第3話 ユニークアイテム〈バッジ〉(6)
「……で、あなたはどんな風に思いましたか?」
エージェントの二人は一旦行動を取りやめて、エリンとロアの次の出方を様子見していた。
経験豊富なNPCである彼らにとっても、今回の任務は予想を裏切るような展開が続いている。レンフェロはそれでも落ち着き払っていたが、エッジは白面を押し上げた額に冷や汗を浮かべていた。
「先輩はどう考えているんですか?」
「私は、あなたの意見をぜひ聞いてみたいと思っていますよ」
レンフェロが敢えてエッジに答えを求めるのは、先輩から後輩に対してのちょっとしたテストに他ならない。
表情を変えないレンフェロに対し、うんうん唸り始めるエッジ。
金髪碧眼、若々しく日焼けした肌。
裏表のない性格で、陽気なおしゃべり。
どちらかと云えば陰気な空気を纏いがちなレンフェロとは正反対である。
「えー、そうですね。個人的な感触だと、ロアちゃんはシロですね」
表情をころころ変えながら、エッジは答える。
「とりあえず、ウィルスに感染しているような言動は見られません。自分の意思でうちの会社に反旗を翻すような性格でもなさそうです。まあ、生まれてから大した時間も経っていないのに、そこまでの自我を確立するNPCなんているかって疑問もありますよ」
「まあ、同感です。エージェントとしての見解が一致して良かったですね」
レンフェロはまるで答え合わせのように感想を述べる。
エッジは大いに苦笑していた。
「先輩、試さないでください。……それで、どうします? これはやめますか?」
エッジが片手をぶらぶらと振った。
そこに握られているのは、紫色の毒々しいナイフ。
ロアに問題が無いならば、強制的に身柄を押さえる必要はなくなる。そうなれば、プロトコルを封じる武器を使用する必要もない。トラブルが実際に起きている以上、事情聴取は必須だが、それも穏便に同行を願えばいいだろう。
だが、レンフェロは首を横に振った。
「あくまで、私たちの印象が一致しただけの話です。そんな不確実なものでGMの指令を覆すことはできません」
「それじゃあ、ロアちゃんを無力化する所までは予定通りですか?」
「そうですね。そこは最初からやり直しということです。どこかの誰かが、せっかく一度は確保したはずのターゲットを逃してしまいましたから……」
「逃げろって云ってくれたの、先輩じゃないですか!」
「私は、避けろと云っただけです。それを逃げろと解釈するのは結構ですが、さすがに逃がせとは云っていません。ちゃんと彼女を捕えたままで、攻撃を避け切れば良かったではないですか」
「そんな無茶な……。先輩、厳しいです」
エッジが目に見えて落ち込む。
レンフェロは気にした素振りも見せない。
エージェントには本来、上下の関係は存在しなかった。エージェント同士の立場は対等である。少なくとも、レンフェロはそのつもりなのだが、何かとチームを組むことが多いエッジとヒッグスは妙に先輩後輩という関係性を築こうとする。
正直、迷惑にも感じているレンフェロだった。
ここはさらに口撃を加えるべきかとも考えるが、エッジがわかりやすく肩を落としているので、結局はため息を吐くだけにとどめた。
「……まあ、気楽に考えましょう。GMは物事を深く見通す御方です。私たちの印象が正しいならば、GMもきっと同じ結論を下されるでしょう」
「わかりました、先輩。でも……」
エッジは顔を上げると、急に視線を険しくした。ここまでの話は前置きと云わんばかりに、声色を変えて、必要以上にヒソヒソとした話し方になる。
「先輩。俺が気にしているのは、あっちですよ、あっち……」
エッジの視線はロアではなく、エリンの方に向けられている。
「初心者プレイヤーなのに、あいつ、ちょっと強すぎじゃないですか?」
「……そうでしょうか。別に、許容範囲だと思いますよ。仮想世界にエラーが発生しているわけではありません」
