はなればなれに・・・
夢真ちゃんが亡くなってからというもの、エリザベスとメトロノームとピアノの三人は、誰も口をきくこともなくひっそりと、眠ったように日々を過ごしていました。
夢真ちゃんのお父さんは毎朝、夢真ちゃんの祭壇にお供えをして、お花の水を替えて、お線香をあげていました。時々夢真ちゃんのおばあちゃんが家の家事を手伝いに来たりしながら、なかなか起きられなくなってしまった夢真ちゃんのお母さんの様子を見てくれました。
お母さんはしばらく居間に来ることが出来ずにいましたが、少しずつですが、そっと居間に入ってきて祭壇にお線香をあげていました。しばらくそこに座ったままずっと夢真ちゃんの遺影を見ていました。いつもにこにこしていて柔らかい素敵な笑顔だったお母さんなのに、夢真ちゃんが亡くなってからは顔に表情がなく、やつれた感じですっかり様子が変わってしまいました。
エリザベスもメトロノームもピアノもそんなお母さんを黙って見ていましたが、悲しみに暮れる様子を見る度に、心がきゅーっとなるような切ない気持ちになりました。三人にとってはそんな気持ちになることは初めてでした。
「私の中心に苦しい痛みがあるんだけど、これは何?」
「オレも同じだ・・・。沈んでしまうんじゃないかと思うくらいに体の中が痛いよ。」
「夢真ちゃんがいたころは、飛び跳ねたくなるくらい楽しい、嬉しい、そんな感じだったのに・・・同じ場所がこんなにも苦しくて、痛いなんて・・・ボクはおかしくなってしまったのかな・・・。」
居間には重い空気が流れていました。みんなが同じ【心の痛み】に包まれていました。
夢真ちゃんのお母さんはずっと外に出ることが出来ませんでしたが、夢真ちゃんのお父さんが少しずつ散歩に誘うようになって、それから段々と普通の生活に戻れるようになっていきました。もう家の中に夢真ちゃんの話し声、笑い声や楽しそうに弾くピアノの音がすることはなくなりましたが、居間にはまたサラサラと気持ちのいい風が流れ込むようになり、いつもの日常が戻ったように見えました。
お母さんは、夢真ちゃんがこの世界にいなくなっても、自分は『夢真ちゃんのお母さん』であることは、この先も決して変わらないのだと自分自身を取り戻したのです。エリザベスもメトロノームもピアノもその様子を見て嬉しいと思いました。久しぶりに平穏な時が流れていました。
夢真ちゃんが亡くなってから月日が経ち、夢真ちゃんの両親は毎日ずっと忙しくなりました。なにやら色々家の中を片付けているようで、少しずつ家財が見えなくなりました。エリザベスもメトロノームもピアノも、特に不思議に思うことなくその様子をじっと眺めていました。
ある日、お母さんが段ボールを居間に持って入ってきました。そしてピアノの前に立つと、エリザベスを抱き上げました。お母さんはエリザベスの髪をなでながらしばらく見つめていましたが、段ボールの中から白くて薄い紙を広げると、エリザベスを包み始めました。エリザベスは驚いて叫びました。
「え!?何をするの!?まって!やめて!助けて!」
エリザベスの叫び声を聞いて、メトロノームとピアノが驚いてエリザベスを包み始めたお母さんを見ました。
「え?どうしたんだよ!?」
メトロノームが言いました。
「君、何か悪いことをしたの?」
ピアノがちょっと間の抜けたような事をいいました。
「私が悪いことなんてするはずないでしょ!バカなこと言ってないで助けて!」
エリザベスが二人に助けを求めている間に、お母さんはすっかりエリザベスを包み終えてしまいました。エリザベスが何かを叫んでいましたが、包み紙の中でこもってしまい、それが二人に伝わりませんでした。包み紙にくるまれたエリアベスは、そのまま段ボールに入れられてしまいました。
「エリザベスーーー!!」
メトロノームとピアノの二人は段ボールに入れられた後、お母さんが抱える段ボール向かって叫びました。しかしお母さんはそのまま居間を出て行ってしまいました。
お母さんが居間に戻って来ると、今度はメトロノームに手を伸ばしました。
「わあ~!やめてくれ~!」
メトロノームが叫びます。ピアノがオロオロしながら言いました。
「今度は君まで・・・?どうしちゃったっていうんだ・・・?お母さん、なんでそんなことするの?」
どんなに声を上げてもお母さんには聞こえませんでした。
そうなのです。エリザベスが叫んでも、メトロノームが叫んでも、ピアノが叫んでも彼ら三人の声はお母さんには届かないという事にピアノは気がつきました。
『そんな・・・なぜ今まで気がつかなかったんだろう?』
「いやだよぉ~!!助けてくれよぉ~・・・」
ピアノがショックを受けている間に、メトロノームも居間からいなくなってしまいました。
ピアノ達の声が聞こえないのは、夢真ちゃんのお母さんだけではありませんでした。ピアノはそれから、夢真ちゃんのお父さん、時々訪ねてくる夢真ちゃんのおばあさん、そしておじいさんに大きな声で呼びかけてみました。しかし、どんなに大声で叫んでみても誰にも届きませんでした。ピアノは自分の声が誰にも届かないということだけではなく、【人間】と自分たちは違う存在なのだということを痛烈に思い知らされたのでした。