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第2話 七廃人(2)

 第五のミリオンレイドボス〈オメガ〉、真の最終形態。




 ――死ぬがよい。




 ボスが一定のライフを減らせば、変身・変形するのはお約束である。


 これで最後と思われた第三形態にトドメをさした瞬間、オメガは心臓部コアを剥き出しにした『最終鬼畜防衛モード』に移行した。


 無差別に放たれる弾幕。


 トルネードのように、砲弾、ミサイル、レーザー。


 オメガの攻撃が周囲の地形を無残に破壊し尽くしていく。


 倒壊する建造物が雨のようにバラバラ降り注いだ。


 爆心地のように、ほんの一瞬で戦闘領域バトルフィールドの全域が更地になってしまった。


「あー、まったく。爽快だね」


「……まだ、終わらないか」


「やれやれ。小生の商談の予定がまた遅れてしまうよ」


「ウホッ」


「ダベってんな、てめえら。行くぞ!」


 曇天すら吹き飛ばし、最終幕は似つかわしくない快晴の青空――。


 燃え滾るような太陽を背にして、一つ目玉の心臓部コアを剥き出しにした巨大機動要塞が浮かんでいる。


 剣山のように無数の砲塔を伸ばし、無限に巨大戦闘ロボや高機動戦闘機、電子妖精を吐き出し、一定のタイミングで必殺の『はどうほう』をぶち込んでくる宇宙戦艦さながらのボスモンスター〈オメガ〉。


 だが、プレイヤーの一人は軽々と弾幕の中に踏み込んで行く。


 地獄のような砲火に対し、春の小雨を浴びるみたいに鼻歌まじり。


 そして、接敵する。


 オメガは最後の弱点コアをさらけ出しているが、最後の砦、鉄壁のバリアがそこを守っていた。


「鉄壁?」


 ドゴンッ、と――。


 オメガのバリアに勢いよく、何かが衝突した。


 隕石でも落ちたような衝撃波が周囲一帯を駆け抜ける。


最硬サイコーなのは、いつだってミリアちゃんだからっ!」


 バリアに叩きつけられるものが何かと云えば、バリアである。


 バリアを打ち破るために、バリアで殴りかかる阿呆がここにいた。


 七廃人が一人、〈最硬サイコー〉のミリア。


 ステータス極振り系の極致。ひたすら防御に特化したミリアは、しかし、残念ながら、守り(タンク)役を任されることがとにかく苦手である。


 彼女の脳はたぶん筋肉で出来ている。『硬いもので殴れば相手は死ぬ』という本人なりの哲学イメージに基づき、彼女はいつでも最硬のステータスで敵に突貫する。


 武器は持たない。


 代わりに、仮想世界で最硬のバリアを利用する。


 それは本来、大規模拠点防衛用として使用されるような特別スキルである。


 それをどうしてか、ミリアは素手で掴み上げて振り回すのだ。


 本人は難しいことなんて考えていない。だが、結果としてそれは攻防一体の素晴らしい武器となる。バリアはあらゆる攻撃をはじき返しながら、最硬の鈍器としてオメガのバリアにヒビを入れていく。


 もちろん、オメガもやられっぱなしで黙っていない。


 後部のミサイルハッチが連続して開くと、対人小型ミサイルが白煙を吹き上げながら殺到した。


 ミリアのバリアは簡単に打ち破られるようなものではない。


 だが、守りの苦手な彼女はバリアに隙間を作りがちだ。細かな網目を縫うようにして、オメガのミサイルがミリア本人に迫った。


 着弾。

 大爆発。


 攻撃一辺倒の彼女はまったく身を守ろうとしていなかった。


 しかし、爆炎が落ち着いてみると、ミリアは一切のダメージを受けることなく平然としている。そして、これまた不思議なことに、先程までとは全然違う場所でオメガをバリアでビシバシ殴り続けているのだ。