パニック気味のエッジに対し、レンフェロは淡々としている。
ミリオンレイドボス〈オメガ〉のユニークアイテム、VRMMO史上最大のレアドロップと云っても過言ではないその装備には、どれだけ暴力的な能力が秘められていても不思議ではない。
それに加えて、エージェントという本来は太刀打ちできるはずもない格上の敵に真っ向から挑むことでの急成長――そうした理屈の上では、エリンの初心者プレイヤーとは思えない強さを説明することは可能だった。
「そりゃまあ、そうかも知れませんけれど……」
エッジもルーキーではあるが、エージェントの一員である。馬鹿ではない。
だから、レンフェロの云いたいことはすぐに理解できていた。
その上で、彼は不満を口にする。
「オメガのユニークアイテムがヤバいのはわかります。仮想世界で最高のレアアイテムが大したことのない性能だったらその方が興ざめですし……。初心者プレイヤーだからその分だけ成長が早いのも、まあ、納得はできるんですけれど……。んー、いや。やっぱり、おかしいですよ! そんな風にいきなり手に入れたズバ抜けた能力を、どうして初心者プレイヤーが使いこなせるんですか?」
「それも、同じことですよ。なにも異常なことは起きていません。仮想世界ではそもそも、この程度を【異常】とは呼ばないのですから――。正確には、もう呼ばなくなりました。普通のプレイヤーには絶対に真似できない領域のプレイスキル。天賦の才に類するもの。かつては異常、異質、異次元のものとして、【普通】ではないと排斥されかけましたが、現在ではちゃんと名前が与えられました。名付けは重要です。名辞には力がありますからね。それで状況がガラリと変わることもある。実際、名前を得ることで彼らは世間に対する市民権を得て、VRMMOという『第二の現実』で確固たる地位を獲得しました」
「えー。それって、つまり……」
「トッププレイヤー」
レンフェロはきっぱりと云い放つ。
「トッププレイヤーがどれだけ常人離れしたプレイを見せても、一般人はもはやそれを【異常】として排除しようとはしません。時代の流れですよ。トッププレイヤーは、トッププレイヤーという存在として【普通】に世界に受け入れられています。ならば、私たちもあの坊やの存在を受け入れるべきです」
エッジは黙り込んだ。
レンフェロの言葉に対し、信じられないと云ったように目を真ん丸にしていた。
「トッププレイヤーなんて、そんな冗談を……! だって、あの子は初心者プレイヤーですよ。今日ゲームを始めたばかりの、初心者の中の初心者です。初心者プレイヤーをトッププレイヤーと同列に語るなんて、それこそ異常な……」
「プレイヤーのことを異常とか云うものではありません。クレームになります。私たちNPCと違って、プレイヤーは……人間は、無限の可能性を秘めた生き物ということを覚えておきなさい。可能性を論じるならば、何だってありです」
VRMMOにおける〈トッププレイヤー〉とは、近年誕生したばかりの新しい言葉である。
それは単純にプレイ時間が膨大なベテランを指す言葉ではない。基礎ステータスや基本スキルを模範的に極めた者に対しても、それだけではトッププレイヤーという言葉は使用されない。
身も蓋もなく、非常にシンプルに説明するならば、トッププレイヤーとはVRMMOがうまい者たちのことだ。
もう少し付け足すならば、彼らは常識に縛られない。
現実と見間違う程に成長した仮想世界で、現実の認識に引っ張られることなく、人理を超越した動きをあっさり成功させられる者たち。常識という現実の枷が最初から外れている者たち。仮想世界に適応した者たち。
そうしたプレイヤーはやはり極一部しか存在しないのだ。
「初心者プレイヤーなのに、トッププレイヤー同然のプレイスキルを兼ね備えているなんて……ゲームの天才って奴ですか? そんな一億人に一人みたいな天才が偶然、チュートリアルでトラブルに巻き込まれて、ミリオンレイドに乱入して――。さらに天文学的な確率を引き当てて、ユニークアイテムをゲットとか! 先輩、なんなんですかそれ? 神様に愛されている人間ってほんとうにいるんですね」
