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しあわせなピアノ  作者: レビンとシッポのママ
9/10

希望の光

 ピアノがこの倉庫に来てから数年が経ちました。

その間に新しいオーナーに引き取られていったピアノや、長老のように朽ちて壊されて燃やされたピアノも何台か見送りました。

しかし、ピアノは他のピアノ達のように不安や恐怖を感じて暮らすことはありませんでした。


 ある日、珍しいことに倉庫にお客さんが入って来ました。立派なスーツを着た初老の紳士が執事と共にグランドピアノの場所から一台、一台ピアノを見て回ってきます。その後ろを店の主人がついていきました。普通ならお客さんはお店にいて、店の主人にお勧めのピアノを紹介してもらうようになっているので、直接倉庫に来ることはないのです。が、この紳士はここにある全てのピアノを見たいと申し出て、倉庫に来ることになったのでした。


 みんなは緊張しています。初めてのことでどうなることか成り行きを見守っていました。紳士は丁寧に、念入りにピアノを見て回っていました。グランドピアノを見終わって、紳士はいよいよアップライトピアノの所へやってきました。アップライトピアノ達は沸きだちました。もしかして自分が気に入られたら引き取ってもらえるかもしれないからです。紳士は時間をかけてゆっくりとピアノ達を見て回り続けました。

 そして、夢真ちゃんのピアノの前に来て立ち止まりました。紳士はじっと動かずピアノを見ていました。ピアノも紳士をじっと見ていました。すると紳士は上前板に付いているエンブレムに気がついて店の主人に聞きました。

「珍しいですね、エンブレムが付いているなんて。これはどういったピアノなのですか?」

店の主人が前へ出て説明を始めました。


「はい、このピアノの持ち主は小学生のお嬢さんでしたが、ご病気で亡くなられてうちに引き取られた次第でして。このエンブレムはお嬢さんの父親が、一人娘の誕生記念でピアノを購入した時に、お嬢さんの名前で特別に造って付けたと伺っております。」

「なるほど《YUMA》とは、そのお嬢さんの名前ですか。しかしたいそう大事にされていたことがうかがえますね。手放すにしても相当ご覚悟をなさったとみえる。」

そう言いながら紳士はエンブレムに優しく手を当てました。ピアノはそのエンブレムから拡がる懐かしい暖かさを感じました。夢真ちゃんの家族から離れる時もお父さんが、エンブレムに優しく触れてくれたのを思い出したのです。

「ご主人、このピアノ試し弾きが出来ますか?」

紳士が訪ねました。

「は、はい。長年調律をしておりませんのですぐに調律師を呼びます・・・。」

慌てて店の主人が答えました。

「分かりました。準備が出来るまで待ちますよ。」

「はい、かしこましました。」


 店の主人は早速調律師を呼びました。ピアノは驚きました。まさか自分が試し弾きをしてもらえるなど考えてもいなかったからです。隣のピアノと向かいのピアノは羨ましそうに見ていましたが、嫌みを言ってくることはありませんでした。

 しばらくして調律師がやって来ました。ピアノにとっては本当に久しぶりの調律です。多少錆がついていましたので、弦も一本一本拭いてもらい、その後気持ちよく伸ばしてもらいました。ハンマーのフェルトは虫食いが見られたので、新しいものと換えられました。

 色々丁寧に調律とメンテナンスをしてもらい、ピアノは試聴室へ運ばれて行きました。いつの日かグランドピアノが試し弾きの為に入った試聴室に、自分も入ることが出来たのです。まずピアノはまた自分を弾いてもらえることにワクワクしていました。


 鍵盤蓋が開けられて、紳士が来るのを待ちました。間もなく紳士が試聴室に入って来ました。紳士は用意された椅子に座るとそっと両手をピアノの鍵盤の上に置きました。そして弾き始めます。ピアノはハッとしました。紳士が弾き始めた曲はフォスターの『夢路より』でした。夢真ちゃんが弾く曲の中でピアノが一番好きな、あの曲だったからです。鍵盤の一つ一つの音は素晴らしく透き通り、試聴室に居合わせた紳士の執事も店の主人も調律師も聴き入っていました。そして弾いている紳士自身も弾きながら目をつぶり、流れ出る澄み切った音を堪能していました。

 ピアノ自身は音を奏でながら、不思議な感覚の中にいました。ピアノには小鳥のさえずりや木々の葉が風に揺れる音、川のせせらぎ、牧草地に群がる沢山の羊たちの鳴き声がピアノの中で流れていたのです。それだけではなく、見たこともないそれぞれの自然の風景が音と共に見えました。


『これはなんだろう・・?見たことも聞いたこともない音、景色なのに・・・。でも、どこか懐かしく・・・もうずっと知っていたような気がするんだ。』そう思いながら自然と流れてくる涙に答えを見つけていました。『このことなんだね!命の繋がり・・・。ボクになる前に、ボクの体のひとつひとつが旅をしてきた命。形を変えてボクになっても、無くなることはなかった!・・・ボクもいずれはそれを繋げていくって、・・そういうことなんだね。《《おもいだした》》よ!』

 紳士は続けて何曲か試し弾きをしましたが、弾き終わって鍵盤蓋をそっと閉めると満足げな顔で店の主人に言いました。

 「ご主人、このピアノを買い取らせていただきます。」

 

 

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