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第4話 はじめての戦い(16)

 王都の城下町にある冒険者組合ギルドホールは、大陸全土に点在する冒険者の拠点の中でも屈指の規模を誇っている。


 吹き抜けの一階広場には、受付カウンターがピアノの鍵盤のようにズラズラと並ぶ。清楚な白の制服に身を包んだギルド職員たちが慌ただしく書類を処理しているが、それでもさばき切れない冒険者たちがカウンター前に行列を作っていた。


 一階の片隅には、酒場も用意されている。


 冒険者同士の交流と情報交換を目的としたスペースである。


 ただし、気性が荒く、乱暴者のイメージも付きまとう冒険者たち。市井の酒場では疎ましく思われることも多い。他の場所で酒に酔ってトラブルを起こすぐらいならば、冒険者組合ギルドの中でやってもらった方がまだマシであると、ギルド職員たちのあきらめ同然の気持ちが込められた酒場である。


 そんなわけで、冒険者同士の喧嘩はたえない。


 ある意味で、冒険者組合ギルドホールの名物のようにもなっている。


 冒険者の活動に昼夜の区別はない。


 現在は正午過ぎ、普通の人々ならば午後の仕事をスタートさせるこんな時間帯だろうと、冒険者組合ギルドの酒場は大勢の冒険者で賑わっていた。


 一人の男が吹き飛んでいく。


 仕事終わりに酔っぱらい、他人にしつこく絡んだ末に一発頂戴した。


 まあ、よくある話。


 普段ならば、笑い話で済む。


 だが、本日はちょっと様子が違った。


 酒場で盛り上がっていた冒険者たちが一気に静まり返る。


 最初は他愛ないような口論から始まったものが、油に火が付いたように大きく爆ぜた。喧嘩である。ただし、それはあまりに一方的で、まったく勝負と呼べるようなものではなかった。


 罵り合いがエスカレートし始めた時点で、酒場にいた無関係の者たちの注目も集めていたが、彼らは今、全員が驚きに目を見開いている。


 たった一発で叩きのめされたのは、実力あるBランク冒険者だった。


 この王都の冒険者組合ギルドの中では相当力のある派閥(クラン)に所属しており、酒癖の悪さが玉に瑕だったものの、それなりに個人としても名を知られている。


 決して、素人に一発でやられるようなレベルの者ではない。


 皆、それを知っているから黙り込む。


 吹き飛ばされた男は、酒場のテーブルや椅子をいくつも巻き込んで、受付カウンターの行列近くまで転がっていた。まるで冗談のようにド派手なやられ方で、ホール全体の注目も集まり始める。


 彼の仲間たちが慌てて様子を見に行く。


「だ、大丈夫だ! 生きているぞ」


 生死を心配する程のダメージ。ただの喧嘩としてはやり過ぎである。


 男の仲間たちは、無事を確認して安堵した直後には、それぞれ怒声を上げながら武器を抜き放っていた。


 普段から荒事に手慣れている者たちが、たった一人に刃を向ける。


 だが、徐々に取り囲まれていく状況を意に介した様子もなく、一人、その女は酒場のカウンターでバーテンダーを相手に質問を繰り返していた。


「クソ鬱陶しい野郎が邪魔して来たけれど、なんだあれ? 弱すぎる。雑魚だ、雑魚。はあ、平和な土地ってこんなもんか。つまらねえ。さあ、おっさん。さっきと同じ質問だ。アタシは、エリンって冒険者を探しているんだけど……」


 若く、生気に満ちている。


 身体の内に炎でも呑み込んだかのように、ギラギラとした熱気がその声、その動きには宿っていた。


 背が高い。


 大人の男でも、下手をすれば見上げるぐらいだ。


 黒髪の右側は長く伸ばされており、女性らしく丁寧に編み込まれている。逆に、左側は戦士のように勇ましく刈り込まれていた。


 獲物として携えているのは、立派な長槍。


 長旅をして来たと云わんばかりの大荷物が床に転がっている。彼女自身も旅装であり、使い込まれた革製のマントを羽織っていた。


 王都の冒険者組合ギルドでは見慣れない顔である。


 実際の所、彼女はその格好通りの旅人であり、王都の冒険者組合ギルドに所属する冒険者ではなかった。その証拠として、冒険者の身分証明となるネームタグを首から下げていない。


