第4話 はじめての戦い(7)
ゲームに馴れたプレイヤーならば当然の知識になるだろうが、スキルや魔法によるバフ・デバフの効果が永続するなんて馬鹿な話はない。そうした効果は一定時間で途切れるのが普通であるし、そうでなくてはゲームバランスが崩壊する。
時間魔法オールドに関しても、効果時間は大して長くなかった。
エリンとロアの悩みは杞憂に終わる。
なんとも云えない重たい空気が漂う中で、二人が見つめ合っていると唐突に終わりはやって来た。大人バージョンのロアがいきなりボワンと煙に包まれたかと思えば、次の瞬間には通常の子供バージョンに戻っていた。
「わあ、元通りですよ!」
ロアが歓声を上げる。
エリンは心底、ホッとしていた。
ロア自身は大人の姿を気に入っていた様子だが、さすがに魔法で他人の人生を台無しにするのはダメである。子供を大人に変化させてしまい、それが元に戻らないなんてことになれば、エリンはそれこそ己の一生をかけて彼女に償いをしなければいけない所だった。
エリンにとっては、まさしく人生の一大事である。
割合、真剣に思い悩んでいた。
もちろん、子供から大人に変化したと云っても、ここはVRMMOの仮想世界である。リアルで身体が変容するのは大事だろうが、仮想世界ではまったく大したことではなかった。
仮に、時間経過で魔法の効果が解除されなかったとしても、所定の手続きを経て身体をカスタマイズすれば元通りにできる。詰まる所、多少の手間はかかるかも知れないが、ゲームとしては大した話ではないのだ。
「よかった。あのままだったら、結婚を申し込む所でした」
「ふぁ! どうしてそうなるんですか?」
ロアは目を丸くするが、エリンは責任の取り方としてはそこら辺が妥当だろうと考えている。
二人の認識にはこれまでと同じく大きな差が生じていた。
「うーん、しかし、先程のは〈時間魔法〉ですよね?」
ロアは気を取り直したように、素朴な疑問を口にする。
エリンはそんな風に問われても、首を傾げることしかできない。
なにせ、身体の奥にある未知の感覚に従っただけである。何が起こるかもわからないまま、危機的状況を打開できそうな行動を反射的に選択していた。魔法であることは理解していたものの、〈時間魔法〉という認識は未だに持っていなかった。
「屋上での戦いの時から、エリンさんが初心者プレイヤーにあるまじき強さを見せているのには気付いていました。そして、なにやら不思議な武器を使われていることにも――。もちろん、想像するのは簡単でしたよ。ミリオンレイドに最後の一瞬だけでも参加したのですから、その報酬を得る権利を得たわけで、ボスモンスターのドロップ品を入手したのですよね? ただ、それにしても……」
ロアは、まだ気付いていない。
知らないのだ。
エージェントの襲撃に始まり、〈蜃気楼〉の乱入による混迷したバトルは、ここまでノンストップ。最前線で巻き込まれ続けたロアには、彼らの会話を丹念に聞き取る余裕もなかった。『ユニークアイテム』という単語は彼らの会話の端々に登場していたものの、ロアは完全に聞き逃していた。
知らなければ、気づきようもない。
ミリオンレイドボス〈オメガ〉のユニークアイテム。
そんな馬鹿げた一品が本日生み出されたなんて、そもそも考えつくようなものではない。そして、ミリオンレイドにトラブルが原因でたまたま紛れ込んだ初心者プレイヤーがそれをゲットしたなんて、事実は小説よりも奇なり。普通は想像すらできないことだった。
ロアが思い至らないのは当然のことである。
「時間魔法が使用可能になる武器って、どれだけのレアリティ……」
「二人共、おしゃべりの時間は終わりですよ」
レンフェロの声に、エリンとロアは同時に振り返る。
