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第37話 インセクト

「ではシークルは用意でき次第届けさせるとしよう」

「あ、ここで頂けるわけではなかったのですね」


 しまった。この場ですぐにもらえるとばかり思い込んでいた僕は思わずそんな事を口走ってしまった。


「アオイ殿、すまぬな。すぐにでも渡してやりたいのは山々じゃが近頃聖樹の綿毛が手に入らなくての。シークルを思うように作れぬのだ」


 テシアが言うには聖樹の自生地に甲冑かっちゅうイモ虫が居付いてしまったことが原因だといいエルフ族ではどうにも対処出来ないでいるという。


「あの、その甲冑イモ虫っていうのはどんな虫なんですか? 名前からしてすごく硬そうですけど」


 甲冑イモ虫など当然知らない僕は素直に質問をぶつけた。


「アオイ殿は甲冑イモ虫を知らぬのか?」

「はい」

「そうか。ならば教えてやろう。甲冑イモ虫というのはな……」


 テシアの説明によれば甲冑イモ虫はオルファム蝶という巨蝶の幼虫で体を覆うその表皮は並みの剣や弓矢ではキズひとつ負わせることができないほど硬くエルフ族の扱う弓矢もまた、例外なくこの甲冑イモ虫には通用しないのだという。


 その話しを僕の後ろで聞いていたクラニがポツリと言う。


「変ですね」

「変? 何かおかしな事があるの?」


 僕は首を傾げるクラニに言った。


「はい。この時期ならオルファム蝶の幼虫は成虫になっていてもおかしくないはず。それに本来聖樹にはそのような虫を寄せ付けない魔力があると聞いた事があるのですが」

「クラニ殿といったか。ソナタは物知りであるようじゃな。そなたの言う通り甲冑イモ虫はこの時期ならば既に成虫になっておるはずじゃし聖樹に居付くこともない。じゃが今回はどういうわけかイモ虫が居付いてしまっておるのじゃ」

「という事は聖樹もしくはそのイモ虫に何らかの異変が起きている。あるいはその両方なのかもしれませんね」

「その通りじゃ。じゃがしょせんはイモ虫よ。放っておけば時期に成虫になり巣立っていくじゃろう。その時期がくればまたシークルを作ることができる。明日、明後日の話ではないが少々気長に待ってはくれぬか?」


 するとこれまで黙っていたルヴィスが口を開いた。


「テシア様、そのような悠長な事は言ってられないかもしれませんよ? その甲冑イモ虫、虫を寄せ付けないはずの聖樹の魔力の影響を受けないだなんて明らかにただのイモ虫ではないと私は思うのです。そんなものを放っておいたら何が起こるか」

「ルヴィス殿。わかっておるのじゃわらわも里の民も。我らの力ではどうすることもできぬことをの」

「なら私たちが何とかします。ね、アオイ」

「え? あ、はい! 僕たちに任せてください」


 突然話しを振られた僕は慌ててそう答えた。


「良いのか⁉︎ いやダメじゃ。ただでさえわらわのせいでジェナとロイを危険な目に合わせたというに大切な客人までそのような目に合わせるわけにはいかぬ」

「何を言ってるんですか。テシア様よくお考え下さい。そのジェナとロイを助け出したのは他でもない貴女の目の前にいる私たちですよ? 危険なんてはじめからわかっていること。それでも私たちならやれる自信があるのです」

「ルヴィス殿……」

「それに私たちはどうしてもシークルが欲しいのです」

「……じゃが」

「テシア様!」

「ううむ……わかった。そなた達に託す」

「そうこなくっちゃ。それじゃ皆んなさっそくそのイモ虫のところに行くわよ」

「案内は私がします」


 道案内を名乗り出てくれたジェナのもと僕たちは聖樹の自生地に向け街を出発した。聖樹はぐるっと湖の対岸まで歩いた先にある洞窟の中に自生しているという。


「皆さん入口に着きましたよ。この奥が聖樹の自生地です。では用心して参りましょう」


 薄暗く湿った空気が漂うそこは分かれ道など無くひたすらに奥へと一本道が続いていた。最奥まで到達した僕たちの目には自ら発光するコケに覆われた広く明るい空間が映っていた。


「……凄い」


 空間のありとあらゆる場所に自生する聖樹はコケの放つ青白い光りにぼんやりと照らされまるで宙に浮いているかのように見えた。僕はその光景に息を飲んだ。


 そんな感動に浸ったのも束の間。ズ、ズズズと何かが地を這う音と共に噂のイモ虫がその姿を現した。


 赤黒く硬そうな表皮をうねらせるその姿はいかにも危険ですといった雰囲気を醸し出していた。

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