第40話 デスモス
「ところで……どなたですか? この子をいじめたのは」
「は? 誰もいじめてなんかいねぇよ」
「ウソはいけませんね。この子は言っていますよ。何度も眩しい光りを浴びせられ餌場を追い出されたって。ん? どうしました? なるほど彼がそうなのですね。それは良い心がけです。わかりました」
ネールは僕を指差しニヤリと笑った。
「今回は私が粛清を下すのではなくこの子にやってもらうことにします。それがこの子の意思ですから」
そう言うとネールは右手をかざし空中に魔法陣を出現させ紫色をした鈍い光りをデスモスの体全体に浴びせた。
するとデスモスの体が急激に変色しさなぎへと姿を変えた。数秒の後バリバリバリとさなぎが割れ中から成虫と化したデスモスが現れた。
ギギギギィイイィ。不気味な鳴き声をあげたデスモスが空へと羽ばたく。
「では最後にこの子のもてる全ての力を解放しましょう」
ネールは再び右手をかざし魔法陣を出現させると今度は黒い霧でデスモスを包み込んだ。
グギァァァァァァァ‼︎ 鼓膜が破れてしまうかと思うほどの咆哮で黒い霧がかき消され中から毒毒しいまでの赤と紫と黒の毛で覆われた巨大な蛾が姿を現した。
「なんと凶々しい姿! 素晴らしい! この勇姿を最後まで見届ける事ができないのは非常に残念ですが私はもう次に行かなくてはなりません。名残惜しいですが行くとしましょう。皆様、生きていればまたどこかでお会いしましょう。さようなら」
そう言うとネールはパチンと指を鳴らしその姿を消した。
「あの野郎逃げやがったか。まぁでも正直いなくなってくれて良かったぜ。あんな全身からとんでもねぇ殺気が溢れ出てるヤツとまともにやりやってたら俺たち全員あの世行きだったかもしれねぇからな」
「そうね。あれはただのインセクトテイマーなんかじゃなかったわね」
アルスとルヴィスが珍しく身を震わせ言った。
さて脅威はひとつ去ったものの目の前にはまだ全力を開花させ狂乱戦士と化したデスモスがいる。こいつをどうにかしなければシークルを手に入れることはおろかエルフの里さえ消えて無くなってしまうかもしれない。
「やるしかねぇよな。エルトスラッシュ!」
アルスは剣を振り上げ勢いよく振り下ろした。衝撃波がデスモスを直撃する。
グギァァァ‼︎ 幼虫の時にはまったく歯が立たなかったエルトスラッシュだったが成虫になったデスモスにはそれなりに効果があるようだった。
「凄いよ! アルス! デスモスにダメージを与えられてる!」
「まぁな。洞窟の中じゃ力をセーブしてからな」
「そういうことか」
「次は私の番ね。フェノム!」
ルヴィスから放たれたフェノムの火球はデスモスの体に当たり弾けるとその体を炎で包み込んだ。
ギァガァギギィィィイ! 奇声をあげもがくデスモスだったが羽をバタつかせ炎を振り払うと反撃に転じた。
バサバサと大きく羽ばたかせた羽からは黒い鱗粉が降り注ぎそれを吸い込んだ僕たちは一斉に咳き込んだ。
「皆さん! これ以上この鱗粉を吸い込んではいけません! これは毒です!」
口と鼻をハンカチのような布で覆ったクラニが叫んだ。
毒? たしかに言われてみれば少し吸い込んだだけなのにとても息苦しい。
続けてデスモスは針のように尖った体毛を飛ばしてきた。そのほとんどは防具のおかげで体に直接当たることはなかったがうっかり刺さってしまった左手が痺れる。
どうやらこの体毛にも毒が入っているようだ。やがて毒は全身へ回り始めだんだんと意識が遠退く。
「……っかり! アオ……これを」
朦朧とする意識の中途切れ途切れに聞こえてくるジェナの声と共に口に何か小瓶のようなものが差し込まれた。
ウグッゴクッ。
僕は小瓶の中の液体を飲み込んだ。すると先程までの苦しさが嘘の様に消え意識もしっかりと戻ってきた。
「ジェナさん。助かりました。ありがとうございます」
ジェナが僕に飲ませたもの。それはエルフの秘薬だった。エルフの秘薬はその名の通りエルフ族が調合する薬でありとあらゆる体の不調を治す門外不出の万能薬である。
「貴重な薬を申し訳ないです」
「何をおっしゃいますか。アオイ様をお助けするのは当然にございます。アオイ様だって私を助けて下さったじゃないですか」
そんな会話を遮るようにまたデスモスが攻撃を仕掛けてくる。今度はその羽で起こした強風で僕たちを吹き飛ばした。
「痛てて」
「大丈夫アオイ?」
「僕は平気だよ。ルヴィスは? ケガとかしてない?」
「うん。私も平気。この防具のおかげでほとんど無傷よ」
「僕も同じ。それにしても厄介な羽だ。さっきからアレにやられっぱなしなんだよな。せめてヤツを地上に降ろせればどうにか出来そうなんだけどな」
「そういうことなら俺に任せてよ。ヤツを地上に落とせばいいんだろ?」
そう言って弓を構えたのはロイだった。
「ブレイクショット!」
ロイの放った矢は見事デスモスの羽の付け根に刺さりデスモスは失速し地面にその巨体を叩きつけた。
「今だ!」
僕とアルスはロイの合図でデスモス目掛けて飛び込みその羽を切り落とした。
「これでこいつはもう空を飛べねぇ。トドメをさすだけだ」
「アルス、こいつはもう戦えない。だからトドメをさすのは」
やめようと言おうとした瞬間ルヴィスが僕の口を手で押さえた。
「今回はダメよアオイ。デスモスにはトドメをさして確実に殺さないとダメ。魔虫は魔力を宿した虫で普通の虫とは違うって言ったでしょ? そのまま放っておいたらその魔力がまた別の虫に乗り移っていずれまたどこかで惨事を引き起こすことになるわ」
「……わかった」
「それじゃいくよ」
ルヴィスがフェノムを放つとデスモスは炎に包まれ最後は灰になり風に吹かれ消えていった。