戦闘も終わっていないのに、なにをのんびりしているのかと云わんばかりのレンフェロ。彼の構える双剣〈パロポロム〉には魔力の輝きが宿っている。
戦闘は継続中。
レンフェロは先程から雷魔法を断続的に繰り出していた。前線では、ヒッグスが〈レッドアリア〉に詰め寄ろうとしている。
「オールドの効果は終了しましたが、左手を奪えたのは大きい。これは絶好のチャンスです。ミリオンレイドで三日三晩戦い続けたカラサワ本人の疲労も相当でしょう。ここまでの状況はおそらく二度と無い。悪名高き〈七廃人〉に一泡吹かせられるかも知れません。……さあ、〈蜃気楼〉。今日こそは無様に泣いてもらいますよ」
クールなキャラクターのレンフェロが、まるで火が付いたようになっていた。
それは怨嗟の火である。〈七廃人〉の引き起こすトラブルに長年さんざん巻き込まれてきたエージェントだからこそ、猛烈な恨みつらみを抱えていた。
『その娘は取り返したんだから、一目散に逃げても良いんだよ?』
エージェント二人の攻撃をあっさり避けながら、カラサワが楽しそうに告げている。
「戯言を。あなたが逃がしてくれるはずありませんからね」
レンフェロは魔法を放つと同時に云い返していた。
『まあ、逃さないのは正解だよ。これで終わりなんてツマラナイ』
カラサワは最初、ロアを捕らえた状態で『これはゲームだ』と云っていた。
圧倒的な実力差があるからこそ、彼女を取り返せるかどうか、という勝利条件が一方的に設定されていた。カラサワの提案したゲームに関して云えば、ロアを見事に取り返してみせたエリンの勝利である。だが、所詮は傲慢な強者が気まぐれに始めた遊びに過ぎない。
再び、一方的な通告。
『ボスキャラはライフを一回削ったぐらいでは終わらない。さあ、第二ラウンドと行こうか』
空中に舞い上がった片腕の〈レッドアリア〉が、レーザーライフルを構えた。
「ロア!」
「は、はい」
レンフェロに名指しで呼ばれ、ロアが背筋を伸ばす。
「案内人ならば、その役目を果たしなさい」
「え、そ、それはどういう意味で……」
「彼の〈キャラメイク〉は終了していませんよ。仮決定の状態で止まったままで、まったく酷い有様です。自分自身のステータスや装備の状態すら確認する方法も知らない初心者プレイヤーを、案内人のあなたはそのまま放っておくのですか?」
カラサワの放ったレーザーライフルの一撃が、三人のすぐ近くに着弾する。
舌打ちして、レンフェロは被弾を避ける位置に飛び退く。
エリンもまた、ロアを抱えながら逆方向に移動し、〈レッドアリア〉の左手の残骸に身を隠した。
「待ってください、エリンさん」
戦斧を構えて、物陰からすぐにでも飛び出そうとしたエリンをロアが引き止める。
「わたしは戦うことのできないNPCです。こんな状況では何もできないと思っていました。情けなくも、初心者プレイヤーのエリンさんに助けられるばかりで……。でも、違いました。あなたの力になれるかも知れません」
ロアの背負ったランドセルから、機械腕がたくさん這い出して来る。
闇夜を照らしながら、彼女の周囲にはマニピュレーターの画面が浮かび上がる。
「エリンさんに、今一度、尋ねます」
ロアは深呼吸する。
案内人として、今できること。戦場の真ん中でチュートリアルのやり直しなんて前代未聞だろう。だが、ロアが力を尽くせるのはこれだけだ。エリンのためになるならば、無茶は承知でやってやりたい。
最初の出会い。
エリンの言動に面食らったまま、強さを望むという言葉の切れ端を拾い上げて、ロアはプロトコル〈キャラメイク〉を行った。そうして組み上げた構成自体は非常にオーソドックスなものであり、何かしらの瑕疵があるわけでもない。
だが、最善かと云われれば、たぶん違う。
