問題でしょ?」

「そやな。けどなアオイ兄ちゃん。話しに水をさすようで悪いんやけどウォッカのおっちゃんのこと、信じ過ぎたらあかんで」

「え? それはなんで?」


 ウォッカはホテルの他にカジノを持っておりホテルの宿泊客は減っていても連日賑わうカジノのおかげでクラーゲンジェリーフィッシュの影響などほとんど受けていないはずだとムイは言った。


「おっちゃんは気前がええのはたしかなんやけど腹黒い一面もあるやさかいな。もしかするとアオイ兄ちゃんたちを利用して一儲け考えてるかもしれへん。何にせよ気つけといたほうがええで」

「そうなんだ。わかった。ムイちゃんが言うように気をつけるよ。おしえてくれてありがとう!」


 僕たちはホテルに向かうとその入り口で足を止めた。


「どないしたん? 中入らんのか?」


 ムイは不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。


 僕がなぜここで足を止めたのか。それはムイがなぜここまでついて来たのか理由がわからなかったからだ。


(これは可哀想だけどちゃんと言わないとダメなやつだな)


 僕は心苦しい思いをグッとこらえ言う。


「ムイちゃんはその、どこまでついて来るのかな?」

「ガーン。どこまでって。そない殺生なこと言わんといてーな」


 ムイがショックを受ける気持ちはわかる。けれどもバジリスクの件がひと段落した以上冷たいようだが彼女が僕たちと行動を共にする理由はない。それに僕たちはこれからあのクラーゲンジェリーフィッシュに挑むのだからそんな危険な場所に彼女を連れていくわけにはいかない。


 だとすればここでお別れするのが妥当だと僕はそう考えたのだ。しかしムイにはムイなりの言い分があるようで着ぐるみの頭をポリポリと掻きながら話しはじめた。


「いやな。アオイ兄ちゃんたちとおるとやな。バジリスクに会うたり、ごっつい弓見れたり、なんや楽しい事がぎょうさんおこるやろ? そしたらな。こりゃもう飽きるまで一緒についてかなあかん思うたんや。ダメか?」


 上目遣いで瞼をパチパチさせるムイ。その小動物のような可愛さに思わず快諾してしまいそうになったが一緒にくるとなるとさすがに僕だけで勝手に決めるわけにはいかない。


 そう思った僕はみんなの意見を聞くことにした。もちろんそれはみんなも断ってくれると思ったからに他ならない。


「ダメじゃないけどこういう事は皆んなに聞いてみないとね」

「私はいいわよ。ムイちゃん可愛いし魔獣に詳しいってのは助かるもの」

「私もルヴィスさんに同感です」

「私も構いませんよ」

「あっはぁ〜みんなありがとう! ほなあらためまして、よろしゅうたのんます」


 ムイはペコリとお辞儀をした。


 え? 誰も断らないの? むしろ二つ返事! みんな先のこともっとよく考えてから結論出した方がよくない? と僕は思ったが賛成多数なこの状況でいまさらそれを否定することは僕にはできなかった。とはいえそんな僕もムイがついて来ることに悪い気はしていなかった。


「はぁ。それじゃウォッカさんの所に行こうか」

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