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第1話 始まりは突然に

『僕と、結婚して下さい!』

『……はい』


 薄暗い部屋をぼんやりと照らすテレビからは恋愛ドラマが流れていた。


 一日の仕事を終え帰宅した僕はネクタイを緩めただけのスーツ姿でベッドに腰掛けとりあえずつけたテレビを眺めていた。


「僕と、結婚して下さい! ……なんてね」


 ベッドから立ち上がった僕はドラマのワンシーンのように片膝を床につくと頭を下げ指輪を差し出す真似をした。


 そこに深い意味などまったく無い。ただなんとなく真似をしてみただけ。それだけのことだった。


 が顔を上げた次の瞬間、僕の目には見知らぬ光景が写っていた。


 部屋の中央には小さなランタンが置かれた丸いテーブルと椅子が一つ、左の隅にはシングルベッドとクローゼット、その反対側には大小様々な書物がぎゅうぎゅうに詰まった大きな本棚。


(……ここ、どこ?)


 そんな言葉が自然と頭に浮かんだ時だった。


「本当?」


 背後から聞き覚えのない女のような声が耳に飛び込んできた。


 僕は反射的にうずくまり目をつむると両手をすり合わせ得体の知れないそれが今すぐ消えてくれるよう願った。しかしそんな願いも虚しく今度は正面からそれもさっきよりもハッキリとあの声が僕の鼓膜を揺らした。


「それは本当に本当?」

「ヒッ!」


 僕は驚きのあまり思わず顔をあげてしまった。


 額や口元から血が滴る青白い顔。うらめしそうにこちらを睨みつける目。床まで届く長い黒髪に白装束。


 そんな化物を思い描いていた僕の目に写ったその姿は想像とは似ても似つかないものだった。


 紅い瞳に薄紅色の唇。背中の中ほどまで届くサラサラの赤髪。黒いシンプルなローブをまとったその姿は魔法使い、いや魔女と言った方が例えが良い。


 こちらをじっと見つめるその瞳は吸い込まれそうなほど神秘的で美しく僕は恐怖を忘れ見惚れてしまった。


「黙ってるってことは相違無いってことよね! いいわ。その求婚受けてあげる!」


 その声で我に返った僕の前には女が置いたであろう一冊の古びた本が置かれていた。


 女は本を開くと自ら左薬指の先を噛み一滴の血をその上に垂らした。


 その血は青く万年筆のインクが広がるかのように白紙のページを侵食し直径一〇センチほどの円になったところで広がることをやめた。


「手を貸して」


 女は僕の左手を掴み口元に引き寄せると薬指の先をくわえた。


「痛っ」


 針を刺したようなチクッとした痛みの後指先にぷくりと小さな血の塊が浮き上がりぽたりと一滴本の上に垂れた。


 僕の赤い血が円に触れた瞬間それは蒼白い光りを放ち魔法陣へと姿を変え焼印の如くページに刻まれた。


 女は満足した様子でそっと本を閉じニッと二本の小さな八重歯を覗かせ微笑んだ。


「契約は結ばれた。まぁまだ仮だけどね」


 契約? 仮? いったい何を言っているんだ?


 見惚れていた間一切の言葉が耳に入っていなかった僕は女の言っていることが理解できないでいた。


 そんな最中グギゥ〜〜〜ッと腹の虫が豪快に鳴いた。そういえば晩飯、まだ食べてなかったな。


「お腹減ってるの?」


 うなづいた僕を見た女は小走りでクローゼットに向かうと頭から半身を突っ込み何かを探し始めた。


「確かこの辺にしまっておいたはず……あった!」


 クローゼットの奥から取り出したのは一枚の白いワンピース。


「着替えるからちょっと後ろ向いてて」


 僕は立ち上がり女の言う通り後ろを向いた。


 スルスル。パサッ。ローブが肌をつたい床に落ちる音が聞こえてくる。否が応でも着替える姿を想像してしまう。想像を膨らませてはいけないと思えば思うほど妙な緊張が走り鼓動が高鳴る。


 うつむく僕のそんな心境が伝わってしまったのか後ろから女の声がした。


「どうしたの? 落ち着かない様子ね。もしかして私の着替える姿でも想像してたりして」


 図星!


「そそ、そんなことないですよ!」

「見たい?」

「え⁉ べ、別に見たいってわけじゃ」

「ないの?」

「……」

「こっち、向いても良いよ」


 それじゃ遠慮なく。なんて素直に振り向けるはずがない。


「早くしないと着替え、終わってしまうよ?」


 こうなったらやけだ! 僕は思い切って振り向いた。がそこにはしっかりと白いワンピースを着た女の姿。


(だよね)


 まったく僕は何を期待していたんだ。恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。


 そんな僕に追い討ちをかけるように女はニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべ言う。


「がっかりした?」

「いや、その、がっかりとか」

「してないの?」

「……」


 黙り込む僕を見た女は両手で口元を隠しククククっと肩を震わせ笑った。


「正直ね」


 女の言葉に苦笑いで答えたその時、グギュ〜〜〜〜ッ。またも豪快に腹の虫が鳴いた。


「そうだった。お腹が減ってたんだよね」


 女は再びクローゼットに頭半身を突っ込むと今度はフードのついたポンチョのような服を二枚取り出し一枚を僕に向かって放り投げた。


「その格好、ちょっと目立つのよね。だからそれ着て」

「目立つ?」


 いたって普通のスーツ姿だというのにこれのどこが目立つというのか。首をかしげた僕を見た女は呆れた表情で小さくため息をつくと手に持っていた服を着た。


「まぁいいわ。とにかく着て」


 なぜため息をつかれたのか理由は分からなかったが僕は女の言う通りその服を着た。


「う〜ん。やっぱり短いか。まぁでも無いよりはマシね」


 ポンチョのような形のおかげで着れないということはなかったが頭からスネのあたりまで隠れている女に比べ僕は膝から下が丸見えだった。


「それじゃ行くわよ。右でも左でもどっちでも良いからここに手を乗せて」


 女の差し出した左手には小さな宝石の様な石が乗っていた。石はぼんやりとした緑色の光りを放ちその光りは石の中でゆっくりと渦を巻いていた。


 あまりの急展開ぶりにまったく状況を理解できないでいるが何もかもが未知なこの状況においてそれを理解しようとするよりも成り行きに任せるしかないと判断した僕は黙って石に右手を重ねた。


 すると視界がグニャリと歪み渦に引き込まれた僕は眩い光りに包まれ思わず手で目を覆い隠した。


 光りは数秒後には消え目を開けるとそこには深い霧が立ち込める薄暗い森が広がっていた。

第1話をお読みいただきありがとうございます!


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