妖龍精現る
ある日の夜中ことです。
天井の方でザワザワと音がするのに気づき、ピアノが目を覚ましました。薄暗い中で室内の様子がよく見えませんでしたが、窓からもれて入ってくる月明かりに目をこらして、天井の方を見てみました。すると白く薄い煙のようなものが、長く横に伸びてゆっくりゆっくり泳ぐように天井付近を進んで行きました。
それはまるで龍のような形と動きをしていました。ピアノは夢でも見ているのかな、というような不思議な気持ちで眺めていました。
長く伸びながら進むそれは丁度長老がいる辺りで止まると、今度はスーーーっと下に向かって降りて行きました。
すると一瞬パッともの凄い閃光が走り、あまりの眩しさにピアノは怯みました。そして恐る恐る目を開けて見てみました。そこには何人かの小さい人のようなものが宙に浮いて立っています。
さっきまで見えた煙のようなものはすでに無くなっていて、その人のようなもの達が長老の頭上を丸く囲っていました。
長老の上にいるそのもの達は髪を頭上で一つに団子型に結び、目は顔のバランスにしては大きく、鋭い眼光をしています。口の上には龍のヒゲが二本ついていました。そして赤の絹の生地に、金糸で雲形の刺繍を施した着物を着ていました。
その着物は後ろに長く拡がっていて、龍が尾っぽを泳がせているように流れて揺れていました。
宙に浮いたままそのもの達は、それぞれ隣同士で手を繋ぎ、円を作って各々が両手を上にゆっくりと高く上げると、長老のピアノが全身黄金に光り始めました。そして天屋根の中央が盛り上がり、段々と白い光の玉となって引き上げられていきました。
ピアノはするとハッとして咄嗟に叫びました。
「やめろーーーーー!!!長老に何をするんだ!!!」
ピアノの叫び声に、宙に浮いている者達がゆっくりピアノの方へ向きました。そしてその中の一人が大きな目を更に大きく見開きスッ・・・とピアノの方へ飛んでくると、
「なんだ?お前。ワタシらが見えるのか?」
と言いながら、ピアノの周りを目を離さずにクルクルっと一回りしました。
「み・・見えるよ!当たり前だろ。お、お前達・・誰だ!?」
「ワタシらか?」
それがフッと笑ってこう答えました。
「ワタシらは、妖龍精。命の旅を終える、尊い魂を迎えに来た者達だ!」
ピアノはその答えの意味が理解出来ないまま、続けて訪ねました。
「いのちのたびをおえる?とうといたましいをむかえに?」
「ワタシらが見えても、真理は分からぬようだな。いいだろう、教えてやろう。お前もいつかはワタシらの迎えで帰るのだから。」
妖龍精と名乗るその者は、ピアノの鍵盤蓋の上に降り立つと話し始めました。
「命の旅を終えるとはすなわち、【死ぬ】ということだ。分かるか?死ぬとはこの世界からいなくなる、離れることなのだ。命は永遠ではないから朽ちていく。
しかし、命は終わっても魂は永遠に終わらぬ。魂は宿っていた命がなくなれば、帰るべき所へ帰らねばならぬ。だからワタシらが迎えにくるのだ。」
ピアノは妖龍精の話しを聞きながら、以前に夢真ちゃんが死んでしまった時に、エリザベスやメトロノームと話しをしていた時の事を思い出しました。『そうだ!あの時メトロノームが死んだら《ようりゅうせい》が迎えに来ると言っていた。』
「じゃあ!夢真ちゃんを迎えに来たのもあなた達だったの!?」ピアノは興奮して早口に聞きました。
「ユマチャン?ユマチャンとはなんだ?それは名前か?」
「ボクは夢真ちゃんのピアノだったんだ。」
「ではニンゲンか?ニンゲンであればワタシらは迎えに行かない。ワタシらは自然霊だけを迎えるのだ。」
ピアノはまた分からない言葉が出てきて、わけが分からなくなりました。妖龍精はやれやれという顔をしてピアノに言いました。
「今のお前には何を話しても混乱するだけだろう・・・。時を待て。お前の体には沢山の命が受け継がれているのだ。それを感じるのだ。お前の体は植物の針葉樹や動物の羊の命や鉱物の命で出来ている。それだけじゃない沢山の命が集まっているのだ。それを感じる事が出来れば、おのずと《《おもいだす》》。」
「そうなの?ボクはボクだけじゃないってことなの?おもいだす?何を?」
「お前の命の中には魂があって、お前のその体になる前の沢山の命の旅があったのだ。その事をいつか思い出せるだろう。」