宝くじの一等に何回も連続で当たるようなものである。
エッジはわけがわからないとばかりに天を仰いだ。
「まあ、あなたの気持ちもわからなくありません。私は、運が良いとか悪いとか、そんなものは確率の問題だと思っているタイプですが……。それはそれとして、神さまには一言云ってやりたい気分です」
レンフェロはため息を吐く。
そして、彼もまた空を見上げた。
新宿エリアの空には不穏な空気ばかり立ち込めている。
紅の夜。黒雲の切れ間に見える三日月に、レンフェロは視線を細めていく。
「神が見ているならば、私は『ふざけるな』と云ってやりましょう」
「……先輩? あれ? 神とか信じている信心深い設定のキャラクターでしたっけ?」
「いいえ。ご存知の通り、私は面白味の欠片もないキャラクターですよ」
「じゃあ、いきなり神とか何を云っているんです?」
「お気になさらず。ええ、気にしても無駄ですからね。エージェントの仕事を立派に勤め上げていれば、いずれわかりますよ」
エッジは明らかに困惑した顔で、レンフェロの顔をじっと覗き込む。
だが、それ以上の説明がされることはなかった。
あきらめたように、エッジは話題を変える。
「先輩、それで。ロアちゃんの捕獲は当初と変わらずで良いとして、あの坊やはどうしますか? ロールプレイなのか知りませんが、完全に女神を守る騎士さまって感じですよ。俺らがどうこう云って譲ってくれる気配もありませんが……」
「ええ。ならば、答えは決まったも同然でしょう」
レンフェロは、両手を左右に大きく広げた。
再び、インベントリの光。
渦巻く光から引き抜かれた両腕には、白と黒の双剣が握られていた。
【装備名】
パロポロム
【レアリティ】
プライマル
【武器種】
双剣
【付与職業】
固有職業〈献身者〉
【付与能力】
自己犠牲の力
[攻撃力をアップする(効果:特大)]
[攻撃速度をアップする(効果:大)]
[被ダメージが増加する(効果:中)]
攻撃魔法強化Ⅳ
[黒剣に武器種〈ステッキ〉の属性を付与する]
[魔法系統〈炎〉が使用可能になる]
[魔法系統〈氷〉が使用可能になる]
[魔法系統〈雷〉が使用可能になる]
[あなたの基本スキル〈双剣術〉のスキルレベルが、〈攻撃魔法〉に関係する基本スキルのスキルレベルにすべて適応される]
防御魔法強化Ⅳ
[白剣に武器種〈杖〉の属性を付与する]
[魔法系統〈防御〉が使用可能になる]
[あなたの基本スキル〈双剣術〉のスキルレベルが、〈防御魔法〉に関係する基本スキルのスキルレベルにすべて適応される]
双唱魔法
[あなたは魔法を同時にふたつまで唱えられる]
だましうち
[あなたはこの効果を任意に発動できる]
[十秒間、魔法使用不可。効果中の魔法は消滅する]
[十秒間、あなたの近接攻撃のダメージが三倍になる]
ブレイク
[双剣〈パロポロム〉の耐久値が0になる]
[対象一体のライフを最大値まで回復する]
「マジですか? 先輩、いつになくやる気じゃないですか」
エッジが驚きの表情を見せる。
レンフェロがインベントリから抜き出した双剣は、最高位のレアリティであるプライマル級の武器である。
トッププレイヤーでも、ひとつかふたつ所持していれば十分という程に入手難度が高いプライマル級のアイテム。エージェントの中でもプライマル級の武器を所持しているのは二人だけで、レンフェロはその数少ない内の片割れである。
レンフェロは、この双剣を滅多に使用しない。
理由は、単純なもの。運営側の立場にあるエージェントNPCが、最高レアリティの装備を見せびらかすように使用するのはいかがなものか――。
プレイヤーの反感を買わないように、レンフェロはできるだけ自重するように努めていた。逆に云えば、これをインベントリから引き出したということは、それだけ本気になったということだ。
