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第32話 交渉の鍵

「そうだアオイ様。先程リルエマ様から聞いたのですがなんでもシークルをお探しだとか」

「はい。そうなんです。ジェナさん、単刀直入にお聞きします。シークルを分けて頂くことはできますか?」

「それは何とも」


 ジェナの返答はできるともできないとも言えないものだった。


「何とも、ですか。それはダメかもしれないけれど逆を言えば分けてもらえるチャンスがあるかもしれないって事でもありますよね?」

「はい。アオイ様のおっしゃる通りです。シークルはエルフ族にとってとても大切で特別なもの。それゆえ女王様の許可を得ない限り触れることすら許されない。それはたとえ里の者であっても。ですから普段であれば『できません』と即答するところです。しかし今回はそうではありません」


 ジェナが言うには僕たちがジェナとロイを盗賊たちから助けたという恩義を女王は無下にしないはずだといい交渉次第ではシークルを譲り受けることができるかもしれないという。


「交渉ですか。いったいどんな交渉をしたらいいのか……」

「アオイ様、女王様との交渉は私にお任せください」


 何かを確信しているジェナの表情は自信に満ち溢れていた。


「リルエマ様、お願いがございます」

「お願いぃ? なぁにぃ?」

「エントランスロックパンケーキをもう一度焼いて頂きたいのです。もちろん一人分の大きさで構いません」

「いいよぉ」


 パンケーキ? 突然切り替わった話題にまったくついていくことができない僕の頭の上には特大のクエスチョンマークが浮かんだ。


「急に何を言い出すのかって思われましたよね? でもこのリルエマ様のエントランスロックパンケーキこそが女王様との交渉を成功に導く鍵なのです」


 パンケーキが交渉の鍵とはいったいどういうことなのか。それは女王の命に深く関係していた。


「ベレンの街へ行きとびきり美味しいスイーツを買ってくること。それが私とロイが女王様から仰せつかった命なのです。そしてリルエマ様のエントランスロックパンケーキはまさにその命にうってつけ! 間違いなく女王様はお喜びになられます!」


 街に行ってスイーツを買ってくることって……それ普通におつかいじゃない? 僕は当たり前のようにそうとらえてしまったが極力外界との接触を避け暮らすエルフ族からすれば街へ買い物に出るなど女王の命でもない限り発生することのない一大イベントだ。


「なるほどそういうことですか。ではパンケーキを女王様にお渡しすれば代わりにシークルを譲り受けることができるということですね?」


 ジェナが首を横に振る。


「ただパンケーキを渡すだけではシークルを譲り受けることは叶いません」

「ではどうしたら?」

「交渉の順序です」

「順序?」

「はい。きちんと順序立てて交渉に望めば必ず上手くいきます」


 ジェナの交渉プランはこうだ。


 まずは盗賊の一件を説明し僕らが2人を助けた事を強くアピールする。こうすることで恩義を無下にできない状況を作り褒美の話しを引き出すという。


 褒美の話が出たらすぐにシークルと答えるのではなく悩むふりをして一旦話しをスイーツに切り替える。ここでリルエマのエントランスロックパンケーキの出番だ。


 パンケーキを口にした女王はテンションがぐんぐんと上がりどんどん気分が良くなっていくという。そしてテンションが最高潮に達したその時、再び褒美の話しを持ち出す。


 褒美は決まったか? と聞かれたらそこではじめてシークルと答える。するとテンションMAXの女王はそれを快諾してしまう。というものだ。


「なるほど。でも仮に、仮にですよ。計画通りに事が進まなかったら」

「進みます! いえ進ませてみせます! だから大丈夫です!」


 食い気味に答えたジェナに誰かさん(アルス)と同じ匂いを感じてしまった僕は一抹の不安を覚えた。だからと言ってジェナの言う事を信じないという選択は僕にはなかった。なぜならここでシークルを手にできなければ言うまでもなく僕たちの旅は終わりを告げてしまうからだ。


 そんなのは、イヤだ! 僕は迷う事なく、旅が終わってしまう事を否定した。


 それは、向こうの世界では、彼女すらいなかった僕が、こんなに可愛いくて美しい女性(ひと)と、理由はどうあれ付き合うを通り越して、結婚できるという千載一遇のチャンスを与えられたのだから、それを逃すわけにはいかない。そう思ってしまったからだ。


 けれども、自分勝手かもしれないが、見方を変えれば、これはお見合いに似た状況かもしれないと僕は思っている。だから、お互いのことをもっとよく知るためにも、この旅は続ける必要がある。続けなくてはいけないと、そう思うのだ。


「ジェナさん。ごめんなさい。僕、変なこと言ってしまいましたね」

「いえ。そんなことはありません。アオイ様が不安に思われるのも無理もありません。ですが私も負け戦をするつもりはありません」

「はい。僕はジェナさんを信じてます」

「アオイ様! 嬉しい」


 どうやら今回は僕がいけなかったようだ。


 信じているという言葉にジェナがキュンときてしまったらしく再び赤い糸がどうのこうのと言いはじめそれを面白く思わないルヴィスとまた小競り合いをはじめてしまったのだ。


「はいはぁ〜い。二人ともぉおしまぁい」


 そう言ってルヴィスとジェナの間に入り小競り合いを止めてくれたのはリルエマだった。


「リルエマさん。ありがとうございます。そしてすみませんでした」

「別にぃいいよぉ。だけどぉアオイぃ優しいだけじゃぁダメだよぉ」

「はい。気をつけます」

「はぁ〜い。それじゃぁルヴィスちゃんとぉクラニちゃんとぉジェナちゃんのぉ3人はぁキッチンでぇ晩御飯の支度を手伝ってぇくれるぅ?」


 3人は『はぁ〜い』といい返事を返すとテキパキと動きリルエマの手伝いをこなした。


「アオイとぉアルスとぉロイくんはぁテーブルを拭いたりぃグラスやぁ食器をぉ運んだりぃしてくれるぅ?」

「おう! 任せとけ!」

「任せて。リルエマの姉様のお願いを俺が断るわけないから」

「はい。任せて下さい。リルエマさん、ふきんってありますか?」

「アオイ〜これぇ使ってぇ」


 僕たちがテーブルの準備を終えるとリルエマたちが次々と料理を運んできた。テーブルいっぱいに並べられたサラダにスープにパン。最後にメインディッシュのサーマフィッシュの岩塩包み焼きがテーブルの中央に置かれ食事の支度が整うと僕たちはテーブルを囲むように席についた。


「うわーどれもこれも美味しそうですね」

「ほんと美味そうだぜ」

「姉様方は料理上手だね」

「料理が上手なのはダントツでリルエマさんよ。けどみんなで協力して頑張って作ったからね」


 ルヴィスが得意気に言うとクラニがはいと笑顔で答え続けてジェナもにっこりと微笑んだ。


「それじぁ。お手てをあわせてぇ。いただきまぁ〜す」


 リルエマのいただきますの言葉に僕たちも一斉にいただきますを返した。

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