27 冬の日
「歩夢の……大バカ野郎!」
茜が今までに出したことがないような声量で、俺にそう言い放った。
あまりにも不意打ちで、人様に見せられないほどのアホ面を浮かべてしまう。
「歩夢は優しいしカッコいいけど、でも大バカ野郎だ! まだ歩夢は夢の途中にいるのに、なんでカッコつけて美化してるのさ!」
「っ……」
その言葉が鈍い音を立てて俺に突き刺さる。
俺は当然、何も言い返せなかった。
「私たちはまだ高校生だよ? だからさ、できるできないじゃなくて、やりたいやりたくないで決めてもいいんじゃないかな」
今度は優しい、太陽のようにぬくい微笑みを浮かべる茜。
そんな顔をされてしまったら、余計に何も言えなくなる。
「歩夢はさ、どうしたいの? 自分に才能がないだとか、そんなこと抜きにしてただ一つのことを考えてよ」
「……」
「歩夢はさ――どうしたいの?」
茜の表情と、じんわりと浸透していくような声が俺の体の中に落ちていく。
俺の幼馴染で、恋人である茜は夢を叶えた。
だからこそ、茜と再会したとき、俺はどこか孤独感を覚えたのだ。
――俺はこのままでいいのか?
確かに俺は約束である、全国トップクラスの学力を手に入れた。
だけど、それは『小説家になりたい。そして、茜を出演させる』という夢から逃避した先にある仮初で、代償ものでしかなかった。
それに気づいているようで、気づいていないふりをしていた。
でも俺はやはり――茜に追いつきたい。
今は遠くて小さな背中に追いつきたい。
俺はどこかでそう思っていたのだ。
そんな気持ちにさっき落ちてきたものが一滴、一滴と水滴のように落ちて、染み込んでいった。
そしてそれは――本音に変わって口から零れた。
「俺は……小説家になりたかった。そして、茜と同じ夢を追いかけたかった」
俺がもう一度そう言ったとき、茜は俺の顔を胸で包み込んだ。
――あぁ、懐かしい。
俺は確かに、そう思った。
「過去形じゃないでしょ? 私たちはこれから、未来を見ていこうよ」
「……」
「もし歩夢がどうしても書けないって言うなら……昔みたいに、私のために書いてよ。物語を」
その言葉が、すっと体に入ってきた。
あぁ、そうなのか。そうなんだな。
俺は、茜の笑顔が見たくて、物語を書き始めたんだった。
「あぁ、分かった。俺は、茜のために物語を書くよ」
あの時、俺はどこか原点を忘れていた。
だから路頭に迷って、どこの誰かもわからない奴の批評に心を折ってしまった。
だけどそうじゃないんだ。
俺は、茜を笑顔にできたら、茜に「面白い」って言ってもらえれば、それでいいんだ。
俺はそのことに気づいて、ブレることない核を手に入れた。
「うん。うん……」
茜は頷くだけで、それ以上は何も言わなかった。
だけど、茜の心音が語っている。
きっと、大丈夫。
俺はしばらくの間、茜に抱かれるままぬくもりを感じていた。
その日はここ最近では一番寒い、冬の始まりを予感させる日だった。
だけど俺たちはそんなことを感じもせず、冬を迎い入れた。
俺たちの、新しい冬だ――
***
『えぇーでは、本日のニュースです』
朝が来た。
昨日の夜は勉強もせずに眠ってしまい、今までの寝不足が嘘のように解消された。
だけど、茜の前であんな醜態をさらしてしまったことが恥ずかしすぎて、布団から出たくなかったけど。
「全く、俺ってやつは……」
本当に呆れるしかない。
「はぁ」
今日で何回ため息をついただろうか。
ため息を吐いたら幸せが逃げるっていうけど、まぁ幸せ過ぎるからいいや。
このため息を通じて誰かに幸せが届かないかなぁなんて、他人から見たらちょっと鼻につくことを思ってしまう。
「俺、ウザいなぁ」
そんな言葉を漏らしても、言葉は帰ってこない。
母さんは今父さんに突然会いに行きたくなったらしく家にはいない。ほんと、いくら年を取っても恋する乙女だなぁなんて思う。
茜は東京で仕事があるらしく、つまりは家に俺しかいない。
「少し、寂しいな」
いつもは騒がしい朝でさえ、小鳥のさえずりが聞こえるくらい静かだ。
コーヒーを自分で入れ、漠然とニュースを見る。
今日も平和だなぁなんて思いながらニュースを見ていると、あるニュースが俺の目に飛び込んできた。
『大人気モデル、明理川茜さん。熱愛発覚!』
「……は?」
大人気モデルになった幼馴染と約束を叶えるラブコメディ。
第二章、突入。
第一章 再会と約束と
これにて完結! 次回より第二章に突入します!
第二章のタイトルは、あえてまだつけません。第二章が終わったその時、名前を付けてあげようと思います。
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