「こら、ヴァン! あなたは何をやっているのですか?」


 ヴァンとは、騒ぎを起こしている女の愛称である。


 酒場の外から慌てた様子で駆け寄って来るのは、ヴァンとは対象的な少女。


 ふわふわの金髪と人形のような顔立ち。丸い碧眼の奥には、ハートの形をした虹彩。金糸で刺繍が施された蒼の法衣を身に着けていることから、八百万の神を奉る〈教会〉の関係者であることが一目瞭然だった。


 そんな美少女が詰め寄ってきても、ヴァンはわざとらしく振り返らない。


 面倒くさそうに、カウンターに頬杖付く。


「なあなあ、アタシはエリンって冒険者を探して……」


「こらこら、私を無視しないでください。ヴァンさん、何度もダメって云いましたよ。弱い者イジメはダメ、絶対!」


 法衣の少女は、頭の上でバッテンを作る。


「うるせえ。知るか、弱いヤツが悪い。バーカ!」


「まあ、悪い子ですね。仲間として、これはお説教が必要でしょうか」


「仲間? ただの旅の連れ合いがデカい顔すんな。邪魔だ、邪魔」


 ヴァンが叫んだ通り、二人は旅人同士である。この王都への道中で偶然知り合い、凸凹の関係性ながらここまで旅を共にして来た。


 蒼い法衣の少女、名前はマリア。


 正確には、ヴァンの率いるパーティーにマリアが一時的に加わっている。


「マリア、アタシを怒らせるな」


「愛を込めて、マリアちゃんとお呼びください。これも、何度もお願いしたはずですよ。ヴァンさん、本当のあなたは慈愛に溢れた心をお持ちなのに、どうしてそう何事も乱暴に済ませようとするのですか」


 二人、云い争う。


 緊迫した空気が立ち込めていたはずなのに、ヴァンもマリアも一切気にした様子はない。武器まで抜き放った冒険者たちは、完全に放置された状況にしばらくポカンと呆けていたものの、我に返ると先程以上に激昂した。


「お、おい! 俺たちを無視すんな」


「よそ者が好き勝手しやがって!」


「構うもんか。油断している方が悪い。やっちまえ!」


 男たちは強引に復讐を開始しようとする。


 だが、間合いに踏み入む寸前で、彼らは足を止めざるを得なかった。


 さらに乱入者が現れたからだ。


「やめておけ」


 二人の女と冒険者たちの間に立ち塞がったのは、黒衣の大男。


 冒険者たちは気圧されたようにピタリと立ち止まる。


 一方で、ヴァンは盛大に顔をしかめていた。


「お前に守ってもらう必要はないけどな、ウルフェン」


「我が姫よ、あなたを守ったのではない。オレはこの男たちを守った」


 ヴァンからウルフェンと呼ばれた大男は、やはり旅の一行である。ただし、仲間と云うよりも、ヴァンとウルフェンの関係性は主人と下僕と云った方が正しい。


「槍を下ろしたまえ。殺してはいけない。ここは極北バトルノースではないのだから」


「あーあ、つまんねえ。血が見てえな」


 ヴァンは、敵が間合いに入り込んだ瞬間には繰り出されるはずだった必殺の槍を、あっさりと引っ込めた。


 ウルフェンは、もう何も云わない。


 元々、寡黙な男なのだ。


 ボロマントを頭からすっぽり被っているため、顔立ち含めた全身が隠されているが、その圧倒的な体格は隠しようもなかった。


 マントから唯一外に出ている両手には、かなり重厚な枷がはめられていた。


 まるで、罪人のように――。


 否。


 彼は罪人である。


 それも、格別の死刑囚である。


 誰の目にも明らかな証拠として、両手を封じるその枷よりも、ボロマントに刻まれた逆十字の紋章がこの場全員の注目を集めていく。


「る、流刑戦団だと……」


 誰かが最初、ぽつりとつぶやいた。


 堰を切ったように、ざわざわと喧騒が広がっていく。


「どうして、極北バトルノースの罪人がこんな所にいるんだよ!」


「まさか、あの槍の女も極北バトルノースの人間か」


「ま、まあ、それだったらさっきの異常な強さも理解できる」


「でも、あっちの〈教会〉の女の子は、なんか見覚えがあるような……」


 冒険者たちが襲撃を仕掛けようとしたことで周囲に渦巻いた熱気が、ぽつりぽつりとつぶやかれる言葉で徐々に静まっていく。やがて息をするのもためらわれるような、張り詰めて冷たくなった空気が立ち込めた。


