第61話 ムイ・テンセラス(前編)
「見てアオイ! あの家じゃない?」
「うん。周りに他の家は無さそうだからきっとそうだね」
僕たちはオリビアに教えてもらったムイという女の子が暮らしている街外れの一軒家までやって来ていた。
「さ、アオイ。オリビアさんからもらったアレ、着けて着けて♪」
「う、うん。あーでもやっぱり無理! みんなの前ならまだしも初対面の人の前でアレはさすがに恥ずかしいよ」
「何言ってるのよ。オリビアさん言ってたじゃない。アレを着けていればバジリスクのこと、すぐに教えてもらえるって」
「そうかもしれないけど……」
「アオイさん。私からもお願いします」
「アオイ様。私からもお願い申し上げます」
さすがに3人に頭を下げられて断るわけにはいかない。
「わかったよ。着けるよ」
「そうこなくっちゃ! 貸して。私が着けてあげる」
ルヴィスはオリビアからもらった猫耳バンドと猫手袋を僕に着けると嬉しそうに笑った。
「ンフ♪ 何度見てもかわいいわね」
「アオイさんよく似合ってますよ」
「アオイ様……可愛い」
若干からかわれている気もしたがやはり悪い気はしなかった。むしろちょっと楽しい……ハッ! この気持ち、もしかして。今まで自分では気づいてなかったけど僕は……コスプレが好きなのかもしれない! そう思った瞬間、先程までの恥ずかしさは嘘のようにどこかへ吹き飛んでしまった。
「よし! 行こう!」
猫耳バンドと猫手袋を着けただけだというのに僕はまるで別人になったかのような気持ちになっていた。
トントントン。
僕はその勢いのままムイの家のドアを叩いた。すると、
「ハイハーイ。誰ですのー?」
可愛らしい声が聞こえたと同時にドアが開き黒猫の着ぐるみのような服をまとった10歳くらいの女の子が出てきた。
「こんにちは!」
「……も、も」
「も?」
「もふもふーーーー‼︎ もふもふキターーーー‼︎」
「ワッ!」
バタン! ガチャリ。
女の子はその姿からは想像できない力で僕を家の中へ引き入れるとドアを閉め鍵をかけた。
「ちょっと! 開けなさい!」
表からはドアを叩き叫ぶルヴィスの声が聞こえたが女の子はまったく気にする事なくニヤニヤと笑みを浮かべながら僕を凝視していた。
「あ、あのムイさん、ですよね?」
「はぁはぁ。はい。ムイ・テンセラスです。もふもふ。もふもふ」
「オリビアさんに紹介してもらいやって来ました」
「はぁはぁ……もう我慢できひん!」
「うわっ!」
ムイは僕に飛びつき床に押し倒すとしばらくの間猫手袋に顔を埋めた。
「ん〜もふもふもふもふ〜♪」
ムイは猫手袋のもふもふを堪能し終えると満足した様子で立ち上がった。
「はぁやっぱりもふもふは最高やね!」
「あ、あの」
「あー堪忍な。急に飛びついてもろて。ウチもふもふに目がないんよ。ところでお兄ちゃん誰やの?」
「僕はアオイといいます。オリビアさんからムイさんを」
「ちょっと待ち。『ムイさん』ってなんやの?」
ムイはなぜか急に不機嫌になりしかめ面で僕を睨みつけた。
「ウチをよう見てみ。『さん』は違うやろ。せめて『ちゃん』やろ。違うか?」
えぇ⁉︎ それそんな不機嫌になるようなこと? 僕はムイとの感覚の違いに驚いた。
「ムイちゃん。すみませんでした」
「ええよ。ほいでアオイ兄ちゃんはウチに何の用なん?」
「アオイ兄ちゃん?」
「ん? お兄ちゃんはアオイいうんやろ? せやからアオイ兄ちゃんや。何かおかしいか?」
「いえ。おかしくないです。ただいきなりそう呼ばれたんでびっくりしただけです」
「それは堪忍。で何の用なん?」
「はい。実はバジリスクのことを教えていただきたくて」
「……」
ムイの眉間にシワがよる。気に触るようなことなど何も言っていないはずなのになぜそんな怖い顔をするのか僕にはその理由がまったくわからなかった。
「固い固い。なんでそない固い言い方なん? ウチのこと『ちゃん』づけで呼んだんやさかいもっと気楽に話してくれへんと調子狂うわ」
「すみません。ならムイちゃん。僕にバジリスクのこと詳しく教えてくれる?」
「ええよ! でも何でまたバジリスクなん?」
僕はムイに岬の洞窟での話しをした。
「なるほどな。アオイ兄ちゃんはそのイゼラトスの弓いうもんの魔力を回復させるために魔ダマリの魔力が必要なんやな。せやけどそこがバジリスクの巣でそいつが邪魔して魔ダマリに近寄られへんわけか。しかも仲間が1人石にされてもうた」
「うん。だからバジリスクを何とかする方法を教えてほしいんだ」
「ほうほう。それやったら簡単や。鏡を使うんよ」
それはなんとも単純明快な話しだった。
ムイが言うにはバジリスクの石化の呪いは鏡でその閃光を跳ね返すことができるといい跳ね返した光りを浴びたバジリスクはあっけなく石化するというのだ。
「鏡。それだけでいいの?」
「なんや疑ってるんか?」
「いやそうじゃけど正直そんな簡単なことでいいのかなって思っただけ」
「まぁたしかにそう思うわな。けど本当にそれだけでええねん。それだけで面白いようにヤツは石になる」
ドンドンドン!
「お願いだから開けてー!」
この声はルヴィスだ。
「今日は珍しいな。また誰かきよったで。 ハイハーイ。今開けますー」
今度はちゃんとルヴィスの声が聞こえたようでムイはドアを開けた。




