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8話.臆病な衛兵

「ご、ご令嬢様にも見えて、おられるのですか……?」


 質問を質問で返すなんて、礼儀のなっていない衛兵ね。


『ちょっと! もしかしてあたしを見てそんなに怖がっていたんですか!?』

「ひいいっ!」

「もう、そんなに怒鳴らないの。余計怖がってるじゃない」


 臆病衛兵をこれ以上縮こまらせないよう、なるべく優しい声で亡霊をなだめると、亡霊はふてくされながらも衛兵から距離をとった。

 それにしても意外ね……。私の前世を自称するくらいだから、てっきり私にしか見えない存在なのだと思っていたわ。少なくとも屋敷の使用人達や昨日学園内で会った学生達は、どれだけ亡霊がふざけたことをしていても無反応だったし……。

 衛兵は少し落ち着いてきたみたいで、私を見ながら恐る恐る口を開いた。


「まさか、貴族様にも見える方がいるとは思いませんでした。我々平民なら稀にいるのですが……」

「あなた、霊のことに詳しいのね? 良かったら聞かせてもらえないかしら」


 私の前世なんてものを自称する亡霊は、こうしてつきまとわれている私自身にとってもよくわからない存在だ。その亡霊について何か知る手がかりになるかもしれないと、私は衛兵から話を聞き出そうとした。


「は、話をするのは構いませんが、その……」


 衛兵は亡霊をチラリと見やる。何処かへ追いやってほしいのね。


「悪いけど、これは私のそばから離れることが出来ないらしいの」

「そ、そうですか。わかりました……」


 渋々といった様子で衛兵は話を始めた。


「と言っても話せる事はそう多くは無いのですが……。俺は物心がついた頃から、死んだ人間の霊が見えていたんです。でも誰も信じてくれなくて……」

『あーはいはい、よくある話ですねー』

「ひっ」

「……亡霊、もう少し優しくしてあげて」


 亡霊が話に割り込んだ瞬間に縮こまる衛兵が繊細な小動物のように見えてきたわ……。決して可愛くはないけど。

 私は亡霊を手で制しながら衛兵との対話を続けた。


「でもあなた、先ほど平民なら見える者が稀にいると言っていたわよね?」

「は、はい。霊達から聞いた話をもとに霊感仲間を探した事がありまして……それでも、気配をなんとなく感じるとか、ぼんやりと見えるとか、声が聞こえるだけという者がほとんどでした」

『はあ!? ただのビビリだと思ってたのに、他の霊とはフレンドリーに接しているんじゃないですか! どうしてあたしの事そこまで怖がってんですか!』

「ひいいいい!!」

「もう、いい加減にして! あなたが怒鳴る度に会話が進まなくなるじゃない!」


 いけない、つい私まで怒鳴ってしまったわ。人前ではなるべく穏やかな、クオレスにふさわしい淑女でありたいのに……。

 私は一つ咳払いをしてなるべく柔らかな物腰で兵士に向き合う。


「あなた自身ははっきり霊の姿が見えているの? 正直、ここにいる亡霊はそこまで怖がる程の見た目をしているようには思えないのだけど……」

「しっかり見えていますよう……貧民の恰好をした、悪霊の姿があ……」

『平民の兵士にまで貧民扱いされた……』

「悪霊……たしかに、私の体を一度乗っ取ろうとしたものね」

「の、乗っ取り……!? いや、それも怖いですけど、ご令嬢様は気づいておられないのですか!? ご令嬢様の魔力、そこの悪霊に吸い取られているんですよ!?」


「え……?」

『は……?』


 私達の声が完全に重なった。

 今物凄く重大な事実を告げられたような気がするんだけど……!?


