第2話 いきなりのピンチ!
「……あの娘は?」
辺りを見渡したが女の姿はない。
カサカサ。カサカサ。
「ん?」
霧越しに音のする木々の間に目を凝らすと二つの赤い光りがチラチラと見え隠れしていた。それは次第に大きくなり、グルルルルルルという唸り声と共に猪に似た獣が姿を現した。
「何だあれ⁉ でかい!」
獣は僕の知るそれの三倍はあろう巨体を揺らしながらしきりに鼻をひくつかせこちらの様子を伺っている。
僕は今にも襲ってきそうな獣を刺激しないようゆっくりと後退りを始めた。しかし3歩下がったところで木の根に足をかけ尻もちをついてしまった。
「グァアアァア‼」
獣はそれを合図とばかりに雄叫びをあげると僕に向かって突進してきた。
(ヤバイ! マジでヤバイ!)
その巨体が目前に迫り目をつむった次の瞬間、地響きと共に何かが地面にぶつかる音がした。
恐る恐る目を開けるとそこには地面から伸びる無数の蔦でがんじがらめになった獣が倒れもがいていた。
「大丈夫?」
その声に首を反らすと険しい表情で獣を睨みつけ左手を構える女の姿が見えた。
「はい。尻もちをついただけです」
「良かった。立てる?」
「はい」
僕が立ち上がると女はほっとした顔で小さく微笑んだがすぐに険しい表情に戻り再び獣を睨みつけ僕をかばうように前に立った。
「よくも私の大事な人に牙を向けてくれたわね。覚悟しなさい」
構えた手をくるりと返し指を鳴らすと絡んだ蔦がいっそう強く締まる。獣は苦しそうな唸り声をあげながらしばらくの間暴れもがいていたがやがてピタリと動きが止まり身動き一つしなくなった。
「あれ? もう死んじゃった?」
生死を確かめようと女が獣に近づいたその時、霧の中からうり坊に良く似た小動物が飛び出し獣の顔の前に立つと僕達に向けて威嚇をはじめた。
「ピギュィー! ピギュィー!」
「もしかして子ども?」
「みたいね」
「ピギュィー!」
必死に威嚇を続ける子どもの声に反応したのか獣の鼻がヒクヒクと動く。
「どうやらまだ息があるみたいね」
「だったら逃してやりましょう」
「え!? 逃がす!? この獣はキミの命を奪っていたかもしれないのよ? それなのに逃してやるだなんて」
「そうかもしれませんが僕はこの通り怪我ひとつしていませんしきっとこいつは僕を守ろうとしてくれた貴女と同じでこの子を守るために必死だったんだと思います。だから逃してやってくれませんか?」
「……キミがそこまで言うなら……仕方ないわね」
女は僕から視線を横にそらすと少々不服そうな表情で指を鳴らした。すると獣に絡みつく蔦が緩み地中へと戻っていく。蔦から開放された獣はよろめきながら起き上がり子どもと共に霧の中へ姿を消した。
「さてと気を取り直して私達も行くわよ」
そう言うと女はあの石を乗せた左手を僕の前に差し出した。しかしすぐにその手を引っ込めると僕の目を覗き込むように顔を近づけてきた。
「待って。そういえばキミ、何で手を離したりしたの?」
「え?」
手を離した? そんな覚えは……あ。
思い返してみると確かに思い当たる節がある。あれは彼女の手を握ってすぐの事。石に引き込まれ眩しい光りに包まれた時だ。
「す、すみません。あまりにもあの光りが眩してくてつい手で目を隠してしまいました」
「眩しい? 確かにそうね。慣れないとあの光りはちょっと眩しいかもね。なら仕方ないか」
女は納得した様子で数回小さくうなづくと再び左手を僕の前に差し出した。
「今度は絶対に手を離さないこと。それとまたあの光りに包まれるから私が良いって言うまでぎゅっと目を閉じておいてね。いい?」
「はい!」
僕は女の手を握りぎゅっと瞼を閉じた。
「それじゃ行くよ!」
「はい! お願いします!」
僕が返事を返すとすぐに呪文のようなものを呟く女の声が聞こえ体が引き込まれていく感覚と眩しい光りを感じた。