エッジもそれを理解している。
理解している分だけ、とても驚いていた。
「初心者プレイヤー相手に、マジモードですか?」
「そんな風に云わないでください。なんだか情けなくなります」
冗談のように返しながら、表情は真剣なままのレンフェロ。
「最初は、こちらのトラブルに巻き込んでしまったプレイヤーへのフォローと考えていました。軽く撫でてやって終わりのつもりでしたが……。反撃されて気づきましたよ。あれだけのモノを秘めた坊やが、この一件に無関係とは思えません。今回のトラブルの原因が何なのか――人間みたいに不合理な云い方をするならば、これは勘です。あの二人はどちらも、何かがあるように思えます」
レンフェロは断言する。
一方で、エッジは慎重に尋ねていた。
「当初の計画は、ロアちゃんを無力化して捕まえることだけでしたよね。でも、先輩の考えは途中で変わった。あの坊やと戦闘継続ってことで良いんですか? どんな風にオチを付けるつもりですか?」
「エージェントに上下はありません。あなたはあなたの考えで動いても良いんですよ」
「いやー、偉大な先輩の指示に従う方が間違いないんでっ!」
レンフェロは皮肉たっぷりの物云いなのに、エッジはまったく気にする様子なく笑う。
むしろ、懐いた犬のような笑顔をレンフェロに向けていた。
レンフェロの方が視線を外してしまう。
「……はあ」
レンフェロはため息と共に告げた。
「とにかく、ロアの捕獲は必須です。その上で、あのプレイヤーも確保します」
「……え?」
「GMの所に、二人共連れて行きますよ」
「ええ!」
GMは、VRMMO〈CROSS〉の最高責任者。
優楽堂の経営サイドの人間ではなく、あくまで一介の技術者を名乗り続け、ゲームのことしか考えていないような一風変わった男である。だが、CROSSのプロジェクトを立ち上げた初期メンバーの一人であり、その後もあらゆる発展に寄与してきた実績から社内の評価は抜群に高い。少なくとも、CROSSの運営に関して、彼に意見を述べられる者は存在しなかった。優楽堂の会長や社長、名誉顧問に至るまで、誰一人としてGMのやり方には口出しできない状態になっている。
優楽堂の内部では、そんなGMのことを影の帝王と呼ぶ者だっている。社内やライバル企業の間では有名人なのだが、表舞台に立つことを面倒臭がるため、世間一般にはあまり知られていないのだ。
VRMMO〈CROSS〉が『第二の現実』として存在感を増していく現状では、GMの存在感もさらに増し続けている。
エージェントは、そんなGMの直属の部下である。
エッジもGMと直接顔を合わせる機会がこれまで幾度もあった。
今でこそ、エージェントとしてGMと話をするのも当たり前になりつつあるが、エッジが普通のNPCとして仮想世界で暮らしていた頃は、GMなんて雲の上の存在だと思っていた。気軽に話をするなんて想像もできない、一生に一度ぐらいお目にかかる機会があるだろうかという王様のような存在である。
初心者プレイヤーをそんなGMにいきなり引き合わせるというのだから、エッジが大いに戸惑うのも仕方ないことだった。
「ちなみに、普通に説得して連れて行くのは無しです。わざわざ、これを出したのは――」
レンフェロが、プライマル級の双剣〈パロポロム〉を構えながら続ける。
「あの坊やを完膚無きまでにボロボロにしてやらなければいけないからです。徹底的に、圧倒的な敗北を与えてやるのが私たちの仕事です。良いですか? 私たちが今から始める仕事は、戦うとか、敵を倒すとかではなく――エージェントの真の強さ、本当の格の違いというものを教えてやることです」
エッジは、レンフェロのきっぱりとした発言に対し、すぐには返事ができない。
むしろ、ゆっくりと大きく、首を傾げていく。
「……わからないという顔ですね?」