 誰も、何も云えない。下手に身動きしたものは何をされるかわからないと、皆が恐怖していた。


 大陸全土のあらゆる国家で認められた罪の償い方。死罪となった者たちが、ギロチンの代わりに唯一選ぶことを許されるのが極北バトルノースでの戦闘奉仕。そのために作られた死の集団こそが流刑戦団である。


 大罪人の集まりという特殊な立場から、流刑戦団が極北バトルノース以外で活動することは滅多にない。しかし、その名は大陸中で知られている。


 流刑戦団に所属し、一定の戦果を上げれば恩赦が得られるものの、実質的には不可能に近く、戦闘奉仕は結局の所、死罪と同義。死ぬまで戦うことを義務付けられた戦士たちは、錆びた装備とボロ布を身にまとい、逆十字の紋章を背負って無言のまま終わりなき戦場を行く。


 流刑戦団に所属した罪人のほとんどが、数ヶ月の内に死ぬ。


 ただし、稀に生き延びる者が現れる。


 死の十字架を背負っていた者が、死を振りまく者に変わって行くのだ。彼らはやがて、死そのものの体現者となる。


 強き者たち。


 だが、誰に認められることもない。


 戦い、戦い、戦い――。


 いつか、死ぬ。


 極北バトルノース以外の土地では、流刑戦団は不吉と死の象徴であり、恐怖そのものだ。


「ありがとうございます、ウルフェン様」


 罪人である黒衣のウルフェンに、マリアは争いを止めた感謝を捧げていた。


「お前のような者が、俺のような者に頭を下げるべきではない」


「いいえ。正しき行いには、正しき振る舞いで返すだけのことです」


「罪人は、正しくない者だ」


「過去は関係ありません。私はこの目で、あなた様の気高き現在を見ております。この世は算数で出来ているのではありませんから。過去の悪行で、現在の善行が損なわれることはありません。正しきことは、常に、正しきことです」


 マリアは瞳の奥で、慈愛のハートを輝かせる。


「ヴァンさんに引っ張られて、私も冷静さを欠いておりました。仲間同士で云い争いをしている場合ではありません。先に為すべきことがありました」


「だから、てめえは仲間じゃねえよ。ただの連れ……」


 マリアの言葉にヴァンが噛み付くものの、無視される。


 それよりも大事なことがあると云わんばかりの背中で、マリアは大怪我して気を失ったままの男の元に駆け寄っていく。


「治します。私に任せてください」


 流刑戦団のウルフェンの登場で、戦意をほとんど喪失した冒険者たちを押し退けると、マリアは倒れている男のそばに立った。


 威風堂々。


 華奢で美しい少女が、歴戦の勇士のような風格を纏う。


 ゆっくりと右手を突き上げながら、彼女は「癒やしの時間(ショウタイム)」と宣言する。


「大聖女さま」


 マリアの正体に気付いた傍観者の一人が、その偉大なる称号を口にした。


 その一言で、周囲の者たちもハッとしたように気づき始める。


神遺物レリックの法衣に、大陸随一の美しさ。八百万教会の看板にも掲げられた生ける聖人……。救世の旅をされていると噂はあったが、まさか本当だったのか」


 大聖女。


 歴史上でも並ぶ者なき、癒やしの奇跡を身に着けたという天才少女。


 風の噂に聞こえる特徴から皆が気づき始めた通り、マリアは大陸中で知られた〈大聖女〉その人である。


 癒やしの奇跡で少しでも多くの人を救わんとする一人旅の最中に、トラブルに巻き込まれている所をヴァンの一行に助けられて、それ以降行動を共にしている。


 ヴァンの率いる一行には目的があり、それは人探しだ。


 マリア自身の目的はあくまで、癒やしの奇跡を人々のために役立てることだった。ヴァンたちとは旅の目的が違っているものの、だからと云って、それで面倒が起きるわけではなかった。互いに、互いの目的を達して行けば良いだけなのだから。


