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第2話 七廃人(4)

 ――ミリオンレイドに八人目のプレイヤーが参加しました。


 ――プレイヤー〈エリン〉が戦闘領域バトルフィールドに入りました。




 それは、さすがの七廃人にもまったく予想できなかった展開。


「ん?」


 オメガの直上にいきなり展開されたのは、仮想世界のまったく別の場所と繋がる光の輪――プロトコル〈転移門ゲート〉だった。


 小さな少年が飛び出して来る。


「……んん?」


 最強無敵のトッププレイヤーたちが、揃いも揃って首を傾げる。


 一方で、自爆のカウントダウンは淡々と進行していた。




 ――10。


 ――9。


 ――8。




 エリンは見る。


 異世界で生まれ、辺境に育ち、伝説として語られる土地を日々眺めていた。神の加護のせいで切り裂かれた大地を見たこともある。ダンジョンから溢れ出した恐るべきモンスターたちの軍勢を、郷里の街で迎え撃った時の恐ろしい戦争風景は今も目に焼き付いている。


 だが、それ以上の光景が広がっていた。


 晴天を滑るように、エリンは天高くから落ちていく。


 灼熱の太陽を背に受けながら、生ぬるい風が全身を包み込む。


 焼けた鉄の匂い。

 あちこちで瓦礫が燃えている。


 地平線の果てまで、無慈悲な荒廃が広がっていた。


 元々は、栄えた王国だったのだろうか――エリンはそんな風に束の間考えるが、それは当たらずとも遠からずだった。


 システムウィンドウが自動的にオープンすると、エリンの視界の片隅に『現在地:大阪万国博覧会(1970)』と表示する。ただし、エリンに日本の地名や年代が通じるはずもなく、その情報は大した意味を持たなかった。


 エリンの意識はすぐに、たったひとつのものに吸い寄せられる。


 荒廃の中心部に位置する、クロガネの山脈。


 自爆寸前、瀕死のオメガである。


「……あれに、手が届くか?」


 エリンは空高くから落下している。


 このままでは間違いなく落下死である。


 案内人ナビであるロアのミス、プロトコル〈転移門ゲート〉の暴発のおかげでこのような窮地に陥っているわけだが、エリンにはその経緯は理解できていない。何が起こったかもわからないまま、転移門ゲートに足元から飲まれて、文字通りの急転直下で空から落ちているだけだ。


