第6話 温もり
「お婆ちゃんごちそう様。今日もとっても美味しかったよ」
「ごちそう様でした。こんな美味しいスープは初めて食べました」
「えっと二人分だから……」
ルヴィスがお金をカウンターに出そうとすると老婆が首を横に振った。
「お代はいらないよ」
「え? どうして? そんなのダメよお婆ちゃん」
「フフ。聞き耳を立てたお詫びじゃ」
「それは気にしなくていいのに」
「そうですよ。僕たちは何も気にしてませんしそのおかげで有益な情報を聞けたわけですから」
「それでもじゃ」
老婆は優しく微笑みその笑顔に負けたルヴィスがペコリと頭を下げた。
「ありがとうお婆ちゃん。今日は遠慮なくごちそうになります。でも今度はちゃんと払うからね」
「はいよ」
僕も慌てて頭を下げる。
「ご馳走様でした!」
「フフ。はいよ」
「それじゃお婆ちゃん、私たち行くね」
「気をつけての」
ルッカ亭を出るなりルヴィスが僕の手を引っ張り走り出した。グイグイと手を引かれながら再び迷路のような路地を進む。何度も途中で転びそうになりながらもなんとかついて行くと小さな店の前でルヴィスが足を止め手を離した。
「ここは?」
「宿屋よ」
「宿屋? 自分の部屋があるのに何で?」
「これ」
ルヴィスの差し出した左手には真っ二つに割れ光りを失ったあの石が乗っていた。
「これってさっきのあれ?」
「そう。ここに来るのに使った転移石よ」
「割れてるってことはもう使えないってこと?」
「うん。石に封じた魔力を使い切ってしまったから」
「なるほど」
「だから今晩はここに泊めてもらうの。こんばんは〜。夜遅くにすみません」
「ふぁ〜。いらっしゃいませ〜」
宿屋に入りフロントに向かって声をかけるとこの店の女将と思われる中年女性がムクリと頭を上げた。
「こんな夜更けにお客さんとは珍しいね」
「夜遅くにすみません。泊めてもらいたいのですが空いている部屋はありますか?」
「素泊まりの一人部屋なら空いてるよ。それでも良ければ泊まってっておくれ」
「お願いします」
「あ〜それとうちは料金前払いになるけどいいかい?」
「はい」
「決まりだね。一人部屋で狭いところだから料金は一人分の十ルクでいいよ」
「え!? そんなに安くていいんですか?」
「ええ。泊まってってくれればうちも助かるからね」
「それじゃこれ十ルクです」
「確かに。部屋はそこの階段を上がってすぐの左側だよ。はい鍵。ごゆっくりどうぞ」
鍵を受け取った僕たちは二階に上がるとドアを開けた。
「……狭い、わね」
「そうだね」
部屋は想像以上に狭くシングルベッド一つでほぼスペースが埋まっている。どおりで格安なわけだ。不自然に高い天井と小窓のおかげで閉塞感は多少緩和されているものの二人並んでベッドに座ってみるとその狭さを実感する。けれども妙に落ち着く。どことなく覚えのある懐かしい感覚。
(これは……)
ふと甦ってきたのは子供の頃に隠れて遊んだ押入れの記憶だった。秘密基地に見立てた布団の間に潜り込みそのまま寝ていたなんてこともしばしば。そんな思い出に浸るうち僕はベッドに倒れ込み眠ってしまった。
目が覚めた頃には小窓から日の光りが差し外はすっかり明るくなっていた。
「もう朝か。いや昼なのか? ん? え!?」
小窓から視線を部屋に移した時だった。僕は自分の目を疑った。壁に掛かる二着のポンチョのようなローブ。そこまではまだ気にする必要はなかったのだが問題はその横の白いワンピース。それは間違いなくルヴィスの着ていたあの服だ。そして背中に感じる温もり。恐る恐る態勢をずらしてみるとそこには毛布から頭だけを出したルヴィスの姿。
「えぇ!? あ、あそこに服が掛かってて、でもルヴィスはここにいて……てことは……」
「う〜ん。おはよう。もう朝?」
両手を伸ばしルヴィスが目を覚ました。
「お、おはよう。うんもう朝、いや昼かも」
「ほんとだ。明るい」
「ちょっと待って!」
僕は起き上がろうとするルヴィスを慌てて制止した。
「どうしたの?」
「どうしたのって。あれ」
僕は壁に掛かるルヴィスのワンピースを指差した。
「服? 私の?」
僕は強くうなづいた。
「私の服がどうかしたの?」
「いや服がどうのって事じゃなくてあそこにあれが掛かってるってことはルヴィスは今服を着ていないってことだよね?」
「うん。着てないよ」
「……」
そんな屈託の無い笑顔で答えられると何も反論できない。
「あれ? アオイその顔、もしかしてまた照れてるの?」
「いや、そんなんじゃ」
「ないの?」
「……」
昨日もあった同じようなこのくだり。僕はルヴィスに背を向けうつむいた。
「フフ。ほんとアオイは真面目ね」
そう言うとルヴィスはベッドから起き上がり着替えをはじめた。
(成り行きとはいえ僕らは夫婦になったんだ。なら見たってなんら問題はない! ……はず。だったら……いいよね!?)
思い切って振り向いた僕の目に写るワンピース姿のルヴィス。
「……だよね。ハハ」
ため息混じりの笑顔で思わずそうつぶやいてしまった。昨日と同じ展開に恥ずかしいを通り越して呆れる。まったく僕は何をやってるんだか。
「ところでアオイ、お腹空いてる?」
「いやまだそんなに空いてないかな。夜にあれだけ食べたからね」
「そうよね。私も同じ。それならご飯より先にベレンに行く準備をしない?」
「そうだね」
「よし! そうと決まれば市場に買い出しに行くわよ! はいこれ着てね」
渡されたローブを頭からすっぽりと被り僕達は大通りの市場へ向かった。