 傷ついた者が目の前にいれば――。


 マリアは、それを絶対に癒やしてみせる。


「行きます。さあ、ゴング!」


 それは、マリアが信仰する神への独特な祈りだった。


 右手を天に突き上げれば、カンッと鐘を鳴らしたような音が響く。


 次の瞬間、マリアは倒れている男を蹴りつけた。


 一発では止まらない。


 二度、三度……。


 マリアは力強く、気を失ったままの男を足蹴にしていく。


「……え?」


 大聖女がその奇跡を行使せんとする神聖な立ち振舞い――どのような儀式が行われるのか、固唾を飲んで見守っていた人々からは、あまりに予想外の展開に戸惑いの声が上がる。


 だが、マリアは気にしない。


 止まらない。


 意識が無いと云うのに、強引に男の髪をつかんで引っ張り起こしながら、マリアは強烈なエルボーを叩き込みはじめた。それから、ビンタ。顔面を左右に何度もパンパンと張った後は、胸元にこれまた強烈なチョップを浴びせていく。静まり返った冒険者組合ギルドホールに、小気味良いチョップの炸裂音だけが鳴り響き続けた。


「ええー」


 最初は、予想外の光景に対する戸惑い。


 徐々に広がり始めたのは、大聖女として称えられていた少女が実はヤベえ奴だったのではないかというドン引きの声である。それはもう、言葉にもならないうめき声のようなものがあちこちから漏れ出した。


 だが、やっぱりマリアは止まらない。


「これで決めます!」


 決めるらしい。


 つまり、必殺技。


 フィニッシュホールドである。


 ボロボロになった男の首を脇にガッチリ抱えると、体格差を物ともせず――平均的な十代少女の体格であるマリアが、屈強な冒険者の男をなんと、垂直に持ち上げてしまった。


 神の加護。


 そこに何らかの力が働いているのは、誰の目にも明らかだった。


 だが、見守っている者たちはそんなことを気にしている場合でもない。


「し、死ぬぞ!」


 そもそも気を失う程のダメージを受けていた男が、さらに痛めつけられた状態で大技を決められようとしている。打ち所が悪ければ、たぶん死ぬ。冗談ではなく、これではただの人殺しである。


「大丈夫です!」


 騒然となる周囲に対して、マリアは絶好調の笑みを向けた。


「この方は、私が癒やしてみせますから!」


 なにを云っているんだ、この娘は――。


 皆、心の中では同じことを思っていたに違いない。


 そして、たぶんこれは止められない奴だと匙を投げる。


「喰らえ!」


 マリアが叫ぶ。


 垂直落下式ブレーンバスター。


 脳天から遠慮なく、固い床に叩き落とされた。


 決まった。


 文句なしのクリティカル。


 男は立てない(いや、最初から気を失っている)。


 大の字に倒れたままの男に対して、マリアはわずかに呼吸を乱しながら、その胸元に両手を押し当てる。立てない男を、さらに抑え込むかのようなポーズ。果たして、三拍ほどの間を空けてカンカンとゴングの音が鳴り響いた。


「やりました!」


 マリアが両手を突き上げて、勝利の快哉を叫ぶ。


 もちろん、沸き立っているのは彼女一人。


 空気がヤバい。


「え? あれが、大聖女……」


 怪我人にトドメを差してしまった。


 だが、皆がそんな風に誤解したのは、幸いにして一瞬のことで――。


「な、なんだ……。俺は、何がどうなって……」


 ヴァンに一撃でやられて、マリアにズタボロに痛めつけられたB級冒険者の男。もはや二度と立ち上がることはないかと思われたが、彼はいきなりパッと目を覚ましていた。そして、何事も無かったかのように立ち上がる。


「お、お前! 怪我は大丈夫か?」


 仲間たちが驚きながら尋ねる。


「怪我? 怪我なんてしてないぞ。むしろ、最高の気分だな」


 男はヴァンにやられた直後から意識が無く、これまで何が行われていたのか、まったく気付いていないようだ。気持ちよく目覚めた朝のごとく、男はさっぱりした顔で仲間たちを見渡していた。