 だが、冷静だった。


 これもまた、神の力が為せることなのだろう。


 エリンはいつものごとく、そんな風に理解していた。


 だから、笑う。


 死にそうな時ほど、気楽に笑うだけだ。




 ――基本スキル〈高所落下〉を閃きました。


 ――基本スキル〈ピンチ〉を閃きました。


 ――基本スキル〈胆力〉を閃きました。




 システム音声が次々と基本スキルの獲得を告げるが、気にしている暇はない。


 エリンは体勢を整えて、落下の勢いと向きを調整する。


 必死に手を伸ばしたのは、オメガの背面から突き立つ砲塔である。


 指先が触れるものの、落下の勢いの凄まじさに弾かれる。


 まあ、当然だ。


 わかっているが、これぐらいしか足掻くすべがない。


 何度も挑戦し、落下スピードを殺していく。指先が血塗れになる頃、どうにか砲塔に取り付いた。すり潰されるような衝撃を背中で受けながら、急角度の砲塔を滑り落ちていく。


「死ぬっつうの!」


 罵声を吐き捨てながら、エリンは剣を抜く。


 オメガの装甲に突き立て、落下を止めようとするが――。


 エリンはチュートリアルすらまだ完全に終えていない初心者プレイヤー。


 基礎ステータスも、基本スキルのレベルも、何もかも最低の数値である。


 最強のミリオンレイドボスに刃が立つはずもなかった。


 剣を打ち込んだ瞬間、ひときわ大きく弾かれた。


 落下速度はかなり落ちていたものの、それでも目が回る勢い。


 世界がぐるぐる回転する中で、エリンはオメガの頭上に叩きつけられた。


「痛っ、ぐうぅ……!」


 ライフはレッドゾーン。


 不快なアラート音が鳴り始める。


 ギリギリ生き残ったのは、とにかく奇跡だ。




 ――基本スキル〈九死に一生〉を閃きました。




「嘘だ、生きているのか?」


 自分自身で死んだと思っていた。


 エリンは生き残ったことに安堵し、一度だけため息を吐く。


 現在状況が不明瞭であるため、悠長に寝ている余裕はなかった。


 エリンは無能力者ノッツで、最弱とバカにされることばかりの日々を送っていたが、冒険者としての生き方には本気で取り組んでいた。


 ダンジョンの中では気を抜いた者から脱落していく。


 一難去ったからと云って、そのまま安心して寝転がっていたら、次にどんな危険が襲いかかって来るかわかったものではない。


 エリンは痛みを堪えて立ち上がろうとする。


 力の抜けた身体を支えるために、オメガの頭頂部に片手を突いた。


 ポチッ、と――。


 何やらチープな音が聞こえた。


「……ん?」


 偶然、右手が押し込んだ何か。


 振り返れば、ボタンである。


 小さな文字で『緊急停止スイッチ』と書かれていた。


「なに、これ?」


 それは三日三晩戦い続けた〈七廃人〉ですら気づいていなかったギミック。


 最後の最後に待ち受けるオメガの自爆攻撃は、運営の仕掛けた最悪に意地悪なトラップである。だが、どれだけ超高難易度のミリオンレイドとは云え、誰にも絶対にクリアできない仕掛けではゲームとして成り立たない。


 どれだけわかりづらく、不親切であろうとも、これがゲームであるからには【答え】は用意されているものだ。


 ライフが尽きてから発動する自爆攻撃。


 トラップイベントの一種であるため、そもそも真っ向から自爆攻撃を防ぐというのは最適解ではなかった。〈最硬〉のミリアが自身の能力をフル活用してバリアを展開したのは、それはそれで攻略方法のひとつではある。


 彼女の実力が運営の想定を超えていたならば、オメガの自爆攻撃をバリアで防ぎ、そのまま勝利という結末もあり得たかも知れない。


 しかし、運営側はそんな攻略方法を許すつもりはなかった。


 オメガの自爆攻撃の威力は〈最硬〉のバリアでも防ぐことのできない数値に設定されている。もちろん、これから何年も後、〈最硬〉のバリアがさらに〈最硬〉のものに進化した時には結末は変わるかも知れない。だが現状は、あのままカウントダウンが進めば〈七廃人〉は敗北していたに違いないのだ。


 唯一の【答え】として用意されていたのが、『緊急停止スイッチ』。


 オメガと七廃人の戦闘はこれまで三日三晩も続いていたが、運が良ければ、その間にスイッチの存在に気づいていたはずだ。


 激しい戦闘の最中にはスイッチの存在する意味がわからなくても、誰かが発見さえしていれば、最後のトラップイベントが起きた瞬間に思い出しただろう。


 詰まる所、七廃人は今回のミリオンレイドバトル、最後の最後に運営の仕掛けた賭けに負けたようなものだ。


 だが、運営側もここまでは予想できなかったに違いない。


 七廃人はきっちり負かしてやったのに――。


 まさか、たった一人の初心者プレイヤーに勝敗をひっくり返されるとは――。


 まったく馬鹿らしいこの結末は、たぶん神さまにしか予想できないだろう。




 ――緊急停止スイッチが押されました。


 ――カウントダウンを停止します。




 エリンの行動は、偶然の産物。


 しかし、結果として、オメガは倒された。


 万策尽きたと云わんばかり、オメガの心臓部コアが最後の輝きを失っていく。あらゆる可動部がだらんと垂れ下がり、もはやピクリとも動かなくなる。


 しばし、静寂。


 システム音声が告げた。




 ――オメガの討伐が確認されました。


 ――ミリオンレイドバトルを終了します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリンの活躍のさせ方にとても感心しました。
[一言] 『THE FIFTH WORLD』無印及びawakingをまだ読んでないから、あまりよく分かりませんが…… > ――基本スキル〈高所落下〉を閃きました。 > ――基本スキル〈ピンチ〉を閃き…
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