グランドピアノの再生
ピアノが新しく暮らす場所に来てから、数週間が過ぎました。ここはのんびり、ゆっくりと時間が流れていました。毎日朝の開店前には店のスタッフがハタキで埃を払いに来てくれて、時々タオルで体中を拭いてくれました。ただ、グランドピアノだけは別格で、薄いベールが一台一台にかけられて、埃から守られていました。アップライトピアノには掛ける布はありません。
それに同じ倉庫内に一緒にいてもグランドピアノはアップライトピアノに、声を掛けることはありませんでした。同じようにアップライトピアノからグランドピアノに声を掛けることもありませんでした。一段高くなっている所を境に、格式で区切られた空間になっているようでした。
それぞれの掃除が終わるとお客さんを迎える時間になるのですが、調律が終わったピアノから紹介されていきました。調律は順番に調律師がやって来て行うのですが、毎日調律師がやってくるわけではなかったので、『今日は調律師さんが来るかな。』『来るとしたら誰が調律してもらえるんだろう。』と、みんな毎日楽しみにしていました。ピアノも夢真ちゃんが弾いてくれなくなってから、もう随分調律でメンテナンスをされていなかったので、みんなと一緒に調律師が来てくれることを楽しみにしていました。
「おいおい、新入りも調律してもらえるのを待っているのか?」
隣のピアノが話しかけてきました。
「うん!あれ気持ちいいよね~。弦の一本一本がキューって伸びてさ~。いい音が出ると全身が引き締まる感じ。」
ピアノが少しはしゃいで言うと、向かいのピアノが言いました。
「新入りはなかなか調律はしてもらえないぞ。お客さんに気に入られたら別だけどな。」
周りのピアノがクスクスと笑いました。
ピアノはそう言われてがっかりしました。
ピアノ達が開店前でそわそわしていると、調律師が入って来ました。『今日は調律の日だ!!』みんなが一斉に調律師に集中して、誰が調律してもらえるのか固唾をのんで見守りました。調律師はお店の人に促されるとグランドピアノの方に向かって歩いて行きました。それを見ていた他のピアノ達はハァ~とため息を漏らしました。『なんだ・・今日はグランドピアノかよ。』みんなが諦めている中、ピアノは調律をしてもらうグランドピアノをずっと見ていました。ベールをフワッと外されて大屋根が開けられました。『すごい!かっこいいな~・・・。』
ピアノは食い入るように調律されていくグランドピアノの様子をずっと見ていました。一つ一つ音を確かめながら調律が進んでいきます。ピアノは自分以外のピアノの音を聴く機会がなかったので、ワクワクしながら聴き入っていました。それに気づいたグランドピアノがピアノに話しかけてきました。
「私の調律が羨ましいですか?」
急なことでピアノは驚きました。『話しかけてくれることもあるんだ!?』と思ったからです。
「え?・・ああ、はい。すごくいい音がしていてずっと聴き入ってしまいました。ワクワクして聴いていました。ボクもあなたのような最高の音を出して、みんなに聴いてもらいたいなって思いましたよ!」
グランドピアノははははっと笑って言いました。
「私はね、沢山の人の前で演奏してもらうために生まれてきたんだよ。だからね、音にはうるさいんだ。君は一般家庭で弾いてもらっていたんだろう?沢山の人たちに観賞してもらうには、私のように格調の高いグランドピアノとして、生まれて来なければ無理なんだよ。」
グランドピアノは得意げに言いました。すると向かいのピアノがピアノに向かって言いました。
「おい!新入り!なんだってグランドピアノの調律なんてのほほんと見ていたんだよ!くだらない自慢されてるじゃないか、みっともない!」
しかしピアノはグランドピアノが自慢するだけのことはあると感心していました。向かいのピアノが言うように、自分を否定するような事を言われたのには、少し悔しさを感じましたが、実際はグランドピアノの言う通りなんだろうと思ったのです。
『曲を聴いたわけではなく、音合わせだけであんなにワクワクさせてもらえるなんて、なんて素晴らしいのだろう!!』向かいのピアノは、高揚しながらまだグランドピアノを見ているピアノに呆れて、そっぽを向いてしまいました。
調律を終えたグランドピアノは台車に乗せられて、試聴室に運ばれていきました。試聴室には数人のお客さんが来ていて、グランドピアノの弾き試しをしていました。
数時間後グランドピアノは元の場所で綺麗に磨かれて、晴れて再生を果たすことになりました。仲間のピアノ達が羨望の眼差しで見送る中、グランドピアノは誇らしげに出て行きました。再生の場所は大きな劇場に決まり、新しい持ち主の元へ運ばれて行ったのです。