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第35話 エルフの里

「御者さん。ここで止めて下さい。降ります」


 ロイに声をかけられた御者が馬車を止めた。


 ルッカ行きの馬車に乗りベレンを後にした僕たちは森の入り口にさしかかったところで馬車を降りた。


「ここから先は歩きだよ。道案内は俺と姉さんがするからついてきてくれ」


 ロイはそう言うとジェナと共に先頭を歩きはじめた。


「あのロイさん。この先は迷いの森ですよね? 大丈夫なんでしょうか?」


 クラニが心配するのも無理はない。この先に広がる迷いの森は常に深い霧が立ち込め木々が勝手に動きまわり道を変えてしまうことから消息を絶つ者が後を絶たない場所だからだ。


「俺らと一緒なら何も心配いらないよ。俺たちエルフ族はこの森と友達だからさ。でもはぐれたらダメだよ」


 ロイは歩きながらそう答えるとうっそうと木々が茂る森の中へと足を踏み入れた。しばらく進むとうっすらと辺りが霧がかりはじめさらに進むと先頭を歩くロイがぼんやりするほど深い霧が辺りを包み込んでいた。


「なぁロイ。なんも見えねぇけどほんとにこっちであってんのか?」

「アルス。俺らは森と友達だってさっき言ったろ? ほら見てごらん。森が案内してくれてるだろ?」


 言われてみれば確かにそうだ。ハッキリと道が出来ているわけではないが僕たちの前方には木々が肩にぎりぎり当たらないくらいの隙間が常に空いていた。


 景色のほとんど変わらない森の中を歩くこと一時間、ロイとジェナが足を止めた。


「アオイの兄様とアルスは俺と。ルヴィスの姉様とクラニの姉様は姉さんと手を繋いで」

「結界魔法ですね!」

「ご名答。さすがはクラニの姉様だ。今俺らの目の前には見えてないけど魔法で出来た結界の壁がある。これは知っての通り俺ら里のエルフしか通れない。けど例外があって俺らに触れていれば一緒に通ることができるんだ」

「なるほど。だから手を繋ぐんだね」


 僕は右手を握りポンっと左の手のひらに当てた。


「そう言う事。さ、皆んな手を繋いで。いいかい? 結界を越えるよ。せーの!」


 まるで旅人が国境を越える記念に国境線をジャンプしてまたぐように僕らは飛んだ。


「なぁロイ。これってもう結界は越えてんのか?」

「越えてるよ」

「マジか。期待して損したぜ」

「はぁ? アルスは何を期待してたんだい?」

「そりゃ魔法で出来た結界なんて言うからよ。どんなすげー抜け方すんのか期待するだろ?」

「そうかな」

「そうだよ」


 何気に僕もアルスと同じように期待していた口だったからすんなり何事もなく結界を越えたことに肩すかしをくらっていた。


 結界を越えるとそこに辿り着くまでは三〇分とかからなかった。


「うっわ〜綺麗! すごーい! 広ーい!」


 目の前に広がる光景に両手をいっぱいに広げはしゃぐルヴィス。


 そこは霧が晴れ眩しい日の光りがさんさんと降り注ぎ優しくそよぐ風で水面がキラキラと輝く針葉樹に囲まれた美しい湖だった。


「迷いの森の奥にこんな美しい湖があっただなんて知りませんでした。もしかしてここがエルフの里なのですか?」


 クラニは両手の手のひらを胸のあたりで合わせ言った。

 するとジェナがペコリとお辞儀をした。


「はい。ようこそ。エルフの里フェネルテシアへ。それでは参りましょう」


 ジェナはそう言うと湖に向かってまっすぐに歩きはじめた。いやいや参りましょうってそれ以上行ったら湖に落ちちゃうでしょ……って危ない! と思わず声が出そうになった時だった。


「すごーい! 見て見てアオイ! ジェナが浮いてる!」


 ルヴィスが指差す湖面にはたしかにジェナが立っていた。


「皆さんもどうぞこちらへ」

「ジェナさん。そこって僕たちは落ちたりしないですか?」

「フフ。アオイさん大丈夫です。落ちたりしませんよ。こちらにいらして下さればわかりますから思い切って来て下さい」


 僕は恐る恐る湖面に足を下ろした。


「ワッ! 橋だ! 吊り橋だ! え⁉︎ なんで? さっきまでまったく何もなかったのに⁉︎」

「この吊り橋は湖岸からは見えないようになっているんです」

「へぇ凄いわね。これも魔法なの?」


 あれだけ慎重に降りて来た僕とは対照的にルヴィスはぴょんっと臆する事なく飛び乗ってきた。


「はい。これも魔法です」

「エルフ族って凄く高度な魔法を使えるのね」

「いえ。私も詳しい事はわかりませんがその昔とある偉大な魔女様が残されたものだそうです。私たちはそれを代々守り続けているにすぎません」

「ふ〜ん。いつの時代か分からないけど代々ってことはそれなりに昔の話しってことよね。そんな魔法が今も効果を維持できてるなんて。やっぱりエルフ族は凄いわよ」

「そう言って頂けるとなんだか私たちも嬉しいです。きっと女王様もお喜びになりますよ」

「姉さんそろそろ行かないと女王様がへそ曲げるよ」

「そうね。あ、そうだ皆さん。これから里へ入ったらまず女王様に会って頂くのですがひとつお伝えしておかなければならないことがございます。それは女王様はとてもわがままなお方だということです」


 うん。知ってた。誰もがそんな顔をしていた。だって自分がスイーツを食べたいがためにロイとジェナをわざわざ外界へ遣わすほどだよ。わがまま以外のなにものでもないでしょ。それにしてもシークルの為とはいえそんな女王に会わなければならないというのはなんとも憂鬱な話しだ。


 そうこう考えているうちに僕たちは吊り橋を渡り終えエルフの里フェネルテシアへ到着した。


「里なんていうからちっちゃくてのどかな風景を想像してたけどぜんぜん違ったわね。でもこれはこれで凄く素敵なところね」


 そこは僕のいた世界で例えるならハルシュタットの町のようなところだった。


 僕たちは里の中心にそびえ立つ巨木に建てられた女王の城を目指し里のメインストリートを進む。


「ねぇさっきから人っ子ひとり、いやエルフっ子ひとり見当たらないんだけどどうして?」

「ルヴィスの姉様達を警戒してるんだよ。里の皆んなは外の人に会った事がほとんどないからね」

「そっか。そういう事ね」


 ロイの返答に納得した様子のルヴィスは時折り窓やドアの隙間からこちらを覗く里のエルフたちに笑顔で手を振った。


「さぁ皆さん着きましたよ。ここが女王様のお城です」


 僕たちに気づいた門番が近づき言う。


「おお! これはジェナ様にロイ様ではございませんか! 先程女王様がお二人らしき気配を感じたとおっしゃっておりましたが本当にお戻りになられていたのですね! ムム! そこの人間族は何者⁉︎」

「この方々は私たちの命の恩人です。無礼な態度は私たちが許しませんよ」

「命の恩人? お帰りが遅いとは思っていましたがいったい外で何があったのですか?」


 ジェナとロイは簡単に自分たちの身に起きたことを門番に話した。


「何と! そのような事態になっておられたとは。事なきを得たことは本当によかった。アオイ様並びにお仲間の皆様、お二人のお命を救って頂き誠に有難うございます。ささ、どうぞ城の中へお入り下さい。女王様がお待ちですぞ」


 城の門をくぐった僕たちは女王の待つ謁見の間を目指し巨木に沿う階段を登ったりフロアとフロアを結ぶ橋を渡ったりしながら上へ上へと進んだ。

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