 オメガの攻撃を素早く回避した、というわけではない。


 防御に特化しているミリアは、基礎ステータスの〈速さ〉はトッププレイヤーの中でも下から数えた方が早いぐらいだ。


 彼女が無傷なのは、最後尾からサポートに徹する仲間がいたからだ。


「機械なんだから、目に頼るばかりじゃいけません」


 戦闘領域バトルフィールドの端っこ、一番の安全圏でのんびりしているプレイヤー。


 キセルを吸いながら、戦況を傍観者のように眺めている洒落者だ。


 痩せた長身の若旦那。着流しに下駄を履き、蛇の目の傘を武器として携えている。


 鴉のようにしっとり艶のある黒髪と、万人を等しく見下すような冷たい目つき。


「まあ、音だろうが熱だろうが、小生はなんでもペテンにかけてしまうが」


 男は商人である。


 名前は、〈嘘憑き〉ゼロ。


 VRMMOの楽しみ方は様々で、モンスターと戦うだけが全てではない。ゼロは戦闘よりも商売を好み、仮想世界で最大級の商家を作り上げたプレイヤーである。


 一方で、彼はペテン師でもある。


 大富豪にのし上がるまでに、吐いた嘘と泣かせた敵は数知れず。


 商人であり、ペテン師。それらのプレイスタイルは戦闘にも応用されている。曰く、ばれない嘘はただの真実。精神操作、幻影術、話術――からめ手の勝負で右に出るものは無し、ゼロはいつでも仮想世界にさらなる虚構を混ぜ込んだ。


 オメガは現在、ゼロの操る幻に翻弄されていた。


 ミリオンレイドの戦闘領域バトルフィールドに参戦しているのは〈七廃人〉のみ。


 七人のトッププレイヤーだけが存在するはずの戦闘領域バトルフィールドには、しかし、パッと見ただけでも一万人を超えるプレイヤーの姿があった。それらはすべて、ゼロのスキルで生み出された幻である。


「まあ、この程度は朝飯前だ」


 オメガの攻撃は結果として無差別なものになっていた。


 最強のミリオンレイドボスであるから、適当にバラまくだけの弾幕でも恐ろしい。威力も範囲も桁違いである。実際に、ゼロの生み出した幻のプレイヤーたちは紙くずのように次々と消滅していく。


「おお、怖い怖い」


 ゼロはくすくすと笑っていた。


 偶然、レーザーの一発がゼロの方に飛んでくる。


「おっと、これは参った」


 ゼロはペテンのスペシャリストであるけれど、逆に云えばそれ以外はからきしでもある。


 オメガの攻撃を直接受け止められる能力は、彼には無かった。


「頼んだよ、〈主人公未満ライトヒーロー〉」


 ゼロはピンチでも余裕たっぷり、キセルの煙を吐く。


 ふわふわ漂っていく煙の先で、空間がグニャリと歪む。


 貼り付けられていた幻が解除されて、何も無いと思われた場所にプレイヤーが一人出現する。


「すみません、サポートに入ります。僕なんかでごめんなさい!」


 なぜか謝罪しながら、ゼロを守る気弱な青年。


 オメガのレーザーは、彼の構えた盾があっさり防いだ。


「いや、助かったよ」


 ゼロはまったく焦った様子もなく、相手によれば小馬鹿にされたと感じるぐらいの調子で礼を云う。


「……ゼロさん、あなたは一発当たれば消し飛ぶんですから、注意してくださいよ。一人でも欠けると戦線は崩壊します。ここまでがんばって失敗なんて嫌ですよ。〈蜃気楼〉の姐さんがせっかく前線を支えてくれているんですから、ゼロさんも、もう少し……あ、いえ。偉そうにするつもりはないんです。ごめんなさい」


