第58話 生存者の声
「こちらのお部屋になります。申し訳ございまさんが中にはお一人様のみお入り下さい。大勢ではあの方が驚いてしまいますので。もし何かありましたらすぐに大声でお呼び下さい」
そんな事を言われるとちょっと不安になるがここまできて話しを聞かないわけにはいかないと僕は意を決して部屋に入った。するとそこにはイスに座りぼんやりと外を眺める1人の少年がいた。歳は10代前半といったところだろう。
「あの、すみません」
僕の声かけにゆっくりと振り向く少年。
「……」
「突然すみません。少しお話しをお聞きしたくてウォッカさんの許可を得て通してもらいました」
「……ど、うぞ」
少年は小さなテーブルを挟んで反対側のイスを指さし小声で言った。
「クラーゲンジェリーフィッシュは大きかったですか?」
「……ふね、より、も」
なるほど。そこは想像通りというところだな。
「実際に遭遇した時の状況を教えてもらえますか?」
「巨大、な……触手、が……船に、巻き、ついて……でも、か、風が……急に……と、突風が……吹いて……はぁ」
喋り疲れてしまったのか少年は黙り込んでしまった。しばらくすると少年はスゥーっと深く息を吸い込みハァーっと吐き出すと再び喋りはじめた。
「と、突風が……吹いて、アイ、ツ、一回、飛ば、された」
「それはクラゲが突風で飛ばされて一度船から離れたってことですか?」
少年はコクリとうなづいた。
なるほどなるほど。クラゲは突風で飛ばされるのか。
「その、後……また……触手……巻き、ついて……船……ま、まっ二つ……沈んだ……気が、ついたら……ここ」
「話してくれてありがとうございます」
少年は小さくうなづき右目から一筋の涙を流すと窓の外に視線を移しそれ以上喋る事はなかった。
僕は少年に一礼すると部屋を出た。
「お帰りアオイ! どうだった?」
「うん。とても参考になる話しを聞けたよ」
「そっか! 良かったね。ってそれって結局クラゲをどうにかするってことに参考になるってことなのよね?」
僕は深くうなづいた。
「そっ、か……」
素直に喜んではいない笑顔。ルヴィスはやはり複雑な心境なのだろう。
「特に何もなかったご様子で何よりでございます。それでは皆様次はオーナーの部屋へご案内いたします」
僕たちの用は済んだというのになんだろう。不思議に思いながらも僕たちはボーイについてウォッカの部屋に入った。
「おおアオイくん。お帰り。どうだった? 何か良い情報は得られたかい?」
「はい。参考になる話しを聞けました」
「そうかそうか。それは良かった。で、単刀直入に聞くがクラーゲンジェリーフィッシュ、どうにかしに行くのかな?」
「……それはまだ決めかねています」
「なぜだい?」
「まだ決め手となる策が思いついてないからです」
「なるほどね。であればその策が思いつくまでここに泊まるといい。部屋も食事も全て私が面倒みよう」
「それはさすがに悪いですよ」
「いいからいいから。遠慮せずにここを使ってちょうだい。もちろんお仲間のみんなもね。それじゃ策が思いついたら教えてね」
僕たちは初めそれぞれに部屋を与えられたが男子は男子で、女子は女子でまとまって泊まることにした。
「なぁアオイ。ちょっと変だと思わねぇか?」
「ウォッカさんのことだよね」
「ああそうだ」
ついさっき会ったばかりの見ず知らずの僕たちになぜここまでしてくれるのか? 実のところ僕もアルスと同様にウォッカのことを怪しんでいた。
――その頃、ウォッカの部屋では――
「ウォッカ様、あの方々はいったい?」
「お前はわからなかったのか? あの中にアルス王子がいたことを」
「え⁉︎ アルス王子⁉︎ あのアルス王子様ですか⁉︎」
「そうだ。他に誰がいるというのだ。それともう1人。フォルマンのところの使用人、クラニがいた」