「はい! すみません、先輩」
「初心者プレイヤーなのに、ミリオンレイドボスのユニークアイテムを手に入れるという奇跡を得た。仮想世界でおそらく史上最大の幸運でしょう。能力の片鱗に触れただけですが、それだけであのユニークアイテムが恐るべきものだとわかります。さらに、こちらが本気ではなかったとは云え、エージェントを相手にそれなりにやれてしまったという事実……あの坊やはすぐに気づくでしょう。自分が他の多くのプレイヤー、有象無象の存在たちとは比べ物にならない才能の持ち主であることに」
すべて、歯車が噛み合ったようにうまく回っている。
本当に気持ち悪いぐらい、すべてが出来すぎだ。
レンフェロはそう思い、初心者プレイヤーのエリンを取り巻く流れを良くないことと考えていた。ほんの少しの幸運は人生をより良いものにするかも知れないが、これはもはや人生を侵す毒である。自分で選ぶ余地なく、最初から敷かれたレールの上を強引に押し進められているようなもの。行き着く場所に対する覚悟もないまま、このまま進んで行けば――。
「何もかもトントン拍子に進んでいく初心者プレイヤーに必要なものは、無味乾燥に続いていく勝利ではありません。決意も覚悟もなく手にした神がかり的なパワーで、有象無象をなぶり殺して得られる愉悦の味を覚える必要もありません」
それでは待ち受けるものは破滅だけだ。
レンフェロは、エゴの塊のようなプレイヤーは嫌いである。
嫌う理由はシンプルで、彼らは主人公たる器を持ち得ないからである。
「私はNPCですからね。プレイヤーのために生きています」
NPCは人間ではない。
だから、プレイヤーにはなれない。
ゲームの主人公になれるのは、プレイヤーだけである。
プレイヤーには、物語の主役になってもらわなければいけない。
脇役たる存在として、レンフェロにはプレイヤーを正す使命があった。
「彼に必要なものは、ただひとつ。それは完全なる敗北です。あれだけのものを与えられた坊やには、誰かが早々に敗北を教えてあげなければいけません。自分が無敵ではなく、自分が万能ではなく、この無限の広がりを持つ仮想世界にはいくらでも格上の存在がいるのだと……。そこに気づいてもらえれば、ようやく彼の物語はスタートするでしょう。一人のプレイヤーとして、立派なゲームの主人公になってもらうためには、なんとしてもそれが必要です」
レンフェロはそこまで云い切って、一歩前に出た。
双剣を握りしめる。
負けるとは微塵も思わない。
トッププレイヤーを想起させるだけの才能を秘めており、前代未聞のユニークアイテムを所持し、現在進行形で加速度的に成長を続けているとは云え――それでも、エリンは初心者プレイヤーである。エージェントが最初から本気を出せば負ける要素は微塵もなかった。
大事なのは、結果ではない。
過程である。
レンフェロが頭の中に思い描くのは、理想の〈敗北イベント〉。
問題は、果たして自分がそれだけの役者になり得るかという点だった。
「私ごときに、好敵手としての悪役が務まるか、どうか……」
プレイヤーのために存在するNPCとして、レンフェロはその存在意義を問われているような気分だった。
「……せ、先輩」
「あなたも本気で戦ってくれることを――」
さらに一歩、レンフェロは前に出ようとする。
だが――。
そこで、違和感。
新宿エリアは、これまで無風。
なまぬるい空気は、死体みたいに停滞していた。
レンフェロは今、背中に勢いよく吹き付ける風を感じていた。
「……エッジ?」
一言呼びかけるも、返事はない。
違和感。
それがすぐに、嫌な予感に変わる。
風。
熱風。
チリチリ、と。
肉の焦げる匂いが遅れてやって来る。
「エッジ!」
振り返れば、エージェントの仲間はそこで死んでいた。
焼死体。
一瞬で、立ち尽くしたまま焼き尽くされていた。
灰になっていく身体。
もはや、助からない。
だが、エッジの瞳の奥には最後の光が残っていた。