「ん? なにかあったのか?」


 大聖女の癒やしの奇跡。


 その正体は、世間一般では謎に包まれている。


 神々は無数に存在しており、一柱の神が信仰者に与える加護も一種類だけとは限らない。神の加護は、多くの人々に共通して授けられるものから、特定の個人だけの珍しいものまで様々である。


 前者で云えば、怪我の治療に利用される神の加護で代表的なものがふたつある。錬金の神の加護による霊薬ポーションと、水の神の加護による回復魔法ヒーリングである。ただし、それらは世界中で広く利用されているものの、治癒効果は決して高くなかった。


 軽傷ならば即座に治癒するが、大怪我には効果が薄いのだ。


 吹き飛ばされて気を失い、骨の一本や二本は折れていただろう冒険者のダメージは、この世界の常識では簡単に癒せるものではない。それをあっさり完治させてしまったのだから、大聖女の称号はやはり伊達ではなかった。


 果たして、マリアはなんの神を信仰しているのか――。


 その正体不明の神から、どのような加護を与えられているのか――。


「なんじゃい、この騒ぎは?」


 冒険者組合ギルドホールの一階広場を見下ろす形の二階テラス。


 そこに、一人の老人が立っていた。


 雪山を思わせる真っ白の頭髪とひげ。もじゃもじゃと顔面を覆っており、その奥から片目だけがギョロリと覗いている。格好は冒険者のそれで、使い込まれているものの立派な刀剣や軽鎧を装備していた。


「ヴァンのお嬢、またなんかやったか?」


 ヴァンの率いるパーティーは元々、三人組である。


 三人で王都に向けて旅をしていた所に、途中でマリアが加わって四人になった。


 ヴァンとマリア、ウルフェン――それからもう一人がこの老人である。最年長であり知恵袋、パーティーのリーダーこそヴァンであるものの、実質的なまとめ役を担っているその人は、たいそう呆れた瞳でこの惨状を見下ろしていた。


 やがて、筋骨隆々としたギルドマスターも姿を見せる。


 彼は老人の隣に並び立って叫んだ。


「お前たち、仕事をしろ! 仕事を! 冒険者同士のトラブルなんて珍しくもないだろうが! さあ、手を止めていないで働くんだ!」


 ギルドマスターが職員たちに向けて怒声を張り上げるのと、老人が二階テラスから平然と飛び降りて来るのは同時だった。


「スミの翁」


 ウルフェンが老人の名を呼ぶ。


 ヴァンは後ろめたい気持ちがあるのか、大いに視線をそらした。


「ワシがギルドマスターに話を聞いてくるから、大人しくしとれと云ったはずだ。なーんで、こんな騒ぎになっとるか?」


「スミ爺、アタシは悪くねえよ!」


 ヴァンが叫んだ。


「こっちから喧嘩を売ったわけじゃねえ。ちゃんと最初は手を出さずに、無視してやり過ごそうとしたさ。それなのに、あのクソ野郎がベタベタと触って来るし、呑めねぇって云ってんのに、いいから酒を奢ってやるとかウゼェし!」


