71話.【亡霊】元亡霊は悪役令嬢を救いたい 後編
お願い、効いて!
「メドューサ・カース!」
あたしが呪いをかけた対象は――他でもない、ジュノさんだった。
蝕む瘴気が邪魔をしているのか、一瞬にして石になることはなかった。
だけどジュノさんは足元から少しずつ、着実に体が石になっていく。その身を庇いながら戦っていたクオレスもまるで石のように動きを止めた。
「ジュノ……!?」
その瞬間に全ての攻撃が止む。
「貴様……なんのつもりだ!! 何故彼女に手を出した!」
尋常でない殺気を一身に受け、当然のように身がすくむ。
だけどあたしは震える声で言ってやった。
「へへっ……いくら魔人だろうとクオレスさんにはジュノさんを元に戻す魔法なんて使えませんよね? ジュノさんが石化から解けるには、あたしがてきとーに決めた解呪条件が満たされるか、ユアナちゃんの魔法で強引に解呪するかです。あたし達にその体を渡さないかぎりジュノさんは元に戻りませんよ。ああ、今すごーくイライラしてるでしょうけど、むしゃくしゃして周りに当たり散らしたりしないでくださいね? 今のジュノさんはすっごく脆い体になっちゃってんですから、どんな衝撃で壊れるかわかったもんじゃない。粉々になっちゃったらユアナちゃんでも治せるかわかりませんよ?」
これがここに来る前に聞いた作戦の一つだった。みんなが苦戦した場合に備えてのものだったから、やる必要が無ければいいななんて考えていたけれど、結局実行することになってしまった。
こんなことを言われたところで、クオレスは大人しく渡してはくれないだろう。
だけど徐々に石化していくジュノさんを目の前にして、クオレスの中で迷いが生まれた。
「フッ、他愛無いな! そらユアナ、俺からの戦利品だ!」
その迷いは隙を生み、ジュノさんを奪う機会を与えてしまった。物を盗むのが誰よりも得意なロウエンの手によって。
煙の中に包まれたジュノさんは衝撃を全く受けることなくクオレスの手から離れ、ユアナちゃんのもとへと運びこまれる。
無理矢理奪い返そうとしたら出来たかもしれないけど、クオレスがそれをしなかったのはジュノさんの体が壊れることを恐れたからだろう。
「ジュノさん……わたしが全部治しますっ!」
ユアナちゃんは聖女の魔法を使って石化と一緒にその中も瘴気も全部取り除いていく。
そうしてジュノさんはユアナちゃんの腕の中で意識を取り戻した。
「ん……あれ、私……」
目の中も濁りも綺麗さっぱり消えている。良かった、もう元気そうだ!
「忌々しい……。もう少しで私と同じ体に出来たところを」
傷だらけのみんなが安堵する中、一人だけ怒りをむき出しにしているクオレス。だけどあたし達に攻撃してくる気配は無かった。
「ジュノ。君に教えてやろう。そこの聖女に与えられた加護が私達にとってどれほど目障りな力なのかを」
「加護……?」
クオレスはまるで他のものなんて見えないかのようにジュノさんに語り掛ける。
そしてその言葉に首を捻ったのはユアナちゃんだった。加護ってのはユアナちゃん自身も知らないものみたいだ。あたしもそんな設定は知らない。
「この国で過去幾度も現れた聖女達はいずれも無垢なる魂の持ち主で、それ故に騙されやすく周囲から利用されやすかった。特に先代聖女は未曾有の脅威である魔人が発生した時期に現れたにも関わらず、同じ人間達の手によって陥れられ儚くなったのだ。これを嘆いた精霊は次の聖女に加護を与える事にした。それが……人々が聖女に向ける好意と敵意を表面化しやすくするというものだ」
その話を聞いたジュノさんの目が見開く。まるで何か思い当たることでもあったみたいな表情だ。
「聖女に誰が敵で誰か味方か区別出来るようにするため、周囲の者はどんなにその思いを隠し通そうとしても行動に出る。敵意を持つ者は本来の理性を失い悪意の言葉を口にするか、聖女を傷つける為に軽率な行動をとるようになり、一方で彼女に少しでも好意を抱けば無関心を装えずに味方になろうとする。それがそこにいる聖女にかけられた加護だ。誰もがその加護に振り回され、己を見失っているに過ぎない」
ここにいる誰もが言葉を失った。
「……アタシのこの気持ちが、加護によるものだって言うのかい……?」
みんなの中で疑念が生まれる。中でも一番ひどい顔をしているのはユアナちゃん自身だった。自分にそんな力があったなんて思いもしなかったってのがすごく伝わってくる。
言われてみれば、たしかにユアナちゃんの周りは好きと嫌いの両極端ばかりな気がした。
学園内で悪口を叩いていたやつらもあっという間に手のひら返しをしたし、嫌がらせをしたスチューリアなんてその最たるものなんじゃないだろうか。
もしもその設定が、ゲームにもあったのだとしたら……ゲームの中のジュノがあんな行動をしたのも、ユアナちゃんの加護のせい……?
