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第4話 契約の代償

「美味しそうですね」


 目の前に置かれたスープを覗き込んだ僕に女はニッコリと微笑み言う。


「とっても美味しいよ! 私このスープが大好きなの。ここには他にもいろんなメニューがあるんだけど結局これにしちゃう」

「へぇ〜」

「それじゃ冷めないうちに頂きましょう。いっただきまーす。はい、あ〜ん♪」


 あ〜ん⁉ 驚きのあまり思わずポカンと開いてしまった口に女がスープを運ぶ。


 ……ごくん。


 美味い。そしてこんなタイミングで『あ〜ん♪』の時が訪れるだなんて。神様、ありがとうございます!


 スープを飲み込んだ僕は突然の出来事に驚きながらも人生初となる『あ〜ん♪』の余韻に浸った。


「どう?美味しい?」

「はい! 美味しいです! 凄く美味しいです!」


 スープは本当に美味しかった。よく煮込まれた肉と野菜はほとんど噛む必要がないほど柔らかくスープは具材の旨味が溶け込みなんともやさしい味わいを醸し出していた。それはあ〜んの感動を差し引いても変わらない味だ。


 それから僕たちはしばらくの間あ〜んどころか会話すらなく黙々と食事を続けた。僕は単純に何を話してよいのかわからなかっただけだが女は何か考え込んでいる様子で心ここにあらずといった感じだった。そんな中口を開いたのは女の方だった。


「さっきの話しの続きだけど、凄く悩むのよね」


 女は一口大にちぎったパンをスープに浸しながら言った。


「悩むって何をですか?」

「契約の代償よ」

「代償?」

「そう代償。血の契約には願い相応の代償が必要なの。でも、その……」


 女は照れくさそうにもじもじとしながら言葉をつまらせたが深呼吸をした後真っ直ぐに僕の目を見つめ話しを再開した。


「正直に言うわね。私、血の契約を結ぶの初めてなの。だから何を代償にしたらいいかわからなくて」


 契約が初めてってのも意外だったが代償を選択できるような口ぶりに僕は驚いた。それは血の契約だなんていかにも悪魔的な契約の類いに聞こえたそれの代償は命1択だと思ったからだ。


 だとしたらこの契約が初めてで代償も何にして良いのかわからないという好機を逃してはならない。そう考えた僕はなんとしても命が代償の候補とならない方向に話しを持っていかなければと思考をフル回転させた。


 結果出た答えは携帯電話に頼ってみるというものだった。


「なるほど。考え込んでいた理由はそれでしたか。それなら……」


 僕はスーツの内ポケットに右手を突っ込むと携帯電話を取り出し電源ボタンを押した。するといつものようにロック画面が立ち上がりパスワードを入力するとホーム画面に移った。


(ひとまず電源は入るな。ならネットは……)


 十中八九無理だと分かっていながらも画面右上に視線を移す。案の定そこにアンテナマークは見当たらない。ダメ元でネット検索を試みるがやはり繋がることはなかった。


(ハハ。さすがにダメだよな)


 ならコレはどうだ? 僕は端末に保存されている画像を開いてみることにした。もしこの中に保存されている画像を見ることができれば代償の参考になる何かが見つかるかもしれない。そう考えたからだ。


(よし! 画像は見られる! なら動画は?)


 動画もまったく問題なく見ることができる。ではこれはどうだろう。僕は試しに携帯電話を女に向け画面下のボタンを押してみた。カシャ。シャッター音が鳴り画面下に保存されたであろう小さな画像が映し出される。画像を指でタッチし拡大するとそこには不思議そうな顔をする女の姿がしっかりと写っていた。


「うん。撮れてる撮れてる」

「何それ⁉ ちょっと見せてもらってもいい?」

「ど、どうぞ」


 女は携帯電話を手に取ると目を輝かせた。


「……凄い。何これ。鏡みたいに私の姿が写ってるけどそれとはぜんぜん違う。こんなのはじめて見た。これってなんていう魔法道具なの?」


 魔法道具? そうか確かにこの娘にしてみれば魔法道具に見えて当然だよな。本来なら『これはスマートフォンと言ってスマホなんて呼ばれてまして』なんて説明をはじめるところかも知れないがせっかく未知の道具と捉えてもらっているのだから別に何か考えるのも有りかもしれない。


 電話としては機能しないわけだからフォンという言葉は取ってみるか。スマート、スマ。これは無いな。次に機能面から考えてみる。写真に動画に計算機にカレンダーにメモに……その他諸々。


(何気なく使ってたけどこんなに色んな機能があったんだな)


 よくよく見るとその機能の多さにあらためて驚かされる。沢山の機能が備わっていることを言葉で表すとしたら……多機能、かな? たきのう、タキノウ……ん〜。


「ほんと不思議ね」


 不思議? なるほど不思議か! 確かに初めて見たら不思議だよねこれ! 女の呟きがひらめきを呼んだ。


(不思議な道具……横文字っぽく言うとマジカルツールか? ……略してマジール! これだ!)


 少々安易でネーミングセンスに欠けるかもしれないが僕自身気に入ったのでこれでいくことにした。


「えっと、これはマジールといって色々な機能、あ、いや魔法がこれ1つに集約されているとても便利な道具です。今見てもらっているのは画像といって鏡に写したようなをこの中に取り込むことができるものです。その他にも動画といって動きのある画を取り込むこともできます」

「どうが?」

「説明するより見てもらったほうが早いと思います」


 僕は保存されている動画を開いた。すると画面にはチャペルの階段をゆっくりと降りてくる花嫁と花婿の姿が映し出された。それは先日呼ばれた友達の結婚式で撮影したものだ。


「……綺麗。これはキミの国の王族か貴族の舞踏会?」

「舞踏会⁉ いやいやこれはただの結婚式ですよ。それに王族でも貴族でもない一般庶民の」

「一般庶民⁉ 信じられない。一般庶民がこんな綺麗なドレスを着て結婚式を挙げられるだなんて……でもそっか。マジールを作っちゃうような国だもんね。うん」


 女はひとり納得した様子で深くうなづいた。


「決めた! これにする! このドレスを代償にする!」


 女は花嫁の画像を指差し言った。


「ウェディングドレスをですか?」

「う、うぇ?」

「ウェディングドレスです。このドレスは花嫁が着る特別なドレスなんですよ」

「花嫁が着る特別なドレス……まさに今回の願いに相応な代償。そうと決まれば」


 女は古びた本をテーブルの真ん中で開くと魔法陣に左手をかざした。


なんじあるじルヴィスの名において血の契約の続きを執り行う」


 ルヴィスと名乗った女に呼応するように魔法陣が青白い光りを放つ。


「願い主たる……そうだ。キミの名前聞いてなかったわね」

「そういえば。すみません。名乗るタイミングがなかったというか何というか」

「いいのよ。私の方こそ名乗ってなかったもの。私はルヴィス。キミは?」

「僕は海堂かいどう あおいと言います。周りにはアオイって呼ばれることが多いです」

「カイドウ アオイ。いい名前ね。なら今後は私もアオイって呼ばせてもらうわね。ちなみに私のことはルヴィスでいいからね」

「はい。わかりました」

「それと! 敬語はやめて」

「わかりま……いや、わかったよルヴィス」


 照れくさくて後頭を掻いた僕を見てルヴィスは嬉しそうに微笑んだ。

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