「亡霊、魔法使ってみて」

『ええと、こうですか? 石になーれ、メドゥーサ・カース』

「ぎゃああああっ!!」


 亡霊の全くやる気の無い詠唱によって先ほどまで私が寝ていたベッドとその周囲が完璧な石化を遂げ、それを見た衛兵が悲鳴を上げながら部屋の隅まで逃げだした。

 ……私が魔力欠乏症と言われた原因がこれでハッキリとしたわ。


「あなたのせいだったんじゃないのおおお!!! 返しなさいよ、私の魔力!!」

『ままま待ってくださいよ! あたしがジュノさんのかしこさを吸い取っちゃったっていうんですか!?』

「さっきも思ったけどその言い方やめなさいよ! 別に私は馬鹿になった訳じゃないし、あなたが私の知性を奪い取ってそのザマじゃ私の立つ瀬が無いでしょうが!」


 亡霊は本当にわけがわからないといった顔をしている。とぼけているわけでは無さそうだけど、だからといって許せるわけではない。


 亡霊との言い争いを一旦落ち着かせた私は、再び衛兵から話を聞き出すことにした。


「もしかしてあなた、最初からこのことを知っていたの?」

「は、はい。悪霊が見えているなら、きっと魔力を吸い取られた事も知っているのだろうと……扉の前で待っている意味なんて、無かったなって思ったんですが」


 衛兵はずっと亡霊に怯えながらもそのことを私に伝えようとしていたらしい。

 魔力を持たない平民の衛兵でありながら、霊はおろか私達が持つ魔力まで見えてしまうだなんて……衛兵が持つ能力にも驚いてしまう。


「あなた、実は貴族の血を引いているんじゃないの?」

「いえっ、俺に魔力が無いことは俺自身がよくわかっていますので、それは無いかと……!」


 魔力を持つ者の一部には、常人が見る事の出来ない存在……精霊やそれに類する者を目にすることが出来る者がいる。だけどその者達の力を持ってしても死んだ人間の霊が見えたという話は一切無く、人間の霊なんてものは平民達が語る狂言だと貴族達の間で片付けられていた。人の持つ魔力が肉眼で見えるなんて話も聞いたことが無いわ。


 見えざるものを見ることが出来る貴族達でも目にすることが出来ないものを、魔力を一切持たない平民である衛兵が目にしている。となると、魔力以外にも見えざるものを見る力が存在するということなのでしょうね。

 とはいえ、この国では到底受け入れられそうにない話ではあるけれど……。

 今の世の貴族は領地や領民を持たない。富はあれど、それは成功した平民達も有するもの。平民に無く、貴族にあるものはもはや魔力のみ。その魔力の価値が相対的に下がりそうな話を、魔力至上主義であるこの国が認めるのはとても難しいことだと思う。

 私自身、実物と遭遇しなければ信じることも無かったでしょうし。


「魔力を奪われていたことを教えてくださって本当にありがとう。私一人では気づけなかったわ。……ちなみにどれくらい魔力が取られてしまっているかわかる?」

「殆ど取られて絞りカスみたいな力しか残っていませんね」

「し、絞りカス……」

「はっ! も、申し訳ございません! ご令嬢様相手に絞りカスなどと!」


 確かに自分自身が使った魔法の威力を思えば、絞りカスという表現にも納得がいくのだけど……。あまりにも直球な表現に動揺を隠せなかった。


『あ、わかりましたよ! ゲームで聞いた話なんですけど、魔力と精神と魂には密接な繋がりがあるらしいじゃないですか?』


 私と衛兵が会話をしている間後ろで唸っていた亡霊が突然明るい顔をして語り出す。


「確かにそんな話はあるけど、それが一体なんだというの?」

『あたしっていわば、魂だけの姿じゃないですか? だから、この魂がジュノさんから出ちゃった時に一緒に魔力もくっついてきちゃったというか、魂だけな分、魔力もこっちに流れちゃったんじゃないかなーって!』

「魂が……?」


その単語で私は先ほど亡霊が口にしていた言葉を思い出す。


「そういえばあなた、さっき私に言っていたわよね。観測された歴史の私は悪魔か何かに魂を売って魔力を高めてもらったんじゃないかって……」

『あー、言いましたね! どうやらそうじゃなかったみたいですけど。ゲームのジュノは前世の魂と分離するなんてイベント起こさなかったから最初から魔力が高いままだったんでしょうねえ』

「つまり、私は悪魔に魂を売ったんじゃなくて、悪霊に魂を強奪されたってことになるのね。……悪魔よりタチが悪いじゃないの!」

『いやいや、そうじゃないでしょ! あたしがジュノさんの魂を持って行ったんじゃなくて、あたしそのものがジュノさんの魂の一部なんですってば!』

「だから! あなたのようなのが私の一部なわけが無いでしょう!?」


「……さっきから思っていたのですが、もしかしてお二人って結構仲が良い感じですか……?」


 先ほどまではあんなに怯えていた臆病衛兵が、心なしか呆れたような目で私達を見つめていた。

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