パッと思いつくだけでも、例えば、エリンは先程から戦斧や機械弓を使用しながら戦っている。ロアの組み上げた初期ステータスはそれらの武器種を使用することを想定していなかった。
「エリンさん、あなたはどんなプレイヤーになりたいですか?」
この仮想世界に何を望むか。
VRMMO〈CROSS〉は『第二の現実』と呼ばれる程に成長している。現実と変わらない可能性が散りばめられており、ある意味では、現実以上に何にでもなれる可能性を秘めていた。
望み、挑めば、与えられん。
プレイヤーの願いを叶えるために力を尽くすのが、案内人の本懐だ。
「強くなりたいという言葉に間違いはありませんか? 戦闘をメインに据えたプレイスタイルでも、戦い方は色々です。攻めるのか、守るのか。最前線に立つのか、後方から支援に徹するのか。どのような武器を得意とするのか――ひとつひとつ尋ねている時間がないので、エリンさんの最も望むものを教えてください」
ロアが知りたいのは、具体的に形作られたプレイスタイルではなく、むしろ漠然と思い描かれる理想的な自分のイメージである。
メインウェポンは両手剣、サブとして投擲武器も使いたい。魔法は攻撃系統だけでオッケー。ステータスは攻撃力の特化型――そんな風に、初心者プレイヤーから具体的な注文を出される場合も多い。
プレイヤーの注文にそのまま応じるだけならば、案内人は楽な仕事だろう。
残念ながら、初心者プレイヤーが自身で考えたスタイルが適切かと云えば、決してそうではないのだ。中途半端に聞きかじった知識で、自分勝手に思い描いた最強を目指した場合、ほぼすべての初心者プレイヤーは途中で挫折してしまう。
目指すべき姿があるとして、そっくりそのまま最初から始めれば良いわけでもない。
エリンが望むもの、どのような未来を見据えているのか、そこに至るまでの道筋には遠回りが必要かも知れない。本人ですら見つけられないかも知れない道筋を、しっかりと迷わぬように導くのが、今この時、案内人であるロアにできる唯一のことだった。
「俺が、望むもの……」
エリンは一瞬、考え込む。
その迷いは、問いかけに対する答えを探していたからではない。
望みは、強くなることだ。
何処までも、果てしなく強くなりたい。
「エリンさん」
熱心に見つめるロアの視線に、エリンはすぐに思い直し、迷いを捨ててうなずく。
強くなりたい。そして、それを願う理由も、いつでも胸中に閉まってある。
神の加護を得られない無能力者。
十七年間、最弱の人間として生きてきた。
生まれ故郷は極北で、戦わなければ生きられない土地。本来であれば真っ先に死ぬはずのエリンが今まで生きて来られたのは、たくさんの人々の助けがあったからに他ならない。自分の代わりに戦い、自分の代わりに傷つき、そうして自分の代わりに死んでいった者たち。
自分の命は、誰かの命の代償の元に今も存在している。
いや、自分の命だけではない。
世界中のすべての人々の命は、どこかの誰かが命をかけて戦った末の犠牲の元に今日も続いている。ある人が鶏の鳴き声で平穏な朝に目覚める代わり、ある人は一夜の戦場を越えられずに目覚めない。エリンは世界がそんな風にできていると知っている。
知っているが、どうにもできない。
極北では、今日もエリンの知る誰かが死んでいるだろう。
彼らの死を止めることはできない。
なぜならば、エリンが弱者であるからだ。
無能力者が誰かの窮地に駆けつけても、意味はない。
逆に、ただ足を引っ張るだけだろう。
エリンは誰も助けられない。
いつも、助けられるばかりだった。
もしも、力があったならば――。
今度こそ、みんなを助けたい。
「俺は、世界を救えるだけの力が欲しいです」
「それは、また……すごく大きく出た答えですね」
エリンが正直に告げた言葉に、ロアは目を丸くするも、笑わなかった。
しばらく考えた後、彼女はこんな風に云う。