それに、無表情がウリのキャラなクオレスがすぐにユアナちゃんには柔らかい笑みを見せていたのも……。
「その加護というのは偽りの感情を作り出すようなものではないんでしょう? 想いそのものはそれぞれが抱いたもの。だというのなら私の行動もあなたの行動も正当化は出来ないわ。なにもかも私達自身の責任よ」
意外にもこの気まずい雰囲気を打ち破ったのは目覚めたばかりのジュノさんだった。
それも、ここにいるジュノさんとクオレスというよりは、ゲーム内のジュノとクオレスの行動について言っているかのような言い方で……。
「そうだ! 加護ってやつの影響が多少あったとしても、ユアナがオレ達にとって大切な仲間ってのには何も変わりないさ!」
「フンッ、俺は自分の心を疑ったりなんぞせんぞ!」
「……ああ、そうさね! ごめんよユアナ、アタシがどうかしていたよ! あんな男の言葉に惑わされるところだった!」
「でも、わたし……もしかしたらわたしのせいで、誰かが……」
「そんな心配しなくていいよ。あの言葉が本当だとしても、皆ちょっと素直になっちゃうだけでしょ?」
「ふふ、そうですね。ユアナさんが愛されているのはユアナさん自身の人柄によるものですよ」
「……本当に目障りだ」
みんながユアナちゃんを慰める。その様子にうんざりしたのかクオレスは再び剣を構えだした。
気づいたみんなもすかさず臨戦態勢になる。……だけどクオレスが剣を振るうことは無かった。それ以上に最悪なことが起きたのだ。
「それならば、全て……消してやる……」
クオレスが力を溜めるような動作をするとその内から瘴気が更に膨れ上がり、クオレスの体を変形させていったのだ。
装備している黒の鎧は体に同化し硬く刺々しい体になっていき至る所から黒いツノが生えてくる。顔も黒ずみ耳は鋭く尖り、目と体の所々だけは赤く輝いているのがやけに目立っていた。
明らかにやばくないか、これ……。
ジュノさんもそう思ったのか目をこれ以上無く見開いてクオレスに駆け寄ろうとしていた。
「ク、クオレスッ……!!」
「待ってジュノさん! 今ならまだ、まだ間に合うから! わたしね、心の中に入ってその中の悪いものを追い払ったり解決したりする魔法が使えるんだけどね、ジュノさんにはその魔法でクオレスさんの中に入ってほしいの!」
ユアナちゃんがその腕を必死に掴んで説明する。焦燥していたジュノさんだったけどその言葉を聞いて今度は戸惑いの表情を浮かべだした。
「……私で、いいの?」
「むしろジュノさんしかいないよ! だって、クオレスさんを救えるのはジュノさんだけなんだから!」
「わ、わかったわ……っ」
ジュノさんは勢いに押されたかのように頷いていた。本来は心の中に入るのってユアナちゃんの仕事だもんね。それが自分に回って来るなんて思いもしないよね。
「ジュノさん! あとのことは頼みましたよ!」
あたしがそう声をかけるとジュノさんは綺麗な微笑みを返してきた。
何も口にはしなかったけど、任せて、と言っているようにも、ありがとう、と言っているようにも見えた。
そしてジュノさんはすぐに真剣な眼差しでクオレスと向き合う。
「クオレス……やっぱり私にはあなたがこんなことを望む人には思えない。なんて、ただの私の願望なのかもしれないけど……。いいえ、もうこの際どちらだっていいわ。あなたのことを知りたい。今までの私はあなたのことを知っているつもりで全然知らなかったから。だから、その心の内を私に見せて……!」
「それでは、いきますっ! 人々を導く光の標よ、魔に囚われた心の扉を開く鍵となり、今こそ彼女の力となれ!」
やわらかな光がジュノさんをクオレス二人を照らし、その光源が鍵のような形となってクオレスに降り注ごうとする。
クオレスの心を開かせるため、ジュノさんにクオレスに救わせるために――。
その筈の光は。
クオレスに落ちる直前で見えない壁に反射して、ジュノさん目掛けて飛んでいった。
間違いない。封印の魔法で作った結界を利用したんだ……!
避ける暇も無くジュノさんに光の鍵が刺さり、その肉体からまばゆい光が溢れ出す。そこへ異形と化したクオレスが飛び込んでいき光の中へ消えていった。
ジュノさんの姿もクオレスの姿ももうそこにはない。巨大な一つの光だけが宙に浮かんでいた……。
「こ、これって……!?」
「魔法が反射して、ジュノに……」
声をあげたあたしと先生だけでなく、みんなが似たような反応をしていた。その中でもユアナちゃんは一番に顔を青ざめさせる。
「……これじゃあ……ジュノさんの心に、クオレスさんが入って……こ、このままじゃ、ジュノさんの心が……!」
「ま、まさか魔人になったクオレスのいいようにいじくられるってことですか!?」
「おいおい、これじゃあクオレスを救うどころか、今度こそジュノが魔人になりかねないぞ! どうするんだ!?」
「ご、ごめんなさい! この魔法を外側から止める方法は無くって……わたしからは、もうどうにも……!」
「お手上げってわけかい……!」
干渉出来ない状況にみんなが沈痛な面持ちになる。
ジュノさんが魔人にされる様子を黙って見ていることしか……いや、見ることすらできないだなんて……!
そこに追い打ちをかけるようにハーヴィー先生が口を開いた。
「……心の底から魔に堕ちてしまえば、もうどんな魔法をかけても人間には戻れない。皆、最悪の事態を想定しておいて」