「え⁉︎ あの美人メイドとして有名なクラニさんですか⁉︎ えーと女性は3人いましたがどの方もお美しくて……ハッ! わかりました! あのメイド服の彼女! 彼女がクラニさんですね!」
「そうだ」
「後でお2人からサインを頂かなくては」
「まったくお前と言うヤツは。まあいい。他の3人はわからなかったがアルス王子とクラニと一緒にいるということはどこぞの貴族か何かに間違いないだろう。そんな豪華な面子が何やら面白そうな事を考えていてな」
ウォッカは開いているのかわからない一文字の目をさらに細め不敵な笑いを浮かべた。
「ホッホッ。裏の用意をしておけ。今回は大きなヤマになりそうだ。なるべく多くの客を集めておけ」
「かしこまりました」
――僕たちの部屋に戻る――
トントン。僕たちの部屋のドアを誰かが叩いた。
「アオイ、入ってもいい?」
この声はルヴィスだ。
「ルヴィスみたいだ。アルス、いいよね?」
「もちろんだ」
「ルヴィス、いいよ」
ドアが開くとルヴィスに続きクラニとジェナも部屋に入ってきた。
「みんな揃ってどうしたの?」
「うん。女子3人で話してたんだけどあのウォッカって人怪しくない?」
「やっぱりルヴィスたちもそう思ってたんだね。僕とアルスも同じだよ」
「だよね。いったい何を考えてるのかしら?」
「それはわからないな。……あ! でもたった今思ったんだけどウォッカさんはここのホテルのオーナーとしてクラゲのせいでお客が来ないことに困ってるんじゃないかな? だから僕たちがクラゲを何とかしようとしていることにすごく期待しているんじゃ」
「そっか。そうだよね。お客さんが来なければいくら有名で立派なホテルでも潰れてしまうものね」
そこにいた誰もが僕の仮説に納得した。
「そうだアオイ。船乗りから参考になる話しを聞けたって言ってたけどそれって何?」
「おう。それな。俺たちも気になってたんだ」
アルスの言葉にクラニとジェナもうなづいた。
「それは突風の話しだよ」
「突風?」
「そう。突風」
クラゲが巻きついた船に突風が吹き一時的ではあったがクラゲが船から離れた話しを僕はみんなに伝えた。
「この話しを聞いて僕は思ったんだ。突風を自在に発生させられたらって」
「おいおい。そりゃさすがに無理な話しじゃねぇか? 突風並みの風を自在に発生させられるなんて聞いたことねぇぜ?」
「だよね。でも、もしかしたらって思う事があるんだ」
「なんだって⁉︎ そりゃどんな当てだ?」
「それは……」
「それは?」
アルスはゴクリと固唾を飲んだ。
「ジェナさんの持つイゼラトスの弓です」
「え? アレですか?」
「そうです。みんなはイゼラトスの弓の逸話を覚えてる?」
「ハッ。たった1射で神秘の森に攻め入ってきた人間族を追い払ったという逸話ですね!」
「ジェナさん。それです。もしその逸話が本当ならイゼラトスの弓は風の大精霊の力を秘めているという話しですから強大な風の力、つまりは突風を起こせるんじゃないかと僕は思ったんです」
「はぁ〜なるほどな。もしそれが本当なら突風を自在に出せるかもしれねぇな」
「つまりは突風を自在に発生させることができればクラーゲンジェリーフィッシュを思いのままに吹き飛ばす事ができる。そうすればその脅威に怯えることなく船を進める事ができる。そう僕は考えたんです」
「アオイ、お前はほんと頭いいな」
「だからジェナさん。その逸話が本当かどうか後で試させてもらえませんか?」
「ええ。それは構いませんが。いったいどうやって試すのですか?」
首を傾げるジェナに僕は言う。
「海です。海にむかってイゼラトスの弓を試し撃ちしてもらいたいのです」
「わかりました。やってみます」
「そんじゃさっそくその試し撃ちとやらに行くか?」
「そうだね。ジェナさんは今からでも大丈夫ですか?」
「ええ。いつでも大丈夫です」
「なら、行きましょう!」
僕たちはイゼラトスの弓の逸話を検証するため海岸に向かった。