「せん、ぱ……。……う、上で、す」
ぐしゃり、と。
ライフの尽きた身体が崩れ去る。
細かな光のドットとなって分解されていくエッジの身体。レンフェロがその光景を見つめていたのはほんの一瞬で、彼の残した最後の警告に従い、双剣〈パラポロム〉を握りしめながら頭上を振り仰いだ。
「……神の、底意地の悪さを感じますね」
レンフェロは笑えない状況に思わず笑ってしまった。
必要なのは、好敵手ではなかったのかも知れない。
確かに、悪役は必要である。
残念ながら、自分はその器では無かったということなのか。
レンフェロは煮え切らない気持ちになる。視界に入ったそれが新たなる敵としてこの場に出現したことを、まったく歓迎することはできなかった。エージェントであるレンフェロですら、恐怖に背筋が凍りつくような化け物である。神の悪戯と考えても、これはやり過ぎだろう。
初心者プレイヤーに対して、いきなり〈ラスボス〉をぶつけるようなものだ。
「話が通じるタイプではありませんからね、あれは……」
不吉な夜空をバックにして、天に浮かぶもの。
それは、機械の巨人である。
全長18.2m。
重量49.0t。
型番は、AION-03。
天使の四枚羽を模したスラスター、頭上には光の粒子で形成されたリングを戴く。カラーリングは真紅。顔付きは、女性型。アイカメラはゴールドに輝いていた。
右手には大口径のレーザーライフル、左手には射突式のビームパイル。
両肩には実弾タイプのミサイルポッドが装備されている。
通常はまぶしいぐらいに磨き上げられている装甲は、今、かなりの砂埃で汚れていた。汚れだけでなく、ダメージも相当に酷い。装甲は随所が凹んでいるし、額のレーダーアンテナは片方が折れてしまい、スラスターも時折、パチパチと動作不良を起こしかけていた。
それも当然で、ほんの一寸前まで激闘の最中にあった。
激闘の名は、ミリオンレイドバトル。
天空から見下ろす機械の巨人。
それは――。
否。
彼女は――。
モンスターでもなければ、NPCでもなく、プレイヤーである。
『追いつき、追い越し、追い詰めた』
ミリオンレイドの戦闘領域であった大阪エリアからこの新宿エリアまでは、現実をリアルに再現した分だけの距離がある。転移門で瞬間的に逃げ延びたエリンとロアと違い、彼女はおそらくこの場所まで愚直に飛んで来た。
普通は追いつけない。
不可能。
だが、不可能を可能とするプレイヤーが一人だけ存在した。
仮想世界〈最速〉の称号保持者。
彼女は騎乗系スキルのスペシャリストである。
馬に代表される騎乗可能な動物やモンスター。あるいは、馬車や荷車のような簡素な乗り物にまで騎乗系スキルは効果を発揮する。
職業としてはメインに選ばれることは少なく、サブに据え置かれる場合がほとんどの騎乗系。長距離移動を楽にする便利なスキル系統ぐらいにしか考えていないプレイヤーが大勢を占める中で、彼女はひたすらこれだけを追求している。
本来は、戦闘で活躍できるプレイスタイルではない。
だが、彼女は、異端者ならではの戦闘方法を編み出してしまった。
自由度の高いVRMMOでも唯一無二の戦闘スタイル。
彼女の他に、こんな騎乗物を作り上げたプレイヤーはいない。
『さあ、レッドアリア』
愛機のコールサインは〈レッドアリア〉。
旧き良き時代のRPGを原点とするVRMMOには、どれだけ発展し、進化しても、剣と魔法のファンタジーというイメージが根強く残っている。
一人だけなんか間違って、硝煙立ち込めるSFの世界に生きるプレイヤー。
巨大ロボットのパイロットを務めるのは〈七廃人〉が一人。
その名は、〈蜃気楼〉カラサワ。
『盗人くんを血祭りにあげようぜ』
カラサワの駆る〈レッドアリア〉。
黄金色に輝くアイカメラは、エリンだけを見下ろしていた。
【第3話 ユニークアイテム〈バッジ〉】が終了しました。
→ → → 【第4話 はじめての戦い】に続きます。




