第33話 クラニの思い
「みんなぁ見て見てぇ。いくよぉ〜。それぇ!」
リルエマはみんなを注目させるといつの間に用意していたのか右手に持ったハンマーでゴンゴンとサーマフィッシュの岩塩を叩きはじめた。叩く度に岩塩がひび割れ崩れ落ちやがて中からふっくらと焼き上がったサーマフィッシュが姿を現した。
「良い香りですね」
「いろんなぁ香草がぁ入ってるからねぇ。はいどうぞぉ。冷めないうちにぃ召し上がれぇ」
手際よくサーマフィッシュを切り分けそれぞれの皿に乗せていくリルエマ。
「ん〜これは絶品です! 幸せ〜」
クラニは目をつむり左手で頬を押さえた。
「ほんとね。すっごく美味しい」
ルヴィスもクラニと同じように目をつむると右手を頬にあてた。そんな中ジェナだけは様子が違っていた。
「美味しい。本当に美味しい……」
「どうしたんだい姉さん⁉︎」
ジェナを見たロイが慌てる。それもそのはずフォークをくわえたままうつむくジェナの目からはポロポロと大粒の涙が溢れ落ちていたからだ。
「里の外にはこんなにも美味しいものが溢れこんなにも優しい人がたくさんいるというのに。なんで私たちはそんな素敵な世界を拒絶しているのでしょう……」
「姉さん……」
誰も沈黙した2人にかける言葉が見つからず全員が食事の手を止めてしまった。
「ご、ごめんなさい。気にしないでください。さ、皆さんお料理が冷めてしまいますからいただきましょう」
それに気づいたジェナは涙を拭い無理やりに笑顔を作るとサーマフィッシュを口いっぱいに頬張った。
それからは当たり障りのない会話が続き何事もなく夕食の時は過ぎた。
「ではアオイ様、出発は明朝ということで。おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
食事を終えた僕たちは思い思いにくつろいだ後男女に分かれ相部屋で寝ることになった。男部屋はベッドに寝転ぶなり早々に全員が眠りにつき日が登るまで誰1人として起きることはなかったが女部屋ではクラニが1人寝付けないでいた。
「はぁ」
クラニは小さくため息をつきベッドから起き上がると部屋を出て行った。
(あれぇ。クラニちゃんたらぁこんな時間にぃどこ行くんだろうぉ?)
クラニが部屋から出て行ったことに気がついたリルエマは彼女の後を追い家の外に生えた木の木陰に座るクラニを見つけるとその隣に座った。
「クラニちゃん。どうしたのぉ? 眠れぇないのぉ?」
「リルエマさん」
浮かない顔で夜空を見上げるクラニ。
「クラニちゃん。何かぁ悩んでるぅことがぁあるんじゃないぃ? 私でぇよければぁ聞くよぉ?」
「……本当、なんでしょうか?」
クラニは少し声を詰まらせながら話はじめた。
「ルヴィスさんがアオイさんの妻だというお話し。あれは本当なのでしょうか?」
「ん〜そうねぇ。私もぉほんとのことはぁ知らないけどぉあの様子だとぉきっとぉほんとだとぉ思うわぁ」
「やっぱりそう、ですよね」
「クラニちゃん、もしかしてぇアオイのことぉ」
リルエマの会話を遮るようにクラニが彼女の口の前に両手をかざした。
「……はい。私はアオイさんのことが好きです」
クラニは目に薄っすらと涙を浮かべ言った。
「アオイさんに初めてお会いしたのは私の雇主であるファルマン様の店にアルス様がお二人を連れて来られた時でした……」
クラニは僕との出会いをリルエマに語りはじめた。
「アルス様のご友人であるお二人に旅の装備を一式揃えて欲しいとのご依頼を受け私が見立てに入りました。初めはどこかの貴族の御子息がいらしたくらいにしか思いませんでしたのでお好きなものを選んで頂き早々にお引き取り願うつもりでした。なぜなら貴族の方に限らずお金持ちの方のほとんどは私の見立てなど必要としていないからです。ですがアオイさんは違った……」
先程まで悲しそうな顔で語っていたクラニの表情がはにかんだ笑顔に変わる。
「あの日、アオイさんは私に防具も武器も選んでほしいとおっしゃいました。そして私が選んだモノを本当に喜んで下さいました。私の選定ミスでお怪我を負わせる寸前だった大失態にも怒ることなく許して下さいました。そして旅に同行することになりアオイさんが身分など関係なくどんな人にでも優しく気遣いをされる方だということを知りました。それは今もなんらお変わりありません。私はそんなアオイさんに心惹かれていったのです」
「クラニちゃん……」
リルエマの言いたいことは、クラニにはわかっていた。それは叶わぬ恋だということ。僕にはルヴィスという女性がいるという現実。
「はい。わかっています。私はルヴィスさんのことも好きです。ですからお二人を裏切るようなことはしたくないのです。それに今の関係が崩れてしまうのが怖いのです。アオイさんとルヴィスさんに出会った時から何となくわかっていました。お二人がただの冒険仲間でない事くらい。だからどんなにアオイさんを好きになろうとも私は片想いを貫くと誓いました」
片想いを貫く。その言葉を聞いた瞬間リルエマの目の色が変わった。
「クラニちゃん、本当にそれでいいの?」
「はい。もう決めたことですから。ですが正直なところ今日の出来事は辛かったです。お二人の関係を自分なりに頭の中で理解していたつもりでした。けれども現実を目の当たりにしてしまうとこんなにも胸が痛むだなんて思ってもみませんでした」
そう語ったクラニの顔は今にも泣き出しそうだった。
「クラニちゃん。我慢しなくていいよ。おいで」
リルエマは優しくクラニの顔をその豊満な胸に埋めた。するとクラニは堰を切ったかのように声をあげて泣いた。
「……リルエマさん。ありがとうございます」
「もう大丈夫なの?」
「はい! 大丈夫です! これで明日からもちゃんとアオイさんとルヴィスさんの顔を見られます! それに私にはアオイさんとルヴィスさんの身の回りのお世話をするというファルマン様から仰せつかった大事な役目がございますからいつまでもヘコんでいるわけにはいきません!」
「強いのね。クラニちゃんは」
「強いですか?」
「強いわよ。私だったら目の前で好きな人が別の人といる姿なんて見てられないもの」
「フフ。たしかにそうですね」
「ね、そうでしょ。でもクラニちゃんはそれを大丈夫だって言うんだからそれは強いのよ」
「そうですね! 私、強いです!」
「ハハ。クラニちゃんのそういうとこ私も見習わないとかな。それじゃ明日も早いだろうから部屋に戻って寝ましょう」
「はい!」
元気を取り戻したクラニはリルエマと部屋に戻り寝床についた。




