第53話 マダラ雲
揺られ……ることがほとんど無い静かで快適なアルスの馬車の乗り心地に僕は驚いていた。
「凄いね、この馬車。ほとんど揺れを感じないし音も静かだ」
「ほんとね。ねぇアルス、何でこの馬車こんなに静かで揺れないの?」
「お! 良い所に気づいたねぇ。さすがはルヴィスちゃんだ。コイツにはな大陸から取り寄せたバネって代物がついててよ。それが揺れを抑えてくれるらしいんだ。揺れねぇからその分音も静かになるってわけよ」
「へぇそうなんだ。凄いね。そのバネって」
「ほんとだよな。なんでもバネはドワーフ族が作ってるって話しだからよ。ワムドワルドに行けばもっとすげーもんが見られるかもな」
「凄いもの⁉︎ それは楽しみね!」
ルヴィスの目はまだ見ぬ凄いものを期待しキラキラと輝いていた。
「アオイは凄いものって何があると思う?」
「え? そうだなぁ……想像つかないなぁ」
「ジェナは?」
「ん〜私も想像がつきません」
「私も! だから何があるかワクワクしちゃう!」
何があるかわからない。それは一聞すると不正解のように聞こえたが何があるかわからないからこそワクワクするというルヴィスの答えは正解だと思った。
「そうだね。ワクワクするね!」
「でしょ〜♪」
「おーい。皆んなちょっと窓の外見てみ」
アルスに言われ左の窓から外を見た僕たちは思わず叫んだ。
「海だ! アオイ! 海だよ!」
「うん。海だね」
「……これが海、なのですね。話しには聞いた事がありましたがこんなに広いとは思ってもみませんでした」
ルヴィスが窓を開けると潮風が舞い込み磯の香りが馬車の中に広がる。
「わっ。何ですかこの香りは?」
「海の香りよ。磯の香りとも言うわね」
「海の香り。海に香りがあるだなんて知りませんでした」
「そうよね。私も初めて知ったときには驚いたわ。それとね海の水はしょっぱいのよ」
「えぇ⁉︎ 海の水には味がついているのですか⁉︎ 海って不思議ですね」
2人の会話を聞いてあらためて思ったが海は本当に不思議だ。これまで特に何も気にせず当たり前のように海水はしょっぱいなどと思ってきたがそもそも海水になぜ塩分が含まれているのか。その理由を僕は知らなかった。
「その他にもねぇ海は……」
ジェナの反応に気をよくしたルヴィスが海の説明を続ける。
「波とはまた不思議なものですね。なぜ勝手に寄せたり引いたりするのでしょうね」
「それは私にもわからないけど波ってそういうものなのよね」
2人はケラケラと笑いながら海の話しで盛り上がりそれは馬休めに着くまで続いた。
言い忘れていたがルッカからパムラムまでは馬車を休みなく走らせても丸一日かかる。そのためよっぽどの急ぎでない限りその中間地点にある馬休めと呼ばれる移動式の簡易宿に素泊まりするのがこの区間を移動する者の定番だ。
「今日はここに泊まる。出発は明日の朝だ。早めに出れば昼頃にはパムラムに着けると思うぜ」
そう言うとアルスは御者台を飛び降り馬車に繋がれた白馬を撫でた。
「ジュリードいつもありがとな。ゆっくり休んでくれ。明日からもよろしくな」
ジュリードはアルスに呼応するようにヒヒンと上品に鳴いた。
「ねぇルヴィス。ここって昔からこんな感じのなの?」
「ん〜どうかしら? クラニは知ってる?」
「はい。この辺りは昔からほとんど変わっていませんね」
「そうなんですね」
「どうかしましたか? アオイさん」
「いや別に大した事じゃないんですけど……」
昔からルッカとパムラムを行き来する人たちのほとんどがここで一晩を過ごすというのになぜこんな簡易的な宿しかないのか。なぜ町に発展しないのか。僕がいた世界ならこういう所は通常宿場町になっていたりするものだけど。僕はふと頭に浮かんだそんな疑問をクラニに伝えた。
「はい。それはマダラ雲のせいです」
クラニの説明によればマダラ雲とはこの辺り一帯に発生する雨雲の一種で無数の丸い形をした雨雲がまだら模様に見えることからそう呼ばれているといいそれは雲の下だけ豪雨や落雷をもたらすという特徴があるのだという。
「まだら雲はその時々で発生する場所が変わるのでなかなか町のような建物を建てることが難しいのです」
たかが雨雲と僕は思ったがどうやらマダラ雲はそんな生易しいものではないようだ。その証拠に一帯の地面にはクレーターのようにくっきりと雲と同じ形の円形の窪みができていたり黒く焼け焦げた跡が残されていた。
「でもクラニさん。それならこんな所で一夜を明かすのは危険なんじゃないですか?」
「それは大丈夫ですよ。マダラ雲は次に発生する場所がわかりますから」
そうマダラ雲には必ず発生する前兆があり事前にそれを把握しておけばなんら問題ないという。
「あそこを見て下さい」
クラニが指差す先にはチカチカと白い光りを放つ細い糸のようなものが地面から空に向かって伸びているのが見えた。それは糸柱といいマダラ雲がその上空に現れる兆しなのだという。糸柱は始めは短く白い色をしているのだが徐々に空に向かって伸びていくと同時に黄色味がかり金色の輝きを放ちはじめるといよいよマダラ雲が現れるのだという。
「私たちがいるこの場所はどうですか?」
「何もありません。ということはこの上にはマダラ雲が出現しないってことですね?」
「はい。アオイさんの言う通りです」
「それなら今夜は安心して眠れるわね。ふぁ〜それじゃ私はもう寝るわね。みんなお休み」
ルヴィスのあくびは僕にうつりクラニにうつりジェナにうつりアルスに、ん? アルスはもう寝てる! という具合に僕たちは次々に大きなあくびをするとそのまま眠りについた。




