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第3話 ルッカ亭

 眩い光りに包まれてから数秒後、両足が地面につく感触と瞼越しに光りが消えていく感覚を感じ取った僕は握ったままの右手に伝わる温もりと相まって無事目的地に着くことができたと確信した。


 思わず目を開けてしまいそうになったが先程の約束を思い出し瞼を閉じたまま女の合図を待った。


「もう目を開けても大丈夫よ。今度はちゃんと着いたから」


 目を開けると僕たちは街を見下ろせる城壁の一角に降り立っていた。城壁に囲まれた赤い屋根と白い土壁の家が建ち並ぶ街並みは中世ヨーロッパの景色に近い。眼下に広がる異世界ファンタジーな光景に僕はテンションが上がった。


「凄い! 凄いよ! 本当にここは異世界なんだ!」

「異世界? 何を言ってるの? よく分からないけどまずはご飯ご飯」


 女に手を引かれ城壁の階段を下るとすぐに大通りにぶつかった。そこは夜だというのに屋台の灯りで昼間のように明るく大勢の人々で賑わっている。


「凄く賑やかな所ですね」

「そうね。ここは商いが盛んな街だから昼も夜もこんな感じでいつも賑やかね」


 道の両脇に並ぶ屋台からは肉や魚などを焼く香ばしい香りや色とりどりな果物の香り、はたまたお菓子のような甘い香りなど空腹の僕にはとにかく酷な良い香りが漂っている。


(あ〜あの串焼き肉美味そうだな〜。あ! あの肉まんみたいなやつも美味そう! お! ここは何だか分からないけどきっとお菓子か何かだな)


 などと様々な屋台の食べ物に目移りしながら進むこと数分。女は突然グイッと僕の手を強く引き大通りから外れると細い路地へ入った。


「あ、あれ?」


 てっきりどこかの屋台で食べると思い込んでいた僕は拍子抜けしてしまった。しかし女はそんな僕に構うことなく迷路のような路地を縫うように歩きやがて一軒の小さな店の前で足を止めた。


「ここよ」


 女の指差した店のドアには【ルッカ亭】と彫られた小さな木のプレートが吊るされていた。


「入るわよ」


 ドアを開けた女に続き、店へ入ると頭に白い三角巾を巻いた割烹着姿の老婆がカウンター越しに出迎えてくれた。


「いらっしゃい。おや、こんな時間に珍しいね。それにお連れさんまでいるなんて」

「こんばんは。遅くにすみません。まだ注文できますか?」

「ええ。さぁこちらへどうぞ」


 老婆はにっこり微笑むと店の一番奥のテーブルに案内してくれた。


「お嬢ちゃんはいつものかい?」

「はい。お願いします」

「お連れさんは?」

「あ、えっと、僕も同じでお願いします」

「はいよ」


 カウンターへ戻った老婆は壷のような形をした口の広い鍋に水を張るとそれを火にかけ湯が沸くまでの間包丁片手に慣れた手付きで野菜や肉を調理しはじめた。


「さてと、何にしようかな?」

「え? 何か注文し忘れたんですか?」


 プクククっと女が笑う。


「違うわよ。料理じゃなくてコレよ」


 女はあの古びた本をテーブルの上に置くと魔法陣が描かれたページを開いた。


「契約はまだ仮って言ったでしょ」


 そう言えばそんな事を言っていた気がする。けどそもそもその契約って何だ?僕は率直に疑問をぶつけてみることにした。


「あの」

「ん? なぁに?」

「その、コレって何の契約ですか?」

「へ?」


 ひきつる女の顔。これは明らかにまずい! ふつふつと怒りが込み上げでくるのが分かるその表情に僕はたじろいだ。


「結婚に決まってるでしょ。キミから求婚しておいて今更冗談だなんて言わないわよね? それにもう血の契約だって結んだんだよ? わかってるでしょ?」

「は、はい。わかってます」


 僕はとっさにそう答えた。と同時に僕からの求婚、つまりプロポーズしたという女の言葉に少しだが事の成り行きを思い出すことができた。


「僕がプロポーズして貴方がそれに応えてくれた。そしてこの本にお互いの血を垂らしてそれを証明したってことですよね?」

「そうよ。わかってるじゃない。冗談にしても今のは笑えなかったよ」

「す、すみませんでした。僕が意地悪でした」


 女の顔に笑顔が戻る。良かった。ひとまず良かった。僕はホッと胸を撫で下ろした。

 とそこへ老婆が料理を運んできた。


「お待たせしたね。ルリアンバードの野菜煮込みスープだよ。まだ熱いからの。火傷せんようにな。ではごゆっくり」


 老婆は僕と女それぞれの前にスープの入った木製の器とスプーン、それと手のひらサイズの丸いパンを置きカウンターの裏へ戻って行った。

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