「世界を救うなんて、それこそ昔からゲームの主人公たちが求められてきた役割ですよ。だから、RPGの定番にして王道たる〈勇者〉になるしかありませんね。最高ランクの職業として〈勇者〉は存在していますし、そこを目指していくのは当面のゲームの目標として悪くないと思いますが、でも……」
ロアの視線には、試すような光が含まれていた。
「職業としての〈勇者〉、結局、それはゲームシステムの一部に過ぎません。本当の意味で世界を救うもの――ゲームとしての〈勇者〉ではなく、ただ〈勇者〉その人と呼ばれるのは並大抵のことではありません。だって、そんな風に讃えられるのは、あらゆる仮想世界の中でも一人だけですから。あれだけ強い〈七廃人〉でも無理なことなんです」
力を得るのと、世界を救うのとは別の話だろう。
ロアはそう云っている。
エリンもなんとなく理解し、うなずいて応える。
「大丈夫です。無能力者として弱者をずっとやって来たからわかっているつもりです。強くなってそれで終わりじゃない。むしろ、そこからです。〈勇者〉になるなんて光の神の加護がなければ無理ですし、当代の〈勇者〉は既に選定済みなのでやっぱり関係のない話だと思いますが……。まあ、とにかく、誰よりも強い力があれば、それだけたくさんの人を救えます」
「わかりました」
ロアは、張り詰めた緊張感を解くことなく、ここで会話を終了した。
エリンのロールプレイ――ロールプレイと思わなければ理解できない言葉の数々に対して、それでもロアは真摯に受け止めていた。いや、受け止めざる得ないだけの熱量がエリンの言葉には込められていた。
望むのは、世界を救えるだけの力。
世界を救う。
現代日本の平和ボケしたような世界で、大真面目にそんなことを云う若者がいるとは思えない。だが、ロールプレイとしてふざけているようにも思えない。ロアにはいくら考えてもわからないことだった。多少の推測として、エリン自身の過去になにか壮絶なものがあるのだろうと考えた。
実際、それは正しい。
「それでは、はじめます」
ロアはプロトコル〈キャラメイク〉を再開する。
「最初に、仮決定したステータスを完全に破棄します。特例にはなりますが、チュートリアル中断後にエリンさんが獲得された基本スキルとそのレベルは維持したいと思います。また、さらに特例中の特例とはなりますが、それらの獲得済みの基本スキルにも、初心者プレイヤーに配られるボーナスポイントを割り振ってしまいたいと思います」
チュートリアルの完了前に、ゲームの舞台である仮想世界に降り立つというイレギュラー。
プロトコル〈キャラメイク〉は通常、これからゲームスタートするプレイヤーのために使用されるものであり、既に基本スキルを所持しているプレイヤーに使われるのはありえないことだ。その時点でマニュアルから外れているのだから、もはや細かい所は気にしても仕方ない。多少の道理は曲げてでも、ロアは最善最高を目指そうとしていた。
「エリンさんの戦闘スタイル、その方向性を決定するためには――」
ロアはステータスを初期化していく間に、エリンの所持品を確認するためにそのインベントリを調べ始めた。
予想通り、ミリオンレイドに偶然にも参加したため、素材やドロップアイテムが大量に放り込まれている。どれもが貴重品であり、ひとつひとつ念入りに確認したい所だったが、悠長にしている時間はない。ロアは額を押さえながら、できるだけ素早く中身を確認していく。
その途中で、機械腕も含めて、ロアの動きがピタリと止まった。
エリンの所持アイテムの内でひとつだけ、『装備中』になっている武器がある。
「……なんですかこれ、バッジ?」
遂に、気付いてしまった。
恐る恐る、アイテムの詳細画面を開いたロアは、次の瞬間に悲鳴を上げた。




