命と魂
「もうよいのだ。わしはこの日を待っていたのだから。」
白い光の玉から長老の声がしました。
ピアノは光の玉を見上げて言いました。
「長老・・・?長老なの?」
「安心しなさい。わしは今とても幸せなのだ。朽ち果ててゆく体はとても重かった。でも、今はこうして迎えにも来てもらい、体からわしを出してもらったからとても楽になった・・・。」
「でも・・でも、もう誰もいなくなってほしくないよ・・・。」
「いなくなるわけではない、わしは今沢山の命の繋がりを得て出来た沢山の魂と共におる。みな祝福してくれている。」
白い光の玉になった長老の周りには沢山の種類の自然霊達がいましたが、それはピアノには見ることが出来ませんでした。
「お前も独りではないんだぞ。・・・今は分からなくても、いずれ感じる事ができるだろう。お前は誰よりも感受性が豊かなピアノだからな。」
ピアノは泣きました。独りではないと言われても、長老が去って行ってしまう恐怖を拭うことが出来ませんでした。
妖龍精が白い光りの玉の方へ戻って行きました。そして、長老の白い光の玉とともに更に高く舞い上がると、竜巻のようにクルクルクル~~~と円を描きながらそのまま天井を抜けて消えてしまいました。
倉庫の中は何事もなかったかのように、静まりかえりました。他のピアノ達はみなぐっすりと眠っていて、誰ひとり何も気づいていません。ピアノは長老のピアノを見ました。ピアノとして残ってはいるものの、抜け殻になってしまったということはピアノも理解出来ました。もう話しかけても返事は返ってこないのだと・・・。
朝になって、長老のピアノが外に運び出されました。他のピアノ達も黙って見ています。もしかしたら次は自分ではないか・・・みながそう思っていて、不安な様子が隠せませんでした。しかしピアノは運ばれて行く様子をじっと見据えて、最後まで見送りました。その様子を見ていた隣のピアノと向かいのピアノはからかって言いました。
「こわい、こわい、次に焼かれてしまうのは誰だろう。」
「エンブレムなんか付けた、もらい手がない新入りじゃないかな~。」
「ボクはもう怖がらない。」
ピアノは見送る目線を外さず、そして自分に言い聞かせるようにして答えました。
「なんだよ、からかいがいのないヤツだな!」
隣のピアノと向かいのピアノはつまらなそうに言いました。
長老が倉庫からいなくなってから、ピアノは《命と魂》についてずっと考えていました。ピアノ自身は自分という自我に気づいたのは、夢真ちゃんの家にいた頃でした。自分という存在は一つだと思っていました。しかし、長老や妖龍精が言っていたように、自分という体の中に命と魂があるとしたら、それはどう繋がっているのか、考えれば考えるほど分からなくなってしまうのです。『ボクにも本当に命と魂があるのだろうか・・・?』誰に尋ねるわけでもなく、自分自身に聞いてみるのでした。
夕暮れが押し迫る頃、倉庫の窓の外に煙突から立ち上る黒い煙が見えました。ピアノはすぐさまそれが長老が燃やされている煙だと悟りました。その煙はしばらく空へ伸びて行きました。しかし、ピアノには不思議と恐怖感や寂しい思いはありませんでした。夕べ白い光る玉になった長老の言葉が、ずっとピアノの心の中に反復していたからです。
《いなくなるわけではない》
『うん・・・長老、なんとなく分かったよ。長老はいなくなったんじゃない。今もこうしてボクの中で話しかけてくれているもの・・・。』ピアノの心はジーーーンと熱くなりました。このとき初めて自分は独りじゃないのかもしれないと、思えたのでした。