 回復はしたものの、この状況に置き去りになったままポカンと呆けるB級冒険者の男に向けて、ヴァンはひたすら嫌悪の視線を向ける。


 要は、ヴァンが口説かれたのが事の発端であるらしい。


 スミ老人は特大のため息を吐いた。


「おい、お前……。ヴァンのお嬢にやられたお前だ、この青二才」


 スミ老人は説教を始める。


「色々と云いたいことはあるが、何よりも大切なアドバイスをくれてやろう。いい女を見抜けるように、ちゃんと修行しろ。こんな獣に発情してどうする?」


「はあ! アタシを動物あつかいすんなよ!」


「レディとして扱われたければ、それらしい振る舞いを覚えるんだな」


 スミ老人は容赦ない。


 ヴァンを黙らせるその一方で、喧嘩両成敗、男に対してもトドメの一言を喰らわせる。


「これは、十三歳の女の子だぞ。よく見ろ。ほら、まだまだ子供だろう? 子供に手を出そうとするんじゃない。いい女を見極める以前の話だ、未熟者」


 周囲で見守っていた者たちも含めて、ギョッとなる。


 そんな馬鹿な、という話である。


 全員が悲鳴にも似た声で叫んだ。


「十三歳!」


 ヴァンはひたすら嫌そうな表情である。


 大人の男よりも立派で、引き締まった身体つき。


 子供にはまったく見えない、くっきりした顔立ち。


 何よりも、B級冒険者を軽々と一発で倒してしまった実力からして、彼女を女の子と考える者は絶対にいないはずだ。王都に暮らす子供ならば、まだ都市学校に通っている年齢である。ころころと転がるように街中を走り回り、無邪気に笑っている女学生と比べれば、ヴァンの容姿も風格も、あまりに完成されているし、別格に過ぎた。


「ここの血筋の女は男勝りばかりじゃて」


 スミ老人はそんな風にまとめる。


 果たして、男勝りの一言で済ませて良いものだろうか。


 だが、誰一人としてスミ老人に異を唱えるような者はいなかった。


 ここは冒険者組合ギルドホールであり、彼らは冒険者である。


 だから、ちゃんと一目で気づいていた。


 スミ老人は、ヴァンの率いるパーティーの中では唯一の冒険者である。その首には冒険者の証であるネームタグが下げられており、階級を表すタグのカラーは漆黒だった。


 駆け出しのF級から始まり、最高位のA級までが存在する冒険者ランク。


 その通常のランク制度から外れた所に、まったくの規格外としてS級が存在している。そして、S級に与えられるネームタグのカラーこそが漆黒である。


 冒険者は、実力の世界。


 冒険者ランクはその実力のわかりやすい証明である。


 基本的に階級が上の冒険者には敬意が払われるものであり、それがS級ともなれば、この場の冒険者すべてが背筋をピンっと伸ばして黙り込むのも当然だった。


「まあ、そんなかしこまらんでええよ」


 S級冒険者は、たったひとつのある条件を満たすことで昇格可能だ。


 大陸全土に根を張っている冒険者組合ギルドには、各国の主要都市には必ず支部が置かれている。数多くの支部の中でも、独自の路線と立場を貫くのが〈最果て支部〉。極北バトルノースを拠点とする〈最果て支部〉の所属冒険者になること――それが唯一にして絶対のS級冒険者の条件だった。


「スミ爺、それでどうだった?」


 流刑戦団と同じく、S級冒険者を極北バトルノース以外で見かける機会なんてほとんど存在しない。同業の冒険者からすると、S級は異端であると共に伝説。彼らのヒーローであるが、理解の及ばない化物でもある。


 ヴァンの率いるパーティー、彼ら四人。


 流刑戦団の罪人。


 S級冒険者。


 大聖女。


 格が違う、これはもう圧倒されないわけがない。


 もはや誰一人として彼らに口を挟めない、挟もうとも思わない。身動きすら躊躇していた。ピリピリと張り裂けんばかりの緊張感の中で、彼ら四人だけは平常通りに話を進めていく。


「居所は判明したぞ。まあ、ちょっと厄介だがな」


 彼らの目的は、人探し。


 スミ老人は頼りになる情報源として、ギルドマスターから話を聞いていた。


 ヴァンはその成果を単刀直入に尋ねる。


「どこにいる?」


「ダンジョン」


 短い会話だったが、それで十分とばかりにヴァンは笑った。


「オーケー。アタシたちも行こう。迎えに行こう」


「まあ、ヴァンさん。うれしそうですね」


 マリアに花のような笑顔を向けられて、ヴァンは素直にうなずいていた。珍しく、年相応の晴れやかな笑みで返事をする。


「そりゃあ、一年ぶりに会えるからな」


 そして、ヴァンは酒場のカウンターの上に仁王立ちした。


 有象無象の冒険者たちをぐるりと見下ろしながら、槍を肩に担いで、いつでも攻撃体勢に移れると云わんばかりの殺気を垂れ流しながら叫んだ。


「この一年、エリンという冒険者がここを拠点にしていたはずだ。神の加護を持たない身でありながら、冒険者として戦う道を選んだのは立派! ああ、素晴らしい! それをバカにしたヤツがいたならば、ここで名乗り出ろ。万が一にも、言葉だけでなく、手まで出したというクソ野郎がいたならば、今すぐに殺してやる。千回突き刺してから、万に刻んでやるよ。……ああ、死ねよ。テメエら。顔に出てやがんだよ。ここが極北バトルノースだったら、お前らはもう死んでいる。全員、逃さず殺している」


