第13話 中央市の宝石屋
フォルマンに別れを告げ店を出るとクラニが僕達に深々と頭を下げた。
「アオイ様、ルヴィス様どうぞよろしくお願いいたします……ル、ルヴィス様、どうかされましたか?」
ルヴィスを見ると眉間にシワを寄せ両手を腰に当てクラニを睨むような顔をしていた。
「クラニ。私のことはルヴィスって呼んで」
「あ、僕もアオイでいいからね」
「いけません! お二人を呼び捨てになど私にはできません!」
「クラニ。私達はあなたの主人じゃないわ。私達はこれから旅を共にする『仲間』なのよ。だから私達の間に余計な気遣いは不要」
「ルヴィス様とアオイ様と私が仲間……ありえません! 私のような者がお二人と同等に肩を並べるなど!」
「ク・ラ・ニ」
ルヴィスは優しい口調でクラニの名前を呼んだ。しかしその顔は明らかに作り笑顔で逆に恐怖を感じさせるものだった。
「うぅ……わかりました。ですがやはりお二人を呼び捨てにはできません。ですからせめて『さん』をつけさせて下さい」
「わかった。それで良いわ。ね、アオイ」
「もちろん」
「じゃ早速私たちの名前、呼んでみて」
「え!? いきなりですか!?」
「ええ」
「ル、ルヴィスさん。ア、アオイさん」
「フフ。あとは慣れね。それじゃ行くわよ」
西市を抜けると大きな堀と開閉式の橋が現れた。その対岸には堀に沿うようにそびえ立つ壁と門が見える。
「あそこが中央市?」
「そうよ」
「なんか他の市場とはずいぶん雰囲気が違うね」
「そうね。街の重要施設が集まってるからちょっと物々しい感じはあるわね。でも中はそうでもないのよ」
橋を渡り門をくぐるとそこはルヴィスが言ったとおり物々しい雰囲気とは無縁の空間が広がっていた。絶え間なく水が流れ出る壷を担いだ美しい女性の彫像が立つ噴水。その噴水を囲むように隙間なく建てられた中世ヨーロッパ風の建物に石畳の道。花壇や植樹で彩られたそこは市場というより庭園という言葉が似合う場所だった。
「宝石屋は……あそこね」
「待って下さい。お二人のその格好だともしかすると門前払いされる可能性があります。ですから私がまず先に入りますので後についてきて下さい」
「わかった。それじゃここはクラニに任せたわね」
「はい。では入りましょう」
クラニに続き店に入るとグラスコードのついた眼鏡をかけたふくよかな婦人が出迎えた。
「いらっしゃいませ〜。あら、クラニちゃんじゃないの。ん? 後ろのお二人はどちら様かしら?」
「こんにちはマッジさん。こちらのお二方はアルス様のご友人にございます」
「アルス様のご友人ですって!? これはこれはようこそおいで下さいました。本日はどの様な宝石をお探しですか? 当店の目玉といたしましては」
「すみません。今回は宝石を買いにきたわけではなく買い取ってもらいたい物があるのです」
「おや。これは失礼致しました。ではお品物をこちらへ」
ルヴィスは店主が差し出したトレーの上に一欠片の転移石を乗せた。
「ほほぅ魔法石の欠片ですか。ふむふむ」
マッジは鑑定用のルーペを取り出すと右目にあて石を覗き込んだ。
「これはガーネライドですね。それもかなり純度の高い。これならそうですね……五百ルクでどうでしょう?」
「ご、五百ルク!? そんなに高く!?」
「ルヴィスさん」
目を丸くして驚くルヴィスをクラニが素早く静止した。
「待って下さいマッジさん。私の見立てなら六百ルクは下らないと思いますが?」
「ハハハ。クラニちゃんにはかなわないわね。ほんとフォルマンさんが羨ましいわ。ねぇクラニちゃん、ウチで働く気はない? フォルマンさんのとこの倍はお給料出すわよ?」
「いつもお誘いくださりありがとうございます。ですが私はフォルマン様のところを辞める気はございません」
「だわよね。あらヤダごめなさい。私とした事がお客様を放っておくなんて。ということですからお客様、六百ルクでどうでしょう?」
「もちろんいいわ」
「交渉成立ですね。ではルクを用意して参りますので少々お待ち下さい」
そう言うとマッジは店の奥にある鍵付きの部屋に姿を消ししばらくすると膨れた革袋を抱え戻ってきた。
「お待たせ致しました。六百ルクにございます。お受け取り下さい。他に御用はございますか?」
「いえありません」
「え? ルヴィス、僕のは換金しないの?」
「今回は大丈夫よ。資金は十分に集まったから」
「どうかなさいましたか?」
「いえ。何でもありません」
「さようでございますか。それでは本日はお取引き頂きありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます」
「クラニちゃんもありがとうね。それではどうぞお気をつけて」
マッジはクラニに向かってウインクをするとゆっくり頭を下げ僕たちを見送ってくれた。
「装備品に資金の調達。これで支度は整ったわね。いよいよ私達の冒険の始まりね!」
「だね!」
「はい♪」
「それじゃ馬車乗り場に向かうわよ」
僕たち三人はベレンに出発するため東市側の街の入口にある馬車乗り場へ向かった。