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しあわせなピアノ  作者: レビンとシッポのママ
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弾き手のないピアノ

 陽の当る白い居間の片隅に、白いレースのカバーが掛かるアップライトピアノがありました。

 このピアノは夢真ゆまちゃんという女の子のものです。珍しいことにこのピアノの上前板の中心には、バラの花に夢真ちゃんの名前《YUMA》を型取ったエンブレムが付けられていました。夢真ちゃんのお父さんがデザインを考えて、特別に造ってもらったものです。それがこのピアノをとても立派に見せました。

そしてピアノのレースのカバーの上には綺麗なフランス人形が飾られて、その隣にはメトロノームが置いてありました。


 よく見るとピアノの上のフランス人形とメトロノームには、薄らと埃がついていました。もうずいぶん誰も気にかけていないような様子です。

 フランス人形がメトロノームに話しかけます。

「ねえ・・・私たちっていつまでこのままなのかしらね。」

「さあな。そんなことオレに聞いてもわからないよ。」

 メトロノームは前を見据えたまま答えました。

「私の自慢の髪なんて、見てよ!こんなに埃がついてるわ。夢真ちゃん、いつもは毎日埃が付かないようにお掃除してくれていたのに。」

 フランス人形が目をキョロキョロさせながら、埃がかぶった自慢の髪や服を嫌そうに見回しました。

 くだらないなとでも言うように、メトロノームは振り子のおもりに積もった埃を両目で見ながら、ふぅーっと吹き払いました。

「ところで・・・ピアノさんはもうずーーーっと無口なままだけど、このままでいいの?」

 そう言ってフランス人形はつま先で足元をトントンと鳴らしました。そう言われてピアノが答えます。

「そろそろ夢真ちゃんの両親が調律をしてくれるんじゃないかな。夢真ちゃんはさ毎日一生懸命練習していたし、その上大事に大事に使ってくれたんだ。だからボクはずっと待ってるよ。」

 心配してないよというような様子で答えるピアノに、フランス人形は意地悪っぽく言います。

「あらそう。それにしてはもうずいぶん蓋を開けて触ってもらっていないじゃない?」

 そういえばこのごろ夢真ちゃんは、ピアノの練習をしにこの部屋に来ることがなくなったな・・・とピアノは思いました。少し考え込んだ様子のピアノにフランス人形が更にからかうように言いました。

「もうピアノさんのことなんて、忘れちゃってるのかもしれないわね!」

「そんなこと言ったら、ボクだけじゃなくて君のことだって忘れてるのと同じじゃないか!」

 と、無気になってピアノが言い返しました。

「おいおい、よせよ。事情がわからないんだからそんなこと言い合ったって無駄だろ!」

 メトロノームが二人に割って入って言い合いを止めました。

 

 そうです。誰もが不安に思っていました。夢真ちゃんが突然この居間に来ることがなくなったからです。

夢真ちゃんは学校から帰ってくるとすぐ居間に来ました。そしていつも最初にピアノの上のフランス人形を下ろしました。夢真ちゃんはこのフランス人形に《エリザベス》という名前を付けて可愛がっていました。居間のソファに座って膝の上にエリザベスを座らせると、学校の話やお友達の話、おしゃれの話を沢山エリザベスにしてくれました。夢真ちゃんの話題はとてもワクワクさせてくれる内容ばかりで、エリザベスは毎日楽しみにして帰りを待っていました。

 夢真ちゃんがエリザベスと遊び終わると、ピアノのお稽古を始めるのでピアノは、レースのカバーを開けてくれるのを待ち構えていました。レースのカバーを開けると夢真ちゃんのエンブレムが見えます。ピアノはエンブレムが外の光に輝く度に誇らしく思いました。自分が世界で一番立派なピアノだと自信がわくからです。

 幼い頃の夢真ちゃんは『ちょうちょ』や『ドレミのうた』を小さい指で弾きました。ピアノはそれが可愛くて、またくすぐったく感じていました。少しお姉さんになってからはモーツアルトの『きらきら星変奏曲』や『トルコ行進曲』を楽しそうに弾いてくれて、ピアノも楽しくなって一緒に歌いました。

特に夢真ちゃんが弾いてくれる曲の中で、ピアノはフォスターの『夢路より』が大のお気に入りでした。時々夢真ちゃんのお母さんが夢真ちゃんが弾く『夢路より』を伴奏にして歌うこともありました。

 ピアノはこの曲を夢真ちゃんと共に奏でながら、とても癒やされる思いがしました。夢真ちゃんが弾いてくれる演奏は、心がこもった優しい音色になるのです。だからピアノは毎日毎日楽しくて夢真ちゃんが鍵盤の蓋を開けてくれるのを待ち遠しく思っていました。


 メトロノームは夢真ちゃんが自分の振り子のリズムに合わせてピアノを弾くことが、唯一の楽しみでした。夢真ちゃんはおもりを移動させながら、色々なリズムの速さで楽しい曲を何度も何度も弾いていました。コツ、コツ、コツ・・カッ、カッ、カッ、カッ・・・

メトロノームが刻むリズムは心地いい音にもなりました。それで夢真ちゃんの弾くピアノの鍵盤も、心持ち弾んでいくのが分かりました。


時々夢真ちゃんの両親や近くに暮らしている祖父母も居間に揃って、夢真ちゃんのピアノの演奏を楽しみました。それは夢真ちゃんの家族だけではなく、ピアノの上にいるエリザベスも、リズムを取るメトロノームも、そしてなによりも弾いてもらっているピアノ自身が楽しい大切な時間になっていました。みんな夢真ちゃんのことが大好きでした。夢真ちゃんの家族と同じように、エリザベスもメトロノームもピアノも夢真ちゃんとの日常をとても大切にしていました。


 もう長い間、この居間にはそんな楽しい夢真ちゃんと家族の笑い声が響かなくなりました。このままの状態はいつまで続くのか・・・不気味なくらいの静寂に三人の不安は増すばかりです。

 

 しんとした居間に柔らかい風が入ってきます。人気のない空間にひっそりと埃がかぶったエリザベス、メトロノームとカバーがかかったままのピアノが黙ってそこにありました。

 

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