 冒険者たちが震えて、青ざめる。


 幾人か、腰を抜かしていた。


 無能力者ノッツのエリン。この冒険者組合ギルドホールでは、悪い意味での有名人である。無能力者ノッツという最底辺の弱者でありながら、冒険者になりたいと冒険者組合ギルドホールの門戸を叩いた時から、漏れなく失笑を向けられていたものだ。


 無能力者ノッツは役立たずの代名詞である。エリンをパーティーに迎え入れようとする者なんて、当然ながらまったく現れなかった。雑用として使い潰そうとする悪辣なパーティーだけが、エリンを都合よく利用していたものだ。


「テメエらの態度が物語っている。殺してやりてえ……殺す、殺す、殺す。だが、抑えてやるよ。ここは極北バトルノースじゃあない。他所で、うちの家名を汚すわけにはいかない。もちろん、次はねえぞ。極北宗家の名にかけて、次期宗主をバカにしやがるヤツは一人も生かしちゃおけない」


 極北宗家。


 この世の最果て、人類圏の最終防波堤である極北バトルノースをまとめ上げる領主一家。大都市の政治のトップでありながら、世界最大のダンジョンから湧き出るモンスターの大群に対して、いつでも最前線で立ち向かう武の一族でもある。


 極北宗家。


 流刑戦団。


 冒険者組合ギルドの最果て支部。


 世界最悪の地である極北バトルノース、その守りの要となる三大勢力であり、極北宗家はさらにその筆頭である。シンプルに云い換えるならば。世界最強の一家族――各個人が最上位の神々から幾重にも寵愛を受けている上に、宗家の秘伝として神の加護を制御する技術にも長けている。さらに幼少の頃から実戦を通して徹底的に鍛えられているため、死地であろうが笑って踏み込む異常な精神性でも名高い。


「極北宗家の〈七姫〉が一番槍、ヴァンヴァンス・マスターノースがここに宣言しよう。冒険者のエリン……いや、違うな。ハッキリとこう告げるべきだ。極北宗家の次期宗主、シェリンフォード・マスターノース! アタシの兄ちゃんにちょっとでも悪さするようなクソ野郎は、全員、この槍でぶっ殺してやる!」

【第4話 はじめての戦い】が終了しました。


 → → → 【幕間 蜃気楼】に続きます。


『あとがき』

 第4話が想定していた倍以上の文量となってしまい、疲れました。ここまで既に20万字近くを費やして、作中の時間経過が数時間ということに驚きます。物語のテンポを上げたい!


 さて、「活動報告」等でお知らせしていた通り、アルファポリスから刊行の『THE FIFTH WORLD』という作品を出版契約解除した上で、「小説家になろう」に再掲載する予定です。


 そして、契約の解除日が今月末と決まりました。そのため、来月の10月1日から『THE FIFTH WORLD』の再連載を始めるつもりです。本作と密接に絡む作品のため、未読の方はぜひこの機会に目を通していただければ!


 上記の準備に加えて、本作の書き溜めが多少欲しい所なので、次回の本編更新は10月1日にしたいと思います(今月中に一度だけ短編みたいなものを投稿するつもりです)。一月近く更新が空いてしまうので作者自身ちょっと不安なのですが、何卒ご了解いただければ幸いです。


 感想・レビュー、評価等々お待ちしております。更新期間が空いてしまうので、その分のモチベーションを恵んでください。よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ面白い。すべてが新鮮な感じがして先がわからない分ワクワクが止まらない
[良い点] エリン君は王子様だったのか〜。 面白かった。
[一言] まさか前作の面白さを軽く超えてくるとは… 恐れ入りました 次回更新を静かに待ちたいと思います。
感想一覧
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