 なぜか最後には謝罪する青年、〈主人公未満ライトヒーロー〉アーク。


 トッププレイヤーの中でも飛び抜けた存在である〈七廃人〉は、それだけ我が強い者ばかりである。


 その中で唯一、とにかく気弱なのが〈主人公未満ライトヒーロー〉。


 彼は消極的であり、他人の意見に流されやすい。


 そして、自己評価も低い。


 アークは〈七廃人〉の中で最弱なのは自分だろうと信じて疑わない。だから、この戦闘中も面倒な役割を積極的に受け持ち、犬のようにあちこち走り回っていた。


 ゼロを助けたのもその一環である。


「君は、いつも楽そうで良いね」


 ゼロはキセルを吹かしながら、アークにそんなことを云った。


「……そうですね、はい。よく云われますよ」


 アークは卑屈な笑みを浮かべて、ゼロにぺこりと頭を下げる。


 その時、再び、オメガの連射したレーザーが二人の元に飛んできた。


 トッププレイヤーだろうと注意して身構えていなければ不可避の攻撃だったが、アークは振り返らない。そのまま、右手の盾が数発のレーザーを打ち払った。


「やっぱり、君は楽をしている。ずるいね、若いのだから苦労しなさい」


 オメガの攻撃を防ぐ際には、アークの腕の関節は異常な曲がり方をしていた。


 その身体は、まるで右腕に引きずられるかのような動きを見せていた。


「次が来るよ。さあ、がんばれ」


 ゼロがやる気なく応援する。


 オメガの攻撃は多種多様で、直接攻撃だけではない。


 ボスモンスターならば、取り巻きのモンスターを呼び寄せるのは定番である。オメガの召喚する配下のモンスターは機械系。九機の戦闘マシン(ナインボール)が、アークをいつの間にか取り囲んでいた。


「でも、これはこれで疲れるんですよ」


 窮地に陥っても、アークはどこか他人事のようだ。


 戦況の移り変わりや仲間たちの状態は気にしているものの、自分自身の置かれた危機には無頓着である。オメガからの絶えまない攻撃に対しても、九機の戦闘マシン(ナインボール)に対しても、警戒する様子はまったく見られない。


「すみません……とりあえず、こいつらは片付ける必要がありますね」


 アークは左手を背中の剣に伸ばした。


 指先が、触れる。


 瞬間、スイッチが切り替わる。


 爆発的な殺気。

 狂気のような敵意。


 機械たちの動力ハートすら凍てつかせるぐらいに。


 何処にでもいそうな青年。ぺこぺこ頭を下げているのが似合う気弱な〈主人公未満ライトヒーロー〉はその一瞬でトッププレイヤーらしい化物に変わった。


 片手剣が敵の群れに飛び出して行く。


 それはやはり異常な光景である。


 小盾がオメガのレーザーを防いだ時も、アークはその左腕に引っ張られるかのような動きを見せた。


 今も、アークは右手の剣に引きずられている。


 彼自身はまるで添え物のようだ。


 物理法則を完全に無視した動きで、剣は華麗に踊り、九機の戦闘マシン(ナインボール)は次々に落とされていく。その一方で、アーク本人はおもちゃの人形のようにあちらこちらに振り回されていた。


 アークは、片手剣と小盾のオーソドックスな剣士のプレイスタイル。


 ステータスも平均的であり、何かと特徴的なトッププレイヤーの中では平凡過ぎるぐらいに平凡だ。〈主人公未満ライトヒーロー〉という二つ名を持ち、〈七廃人〉として畏怖される理由は、彼だけが異常に鍛え上げた基本スキルに原因があった。


 基本スキル〈オートアタック〉。

 基本スキル〈オートガード〉。


 どちらもVRMMOに不慣れな初心者プレイヤーをサポートするための基本スキルである。普通にプレイしていると、仮想世界での戦闘に慣れ始めた頃には使われなくなっていく。


 トッププレイヤーの中で初心者用の基本スキルを愛用している者なんて誰もいない。唯一の例外となるのが〈主人公未満ライトヒーロー〉アークである。


 アークの戦いを眺めながら、ゼロがため息と共に感想を漏らしていた。


「君のプレイスタイルを真似ようとした者は多いが、誰一人として真似できた者はいない。まあ、それはそうだ。基本スキルのレベルを上げただけでそんな動きができるならば、誰だってトッププレイヤーになれる。君が本当はどれだけおかしいことをやっているのか、それは君自身もわかっていないのだ」


 ゼロはそこで、ポンッとキセルの灰を落とした。


 幻術がまたひとつ、解除される。


 オメガの弱点コアを守っているバリアに変化が生じていた。


 ミリアがひたすら殴り続けていたそのバリアは、これまでヒビが入る程度でなかなか壊れる様子を見せていなかった。しかし、ゼロの幻術が解除されると、バリアはいきなり真っ赤な状態に変化した。


 既に破壊される一歩手前である。


 オメガがいきなりの出来事に状態異常の〈混乱〉を引き起こし、激しい攻撃の手がわずかに乱れた。


「最後は任せたよ」


 機械すら煙に巻いた男は気だるく笑いながら、仕事は終わったと云わんばかりにキセルをまた口に咥える。


「ミリアちゃん、もう一発いきまーすっ!」


 高らかに宣言しながら、ミリアが最高に最硬なバリアを叩きつける。


 オメガのバリアは粉々に砕け散り、弱点コアを守るものがこれで何も無くなった。

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