しあわせなピアノ
ピアノはこの倉庫に来た時のように、布で包まれてトラックに載せられました。
他のピアノ達にあいさつをすることも出来ませんでしたが、倉庫の方へ意識を向けながら心から『ありがとう』とお礼を言うのでした。
ピアノは大きな駅ビルに到着しました。
ピアノを買い取ってくれた紳士は、この駅ビルのオーナーでした。ピアノはこの駅ビルのコンコースに新しく設けられたブースで《ストリートピアノ》としてデビューすることになりました。デビュー前にピアノは綺麗に磨いてもらい、エンブレムも丁寧に磨かれました。紳士はピアノの前に立ってピアノに話しかけました。
「君はこれから、沢山の人に弾いてもらうんだよ。ピアノが大好きな人に弾いてもらって、そして沢山の人に聴いてもらって、みんなを幸せにする役割を私が君に授けるからね。今日から《YUMAちゃんのピアノ》として生きていくんだ。君には亡くなった夢真ちゃんとご両親の想いを繋いでもらいたい。夢真ちゃんもきっとピアノを弾いてみんなを楽しませて幸せにしたいという想いがあったはずだからね。」
ピアノは紳士に『ありがとうございます!』と応えました。昔グランドピアノには《沢山の人たちに観賞してもらうには、私のように格調の高いグランドピアノとして、生まれて来なければ無理なんだよ。》と言われた事がありましたが、今こうして沢山の人の前で演奏されるチャンスに恵まれたことをとても幸せに感じました。
ピアノは早速コンコースに運ばれ、赤いビロードのロープで囲まれました。側には《YUMAちゃんのピアノ》と書かれた看板立てが置かれました。コンコースには毎日、朝から晩まで沢山の人が行き来します。そして、何人かの無名のピアニスト達が、好きな曲や得意な曲を弾いて、道行く人達の足を止め、何度も何度も小さな演奏会が開かれました。ピアノは弾いている人達や聴いている人達が楽しそうに自分から奏でられる音を満喫してくれていることに、本当に幸せを感じていました。
そんなある日のこと、駅ビルのオーナーが誰かを伴ってピアノの近くにやってきました。見覚えのある二人がピアノの所に駆け寄ると、男の人がエンブレムに触れて涙を流しました。ピアノはその手の温もりに覚えがありました。
なんと!夢真ちゃんのお父さんだったのです。もう一人はお母さんです。そして、その傍らに見たことのない小さな女の子がフランス人形を抱いて立っていました。夢真ちゃんに似ていましたが夢真ちゃんではありません。でもフランス人形はエリザベスだとピアノは気づきました。
「エリザベス!!エリザベスだろ!?」
ピアノは叫びました。
「ホントにピアノさん?あなたなの?」
エリザベスはびっくりして泣きました。エリザベスを抱いた女の子は夢真ちゃんの妹でした。
巷で評判になっていた《YUMAちゃんのピアノ》の事を知り、駅ビルのオーナーに連絡をした夢真ちゃんの両親が、新しく生まれた妹の夢ちゃんを連れてピアノに会いに来てくれたのです。駅ビルのオーナーがピアノの椅子に座り、あの『夢路より』を弾き始めました。行き来していた他の人達が気づいて、みな足を止めて聴き入りました。
「夢ちゃん、お姉ちゃんのピアノよ。きれいな音でしょ。」
お母さんが夢真ちゃんの妹の耳元でそうささやくと、『うん!』と笑顔でうなずきました。夢ちゃんというその子はホントに夢真ちゃんそっくりでした。『きっと夢真ちゃんが家族との再会をボクに繋げてくれたに違いない』そう思いました。ピアノは涙が止まりませんでした。お父さんが持ってきたカバンから、なんとメトロノームを取り出して、ピアノの上に置きました。
「やあ!久しぶりだね。君も元気そうでうれしいよ。」
ピアノからそう言われて、メトロノームもうなずきながら泣いていました。
コンコースはとても幸せな空気に包まれていました。澄み渡るピアノの音は高く高く響き渡り、そこにいる人達を幸せで満たしていきました。ピアノは幸せそうな人々の顔を見て、魂が震える感覚と出会いました。そして自分がとてもしあわせなピアノなのだと、胸を張って思えるのでした。




